第4話

 トーカとレイの目の前に映し出された青い星を指して、ラキタルは言った。


「この星にも精霊が住んでいて、だからこんなに青いんだってアトラが言ってた」


 太陽神から聞いた言葉を復唱しながら、ラキタルがその星へ魔法陣越しに手をかざすと、星との距離が一気に近づいた。青一色だけだったのが次第に海と大陸に分かれ、森や山脈まで見えるようになった。緑と水は深い色で、とても美しい。


「なるほど、木が多いところもあれば、砂ばかりのところもあるんだ」

「……手本はそうかもしれないが、お前はあの島をどうしたいんだ?」


 頷くラキタルにトーカが尋ねた。


「それはもちろん、緑豊かな島がいいな。よし、早速やってみよう」

「こ、ここでですか?」


 決断の早いラキタルにレイが驚くと、ラキタルは首を横に振ってにこっと笑う。


「精霊を住まわせるには島に行かなくちゃね」

「どうやって」

「二人にも来てほしいから、回廊を作るよ。歩けばすぐに着くから」


 ラキタルは外に出ると、空へ向かって大きく両手を上げた。


 すると、彼に呼ばれるようにどこからともなく細く光る糸のようなものが集まり、文字や図柄を編みながら空間に道を作っていく。


「こんな……ことが……」


 人間にはできない力を目にし、レイはそれ以上言葉が出てこなかった。トーカも驚いた様子で見つめている。


「この上は歩いても周りからは見えないんだ。行こう」


 軽々と道の上に駆け上がり、二人を誘導する。


「……行くか。空っぽの島に精霊を住まわせるなんて、この後一生かかっても拝めそうにないしな」

「う、うん……」


 レイは先の予想ができなくて不安だったが、トーカが随分楽しそうに見えたので、ひとまず島に渡ってみることにした。



    ◇



 空っぽの大地は真っ白だった。


 寒い土地には雪が降るというが、これはそれとも違う。土や植物があるわけでも、山並みがあるわけでもない、ただの白い島が青い海の上に浮かんでいた。


 陸地は対称的に東西に一つずつ広がっていて、それぞれに特徴を持たせるにはちょうどいい地形に見える。

 ラキタルは回廊を作った時と同じように両手を上げた。すると、その両手目掛けて今度は新緑色の風が集まり、それを真っ白な大地に解き放つと、島はあっという間に緑で溢れた。地表は様々な種類の草で覆われ、木々が茂り、瞬く間に若葉の匂いのそよ風が吹く。

 これがいわゆる「精霊を住まわせる」ということなのだろう。草や木々の精霊につられて土や水の精霊も引き寄せられ、根は大地に広がり、泉が湧き出てくる。島に島として生命を吹き込まれた瞬間を、レイとトーカは目の当たりにした。


 ラキタルはその様子を見届けると、再度両手を上げた。今度は海の向こうの真っ白い大地の番だ。新緑色の風をもう一度集め、未だ空っぽの島へ向かわせる。

 彼はどちらも等しく緑豊かな土地にしたかったのだろう。だが、草木の精霊を乗せた風は向こうの大地に着くなり、乾いた砂と固い岩石へと変わった。


「あ、あれ? おかしいな」


 ラキタルは慌てた。更に緑の風を送っても、同じように砂と岩しか生まれない。どうやら緑に対して砂、というように相対する力の均衡が優先されるようだ。意のままに操れると思っていた精霊は言うことを聞かず、草木の生い茂る東の大地と、砂と岩が占める西の大地ができあがった。

