T湖畔にて

神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)

第1話

「私のこと、抱いてもいいのよ。坂木さかき

 呉碧くれあおいは、のたまった。場所は、さすがに学校ではない。

「ああん? 恋人に抱いてほしくば、もっと色気のある誘い方をしろよ。お前を組み敷くくらいなら、僕は石矢いしや君と身体を重ねるね」

 場所は、石矢君の自室。放課後、勉強会をしていた。

「えっ、えっ…」

 石矢君が、顔を赤らめている。交互に、呉碧と私の顔を見る。

「ちっ。解ってないわね、坂木。あくまでも、今のお前の妻ポジションは、この私。石矢君を好きにしていいのは、私の死後です!」

「どんな妻だよ…」

 呉碧の手元には、『魍魎の匣』。再読中らしい。

「あのね。私の祖父が、某湖のホテルで、コンサートを開くの。ちょうど休み期間だし、碧もお友達を連れて遊びにおいでとね」

 呉碧は、カバンから紙を取り出して、テーブルに置いた。有名な観光地である。「碧とその友人のために一室」とのメモ書きも。

「はい、行きます!」

 早速、挙手する石矢君。

「いや、高校生の男女が…。いいのか?」

 呉碧を見上げる。その先には、不敵な微笑み。

「いいのよ。何故なら、私たちは三角関係だから! 祖父も、芸術家だから、解ってくれます。というか、さすがに男女ペアなら許されないだろうけど。ほら、三人なら、どうにもならないでしょ? は」

「いや、いきなり、三人はちょっと。まだ高校生だし…」

 ドン引きである。お茶を飲む。

「全く、坂木は、私のことを何だと思っているのかしら。私は、ただ子作りしたいだけなのに」

 当然、お茶をふき出した。

「色ボケ…」

 つうか、友人の家で、何の相談をしているんだよ。今は、動物病院で忙しいので、家人は居ないが。

「ねえ、行こうよお。碧、さわやかな湖畔で、ドロドロな旅行がしたい~」

「やめろ」

 腕に絡みついてくる、色ボケ女の頭を押しやる。

 そこで、石矢君が手を叩く。二人で、石矢君を見る。

「行こうよ。呉さんが元気なうちにさ」

 そのとおりだと思った。

「うん…」

「やったあ! バラ、バラ! バーラ、バラ!」

 呉碧は、リズムに乗って、万歳した。

「そうそう殺人事件など起きないだろうけどね」

「えっ、でも、あの湖って、こう…」

 石矢君は、コンサートのチラシと、ホテルの案内を見て言った。私の耳元で、続きを囁く。

「マジ?」

「マジ」

 石矢君と呉碧の声が重なった。

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