記憶

 少年が目を覚ました頃、空はすっかり暗くなっていた。

「……………」

 少年の視界に私が映ると、彼は鋭い眼差しでこちらを刺すように見つめてくる。

「………落ち着いた?」

「……………」

 やわらかい声色で話しかけるが、彼はまだかなり警戒しているようだ。

「やけど、いたい?」

「……………」

 彼はYESともNOとも言わず、私を睨みつけるだけだ。彼の切れ長の目が余計に視線を鋭く感じさせ、ズキズキと刺さるようだったが、めげずに話しかけた。

「私の名前はケイト。あなたの名前は?」

「……………」

 分かってはいたが、名前を聞かれるのが一番嫌だったらしく、眉をひそめて、そっぽを向かれてしまう。

「……ずいぶん上手な英語だな。政府側のヤツだからだろ?」

 初めて少年が落ち着いて話しかけてくる。その初めての質問で疑われてることを知るとは…。それに、政府側ってどういうこと…?この子は政府に追われていたの?

「違うの、昔アメリカとガイアナに住んでたことがあって、それで英語が話せるだけなの」

 冷静な少年とは対照的に、私は自分が政府側の人間ではないことを証明しようと必死になってしまう。そんな焦っている様子が少年には事実を隠そうとしているように見えたらしく、少年は突然声を荒げ、

「ウソをつくな!!!ここに連れてこられる前、お前ともう1人男がいたのを覚えてる!!!!」

と怒鳴る。小さい割には声が大きく、怯んでしまう。…いや、ここで負けるほど私は弱くない。私が怯えていたように、この子もきっと怯えている。あの時、どうして私はあの2人を信用できた?どうして私は心を許した?

 あれも、あの2人の説得だった。あんなに嫌いだった「信じて」を初めて信じたのは、「私たちを信じないと痛い目見るぞ!!」という自信を目の中に感じたからだった。自信も何も無さそうな教祖アイツの死んだ目からは感じられなかった、あの自信。今こそ私も、自信を持たなきゃ。

「ひどい火傷だったから、この診療所まであなたを連れてきて治療してもらったの。自分で言うのも変だけど、私はあなたを助けた。だから信じてほしいの」

「信じろ、だって?」

 少年は、私を蔑むように見下しながら

「そんな言葉を軽々しく使う奴は余計に信用できないな」

と嘲笑する。一見余裕そうだが、若干の冷や汗と手の震えからかなり怯えていることがわかる。

「じゃあ、どうしたら信じてくれる?」

「そんなことくらい、自分で考えろよ。頭の良い『エリート』さん」

 少年の嫌味ったらしい反抗にもうどうしたらいいか分からず、言っちゃダメだと分かっていた言葉を放ってしまった。


「私を信じなかったところで、あなたには帰る場所も信じられる人もいないでしょ?」


 一瞬沈黙が走って、ハッと気づいた時にはもう遅く、少年は苦しそうに頭を抱えて俯いていた。彼の目から溢れる涙と汗がベッドを濡らしている。

「……………そう、だ……僕の……ああぁ…う、うぅ…………」

 悲しい、寂しい、苦しい、辛い…そんな感情が全て詰まったような彼の嗚咽が、私の首を締め付けるように苦しかった。

「ご…ごめんなさい…。いやなこと思い出させちゃったね…」

 自分が壊してしまった彼の心の安定をなんとか取り戻そうと、彼の背中をさする。こんなことしても、彼に刺さった言葉は抜けやしないのに。

「……………」

 少年は右腕で涙をぬぐい、大きく深呼吸をした。そしてこちらに目を向けてきたが、その表情はさっきの威嚇するような表情ではなく、少し柔らかい、紳士的な表情だった。

「……こっちこそ、ごめんなさい。情けないけど、泣いたら気分が落ちつきました」

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