 西は明らかに理想と真逆になってしまい、ラキタルは戸惑いを隠せない。


「どうしよう……これじゃ人間は住めないかも……」

「それはどうだろうな、やってみないとわからんこともある」


 トーカがそう言うと、三人は一度回廊に戻り、海の上の少し高いところから大地を見下ろしてみた。

 砂漠と森、というのはやはり遠目に見ても非常に対称的で、ここからだと美しくさえ見えた。


「新しく人間を作って……それから、大陸からも人間を少し移してみよう」


 島にはもう命が芽吹いている。

 目を細めて眺めていたラキタルが、一歩進んだ計画を口にした。


「……僕も移ろうかな」

「ほんと? どっちに住んでくれる?」

「そうですね……」


 ラキタルの質問に、レイは目を細めた。樹木が多い土地は衣食住には困らなさそうに思える。


「砂と岩の大地に住んでみて、困ったことがあれば相談させてもらえるなら……」

「それでいいよ! 何でも言って!」


 ラキタルは嬉しそうに頷いた。


「お前、本当にいいのか?」


 予想外の友人の決断に、思わずトーカがレイに確認する。この島に移り住むということは、大陸に住む友人たちと離ればなれになるということだ。

 今まで自分や彼の妹、他のみんなが彼を気にかけていたのに、たった一人で、しかも未開の地で生きていくことなどできるのだろうか。


「……僕が、ラキタル様の役に立つなら」


 トーカの心配をよそに、レイはしっかりと頷いた。それは、自分にしかできない仕事をようやく見つけた顔にも見えた。


「……そうか」


 少しの寂しさを含んだ安堵感と共に、トーカは短く返した。



    ◇



 そこからは怒濤の日々の連続だった。

 まず回廊を渡って大陸に戻り、妹と友人たちに移住を伝えた。彼らは離れることは残念そうではあったが、これからの生活を応援してくれた。

 それから再び回廊を渡り、初めて砂と岩の大地に下りた。岩ばかりの大地の向こうに広大な砂漠が続き、東の森と比べると殺風景な景色だ。

 ラキタルから送られてきた人々と共に、彼から与えられた道具で衣食住を確保しながら、岩の大地での生活を始めた。

 何だかんだ言って、トーカも元いた島から移住してくれた。二人はそれぞれ石でできた家に住み、人々を先導して生活の基盤を作った。


 住居が増えるたびに人間も増えた。産業が興り、統率する者が現れ、一つの国ができあがるのは、森の国共々それから二年後の話になる。



    ◇



 それは移住から半年経った頃だった。

 ようやく皆が生活に慣れ始め、最初は失敗続きだった住居も、安定して造れるようになった。食も衣もまだまだ発展途上ではあるが、人々に不満はないようだ。それもこれも、ラキタルが示してくれる知識をトーカがわかりやすく皆に伝えてくれるからだとレイは思っている。

 皆からの意見や要望をレイがまとめてラキタルに報告し、返ってくるのはいつも膨大な量の知識だった。自分では彼のように効率よく教えられない。一度紙に書き出してからでなければ整理できないのだ。


 この島に移住する前のトーカはいつも旅に出ていて、話す機会は少なかった。その分、帰郷した時には随分話を聞いてもらったものだ。そうして数日経つと、彼はまた旅に出るというのも常だった。

 彼が旅立ちを決めると、まとう空気が変わる。新しいことを始めようとする瑞々しい光の粒が見えそうだった。そしてレイはまたひとときの別れが来るのだとざわざわする。


 島作りを始めると、彼は旅に出ることがなくなった。レイにとって常に頼れる存在で、心強かった。

 だからいつしか、彼が側にいることが当たり前だと思うようになってしまっていた。



    ◇



 石造りの家で、レイはトーカも交えてラキタルに相談をしていた。

 すっかり夜も更けて辺りは静かだが、家同士は密着していないので昼間と同じように人の耳を気にせず話すことができる。


「じゃあ、やっぱり水の精霊は見つからないんだね?」

「はい……」


 ラキタルの確認に、レイが肩を落としたまま頷く。

 以前星を映したように、ラキタルがいるところと魔法陣で繋ぎ、対面で話ができる仕組みは本当にありがたい。


「どこに行っちゃったんだろうね、人間は岩の大地側に住んでるよって伝えたんだけど……下りる地点を間違えちゃったのかな」


 ラキタルは首を傾げる。

 相談とは水源の話だ。川が近くにあるので生活自体は可能だが、もう少し水場が多いと助かるというのが付近に住む人々の総意だった。

 ラキタルにそれを伝えたところ、水の精霊を一人寄越してくれるというので待っていたが、一向に姿が見えないのである。

 本来人間に精霊の姿は見えないのだが、そのままだと来ているかどうかもわからないため、ラキタルが特別に姿を見えるようにしてくれているはずだったのだが。


「水だけに、間違って砂漠に下りて干からびた、なんてことはないだろうな」


 トーカの指摘に、ラキタルが困ったように答える。


「それはないと思うんだけど……近々もう一人送ることにするね」

「すみません……」


 話が一段落すると、妙な間が生まれた。


「……トーカ?」


 沈黙に違和感を覚えて、レイが後ろの椅子に座るトーカを振り返った。彼の、新緑に炎を浮かべたような不思議な色合いの瞳に光が見える。あの瑞々しい光だ。新しいものを見つけ、探究心に溢れる表情に、レイは内側がざわつく感覚を思い出してしまった。

 それは、彼が旅に出ようとする時にいつも感じるものだ。こうなると誰も止められない。


「トーカ、どうしたの?」


 ラキタルの声に反応するように、トーカはゆっくりと顔を上げた。


「……話がある」

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