第5話 まかないを食べる安西さん

 安西あんざいさんに騙されてから、料理をお客さんの所へ持っていき、お客さんの注文を聞いて、トイレに流されたあれの掃除にあれやこれやと、閉店までの時間はあっという間だった。


 全てのテーブルを除菌し終え、椅子に座る。

 疲れがどっと体に襲い掛かり、俺は机に突っ伏していた。


「……なにこれ超キッツいんだけど! 安西さんから言われてたことと全然違う。注文も片付けもやったし、何より酔っ払った客のダル絡みがひどい。こんなことやってたのかよ、安西さん」


 こんなことを毎日やってたら、一限から寝てるのも分かる気がする。


「お疲れ様。疲れてるね」


「どうぞ」と言って、安西さんは机の上にお茶を置いてくれた。


「そりゃあね。あれだけのことをやってたら疲れるよ。ああもうほんと、身体が重いし。ぷぁっ!」


 疲れた時に飲むお茶ってなんでこんなおいしいんだろう。貰ったお茶はすぐに空になった。


「まだ飲む?」

「いや、大丈夫」

「あ、そうだ。これ、今日働いてくれた分ね」


 安西さんが机の上に置いたのは茶色い封筒だった。中身はどうみてもお金。助っ人といっても労働だからってことだろうけど。


「こんなのもらえないって」


 ほとんど役に立った覚えがない。何回も安西さんや安西さんのお母さんに助けてもらっていた。それにお金なら――


「でも。手伝ってくれたから」

「そうよ、斉藤くんには手伝ってもらったんだもの。そういわずに、貰ってくれると助かるわ。貰ってくれないと私たちが困っちゃうから」


 カーテンの奥から安西さんのお母さんが料理を持ってやってくる。机の上に置かれたのは、おススメだと言っていた親子丼だった。


「え、いいの? いつもは食べれないのに!」

「今日は特別よ」

「やった! いただきます!」


 いつもはおすすめ商品は食べさせてもらってないんだろう。安西さんは置かれた親子丼をかきこむように食べ始めた。


「さ、斉藤くんもどうぞ」

「いただきます」


 ぱくっ。


「美味しい」

「そうでしょ! うちの親子丼はこだわってるからね!」


 ごちそうさまでした。と手を合わせた安西さんはドヤ顔で胸を張る。


「いやほんと美味しいよ。とくに鶏肉がジューシーで噛むと口の中でうまみが広がってく。卵はトロトロで溶けてくし。ご飯も味がついてて、ほんと、はむっ、美味しい」


 安西さんに感想を言いながら食べること数分。すぐに器に会った親子丼は空になった。


「――と、いけない、もうこんな時間ね。送っていくわ」


 時計の針は、深夜一時を指していた。ついさっきまで七時だったのに。あっという間だったな。


「いや、そんな、一人で帰れますから」

「でも、もうこんな時間だし」

「家近いので、大丈夫ですよ」


 安西さんに案内されてここまで来たけれど、一度来たことがあったから帰り方は分かる。もし迷ってもマップを使えばいい。


「じゃあ、私が送っていくよ!」

「安西さんがきたら本末転倒でしょ。こんな夜遅いんだし」


 帰りに安西さんが何かあったら嫌だ。


「そうよ杏里、私が車で送るから。斉藤くんは、帰る準備してね」

「ありがとうございます」


 そう言って、安西さんのお母さんはカーテンの中へ入っていった。


「ありがとうね。今日は手伝ってくれて」

「いや別に、たいしたことはしてないよ。何回も教えてもらってたし」

「キミが来てくれたから、今日はいつもより楽だったんだよ? 昨日なんて、お客さんが怒鳴り出して大変だったし」

「……いや、そんなこと」

「謙遜しすぎ! ほんとに助かったんだから。ありがとう」

「どういたしまして」


 いつもは寝ているから分かんなかったけど、安西さん、こんな性格だったんだな。今日だけで安西さんの色んな事を知った気がする。


「斉藤くん、車の準備はできたから、終わったらこっち来てちょうだいね」

「分かりました」


 そう言われて、俺は鞄を手に立ち上がった。


「じゃあ、安西さん、また明日」

「また明日」

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