魔術と異能が交差するこの世界で

ヌン

鉄と少年

プロローグ

 街灯すらない曲がりくねった山道。

 一台の車が急減速と急加速を繰り返しながら俺の前を走っている。

 周囲にほかの車が走っていないおかげで事故になっていないが、一歩間違えれば大事故になりかねない危うい走行だ。

 それにもかかわらず車はさらに加速を続ける。

 運転手の頭には事故という懸念は一切ないのだろう。あるのはすぐに逃げなければいけないという焦りと、追われているという強迫観念だけだ。

 山の中腹に入り道が直線になると、エンジン音を響かせ車はさらに速度を上げた。

 これ以上速度を上げられると気づかれずに追跡するのが難しくなる。だが、ここで逃がすという選択肢はない。逃がした場合と逃がさなかった場合、どちらが面倒なことになるかを考えれば前者の方が圧倒的に面倒だからだ。————それに俺のポリシーに反する。

 仕方なく見つかるのを承知でギアを一段上げる。

 ぱちぱちと瞬くスパークとともに輝きが体を包み込み、全身から力があふれ出す。

 すでに前を走る車の速度は時速六十キロを超えているが、強化された身体能力ならその速度にも置いて行かれることはない。

 ただ光を纏ったことにより、暗い山道では太陽が現れたみたいに悪目立ちしてしまう。おかげで前を走る車は俺の存在に気づき、また速度を一回り上げる

 加速した車はカーブの手前で急減速し、ガードレールや擁壁とぶつかりながらでなんとかカーブを曲がっている。

 すでに扉は大きく凹み、窓ガラスはすべて割れている。しかも加速のたびにガリガリという何かが削れるような音まで響いている。あの車が満身創痍なのは火を見るよりも明らかだ。

 幸いと言っていいかわからないが、今はゆるく曲がりくねった道なのでぶつかりながらでもなんとか曲がり切れているが、この先にあるほぼ百八十度の急カーブをこの状態で曲がり切るのは不可能だ。ガードレールを突き破って谷底へダイブというのが関の山だ。その前になんとか止めないと。

 こうやって走っている車の後ろを追い続けていてもらちが明かない。だが、このまま速度を上げれば向こうも速度を上げて最終的にはやはり谷底だろう。先回りする方法を考える方が安全だろう。

 この先の地図を記憶の奥から引っ張り出す。たしか来る前に見た地図では、急カーブの前には緩いカーブが何度か続くはずだ。道路を走る車はそれをすべて曲がっていかなければいけないが、身軽な俺は道の流れなんて無視できる。道路ではなくその横の擁壁に飛び移って森を抜ければショートカットになるはずだ。俺の計算が正しければ、それで急カーブの前で車の前に出られるはずだ。

 一瞬だけ速度を落とし、追いかけるための走りではなく跳ぶための助走へと走りを切り替える。

 二歩の助走ののち、全力で右足を踏み切って三メートル以上の高さがある擁壁の上へと飛び乗った。

 擁壁というのは土砂崩れが起きないように道路の横に設置されているものだ。だから、その上に登ればその先は自然の中。木々の連なりだ。

 迷わず森の中へとそのままの速度で突入する。生い茂った葉や枝が体の端々をかすめていくが、そんなものを気にしていたらせっかくのショートカットの意味がなくなってしまう。体に当たるもののすべてを蹴散らしながら全力で森の中を駆け抜けた。



 急カーブの少し前で森を抜けると、車の走る音とガリガリという嫌な音はまだ後方から聞こえてきていた。

 ショートカットによってこちらが前に出たのを確信すると、擁壁から飛び降りて道路の真ん中に立った。

 走っていた車も急に光る物体が飛び出してくるなんて、あるいはどこかへ消えたはずの追跡者がいきなり前に出てくるなんて思ってもみなかったのだろう。甲高いブレーキ音を響かせた。

 ブレーキによって急速に車の勢いはなくなっていくが、それでも車は止まらない。俺の横を通り抜けて、急カーブへと差し掛かろうとしていた。

 速度の下がった車は、カーブを曲がることもできずにそのままガードレールをにぶつかり、ガリガリと火花を散らしながらなぞるようにカーブの途中まで走ると、ようやく停止した。

 停止した車の前方からは煙が上がっている。もう走らせることができないのは明らかだ。

 車内ではエアバッグが開いているのが見える。運転手はエアバッグに包まれて背中しか見えないが、エアバッグがきちんと動作しているのなら死んではいないだろう。

 駆け寄ってかろうじて開けそうだった助手席側のドアを力づくではがして、中にいた運転手を引っ張り出す。

 出てきた運転手の顔を確認すると、情報にあったとおりの宝石強盗で間違いなかった。全身を打ったりして多少出血しているが、見た感じ命にかかわるような大きな怪我は見られなかった。

 ぷすぷすと煙を上げる車はいつ爆発してもおかしくない。車の中から盗まれた宝石が入っていると思わしきバッグを担ぎ出し、ついでに宝石強盗も抱えると車が爆発しても安全な距離に寝かした。

 バッグの中の宝石を確認していると、ふいにこちらをうつろな目で見つめる宝石強盗と目が合った。

「ば、ばけもの……」

 人の顔をみてそうつぶやくと宝石強盗は意識を失った。

 別にその言葉に思うところはない。普通の人間から見れば、車と追いかけっこできるような人間はそう思われてもおかしくないだろう。

「そんなことわかってるよ」

 意識のない相手に生真面目に返事を返した。

 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

 周囲の山に響いて距離はわからないが、十中八九目的はこいつだろう。

 見上げると空の色は変わり始めていて、山の頭からは太陽が顔を出そうとしていた。

 万が一にでも地元の警察に姿を見られてしまうと面倒なことになってしまう。宝石強盗は捕まえたし、宝石もきちんと取り返した。目的は果たしたのでここに残る理由はもうない。

 宝石強盗と宝石を路肩に移すと、隠れるように先ほど飛び降りた擁壁の上へと飛び込んだ。

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