売られた花嫁(その42)

考えあぐねていると、首をめぐらせて相談室の外をうかがっていた泉田が、

「秘密の捜査情報を教えましょうか?」

と顔を寄せ、

「辻本さんは、小さな鍵を飲み込んでいました」

と囁くように言った。

「鍵ですか?」

「ええ、小さな金メッキの鍵です」

「ああ、・・・それって、目黒のチャペルで挙式したとき、神父さんが天国に入る鍵だと言って辻本さんに渡したものです」

「天国への鍵ですって?」

「じつは、木下社長がMIKIさんに穿かせた貞操帯の鍵です」

「貞操帯の鍵?」

今度は、泉田が驚く番だった。

「見てはいませんが、MIKIさんが、木下社長にカタログから好きなデザインを選べと言われた貞操帯です。木下社長はその鍵をなかなか辻本さんに渡そうとせず、MIKIさんを花嫁に売った代価として高く売りつけたはずです」

「まちがいありませんか?」

「ええ、まちがいありません。MIKIさんはまだその貞操帯をしているはずです」

それを聞いた泉田は相談室を飛び出すと、しばらくもどってこなかった。


「等々力の成瀬氏は焼死でまちがいないですよね?」

もどってきた泉田に、ダメ元でいちおうたずねてみた。

案の定、泉田は、イエスともノーとも答えなかったが、表情は柔らかだった。

「死亡推定時刻は出火時刻の14時50分ですか?」

とたずねると、

「いろいろと調べているようですね」

泉田は微笑んだ。

「最大のポイントは、あの日の何時に、成瀬氏は椅子に縛られ、14時50分にだれがどのようにして火を点けたかです。・・・時限発火装置とかの残骸なんか見つからなかったのでしょうか?」

重ねてたずねると、

「時限発火装置?」

と鸚鵡返しに言った泉田は、

「ひとつだけ教えましょうか」

と、いたずらっぽい微笑みを唇の端に浮かべた。

「何ですか?」

不意に水中に餌を投げ込まれた魚のように、そのことばにぱくっと飛びついた。

「事件というよりも、・・・まあゴシップというか、そんなものです」

生真面目な泉田にしては、ちょっとからかうような感じがした。

「成瀬氏の未亡人って誰だか分かります?」

「えっ、成瀬さんって、離婚して独身だったんじゃないですか?」

「ええ、10年前にね。・・・でも、つい三ヶ月前に再婚したのです。相手は誰だと思います?」

にやりと笑った泉田は、ここでも焦らせにかかった。

「・・・いえ、想像もつきません」

「木下怜香さんです」

泉田はすっぱりと言った。

「えっ、それって、・・・木下社長の奥さんじゃないですか」

「三か月前に離婚して、今は成瀬怜香です」

生真面目な顔にもどった泉田は、何度もうなずいた。

これには驚くしかなかった。

「MIKIさんと連絡が取れなければ、いつでも探し出しますよ」

と泉田は言ってくれたが、どこかふわふわと上の空で所轄署を出ることになった。

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