ルビーとサファイアの双子

彩霞

第1話 美術部

 深山みやまが教師をしている東中学校の入学式から、二週間ほど経った日のことである。昼休みの時間帯に、職員室で彼に声を掛けてきた人がいた。


深山みやま先生」


 深山は手にしていた真っ白なカップをデスクに置いて、キャスター付きの椅子ごとくるりと振り向く。すると丸メガネをかけて、ふにゃっとした笑顔が目に入った。ベージュの色をしたカーディーガンを着ているが、少し大きいせいか細身でどこか頼りなげな体つきが逆に目立つ。美術教師の荒井あらい史樹ふみきだ。


「はい」


 深山が返事をすると、荒井は申し訳なさそうにこう言った。


「先生、放課後なのですが、僕の代わりに美術部に顔を出してもらえませんか。今日は美術の研修が他校であって、戻って来られないんです」


 教師の予定には時々研修が組まれることがあって、それは他の学校に行く場合もある。それを聞いて「確かそうだった」と予定を思い出し頷いた。


「そうでしたね。あれ……でも、高山先生は?」


 高山たかやまのぞみは、美術部の副顧問をしている教諭だ。深山は講師の身だが、いくつかの部活の副顧問を掛け持ちさせられている。美術部はその一つだ。

 しかし彼の場合、顧問と副顧問がどうしても出られないときの、保険のような存在。そのため基本的に顧問がいないときは副顧問が対応することになっているのだ。

 そう意味で深山が尋ねたところ、荒井は困った表情を浮かべ「三者面談の準備に追われているんです」と言った。


「ああ……」


 深山はクラス担任ではないので忘れていたが、東中学校のこの時期は二年生と三年生は三者面談があり、その日程を組むことと親御さんとの対応で忙しくなるのだ。


「明日以降は私が対応できますので、今日だけお願いしていいですか?」


 荒木のおずおずとした頼み方に、深山は「そこまで顔色をうかがわなくても……」と内心苦笑しながら、「はい、大丈夫です」と頷いた。


「良かった」


 そういって荒井は安堵すると、思い出したように「そういえば」と言葉を続けた。


「今年度の美術部員の名前と顔は分かります? 一応、名簿だけは作ったんですけど……」


 彼はそう言って手に持っているプリントを深山に差し出す。


「あ、それは助かります。一年生は分からないので。もらってもいいですか?」

「ええ」


 深山は荒井の手から名簿の一覧を受け取って見る。三年生、二年生、一年生ときちんと区切られ、さらに全ての名前にふりがなも振ってくれていた。こういう気遣いができる人はそうはいない。

 しかし彼はそれを見て、ある名前に目が留まった。


「荒井先生、三年生の花澤はなざわ杏菜あんなさんって……」

「ああ、元々は、新体操部に入っていた子です」


 深山の問いに対し、荒井は声をひそめて答える。それほど離れていない場所に、新体操部の顧問がいるので、聞こえないように配慮したためだろうと思われた。


「双子で頑張っていましたよね?」


 花澤杏菜には、双子の妹・玲菜れいながいて、二人で新体操部に入っていた。体型はほとんど同じであるし、動きも双子だからこそなのか見事にシンクロしていて、昨年の新入生部活紹介の際も演技を見せたところ、拍手喝采が起こっていたくらいである。今年は地区大会はもちろん、県大会優勝も夢じゃないと言われていた。

 それなのにどうして、と思ったとき深山はあることを思い出す。


(そういえば、今年は新入生歓迎会の部活紹介で杏菜さんの姿を見なかった……)


 もしかするとそのときから出られない状況だったのだろうか、と思考を巡らせていると、荒井が少し暗い表情を浮かべ言った。


「実は杏菜さん、春休み中に怪我をしてしまいまして……」

「怪我?」

椎間板ついかんばんヘルニアになってしまったと言っていました。新体操をしている子たちのなかで、腰を痛めてしまう人たちは昔から多いです」


「椎間板ヘルニア」というのは、詳しくはないが深山も聞いたことがあった。背骨に支障が出て、腰や足に痛みやしびれがでるのだという。


「それは……辛いでしょうね」

「ええ。活躍していただけに……」


 しんみりとした雰囲気が二人の間に漂ったが、荒井が他の教師に呼ばれてはっとすると、「それじゃあ、お願いしますね」と言って話は終わったのだった。



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