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「そういえば雲来ちゃんは料理ってあんまり経験ないよね?」


 台所の準備をしつつ、ナチュラルに下の名前で呼んでる。さすがに両思いなんだもん許して?


「えっ、優心くんそれはちょっと失礼じゃないですか〜?」

「はは、確かにちょっと決めつけすぎちゃったね。大森さんだって良い歳だし料理の一つや二つ――」

「料理なんて私がしたことあるはずないでしょ! えへへ!」


 そっちかい。


「料理したことあるって思うほうが失礼なんだ……」

「私は食べ専ですから! 戦士に『魔法使いですか?』って聞いたら失礼なのと一緒ですよ!」

「例えが異世界転生してるんだけど。会話の一部だけトラックに轢かせた?」

「と、トラック事故……っ! そんなこと言っちゃダメです……っ!」

「う。まあ運転手も轢かれた人もたまったもんじゃないからね」

「いやいや、荷台に積んでた惣菜パンはどうなるんですか?!」


 人間の心配しよ? てか勝手に前提がパンのトラックになってるし。

 この子、ご飯に関心がいきすぎて倫理観が置いてけぼりになるときがあるんだよ。面白すぎるが。


「話を戻すと。慣れない料理の初戦がロールキャベツってのはちょっとレベル高いかもだね」

「そうなんです?」

「うん。だって中のお肉は実質ハンバーグを作るようなものだし、キャベツは剥がれないように丁寧に仕込みつつ中にまで味が染み込むようにじっくり煮ないといけない」

「ほうほう……」


 色んな料理のエッセンスとテクニックを使わないといけない点で応用問題みたいなやつだ。レシピを載せるなら絶対赤チャート。


「本来なら基礎からしっかり身につけるべきだとは思う。火や刃物を使うから危なかったりもするし」

「ただ今回はそこまでの時間もない、と」

「おっしゃる通り。その代わり俺が横でしっかり目にサポートするね」


 雲来ちゃんに辛い思いはしてほしくないしケガなんてもってのほかだ。


「か、カッコいいです〜……さすが私の自慢の彼氏さん!」

「き、気が早いかも! まだだから! まだ付き合ってはないから!」

「優心くんはかたいんだからぁ〜、2日目のお雑煮のお餅ですか〜?」


 いや硬いけど。おせち食べすぎて結局次の日に余らされたお雑煮の抵抗かと思うけど!


「今のうちに貯めておかないと! お料理始まったら優心くんとイチャイチャできないですもん!」

「そ、そこの分別はあるんだ……」

「ありますよぅ! 危ない物の近くで暴れたら良くないことぐらい!」

「だ、だからって俺の脇腹に腕を巻きつけてこないで⁈ く、くすぐったい!」

「ふふ。すっごい力抜けた顔になってかわい〜です!」


 先生! 危険物が近くになくても、思春期の男を心身ともにくすぐって暴れさせるのはよくないと思います! これじゃ雲来ちゃんが危険物だ!!!



 ♢



 はしゃいでいた――というより台所でベタベタしていただけの俺たちだったが、根は真面目。『みつねの心を揺さぶる手料理を振る舞う』という目標のために、ずっと遊んでいるわけにはいかない。


 で、手始めに大森さんにエプロンに着替えてもらったんだけど。


「じゃじゃーん! 似合ってます?」

「か、かわい……っ」


 美少女×エプロンの凄まじい相性の良さは、もはや世間の常識だ。

 例えるならビールと枝豆。いや俺は酒飲めないけど。


「もう、優心くんってばホントに褒め上手」

「思ったことがついつい出ちゃって」

「お世辞じゃないってのがもっと嬉しいんですよ?」

「た、確かに……。ナチュラル男前ムーブをかましちゃった……」


 むしろ不器用なのでお世辞なんて使えない。


「じゃあ私の可愛い可愛いエプロン姿、いっぱい目に焼き付けてくださいね〜? その間に私はお肉を焼き焦がしてますので!」

「いや焦がさないよう頑張ろ? クッキングビギナーさん?」


 軽いツッコミを挟みつつも、俺の意識と視線は雲来ちゃんのエプロン姿に夢中だ。


 美少女×エプロンの最強タッグについては前述の通り。


 ただ、女子高生感丸出しの制服×エプロンの破壊力はワンチャンそれを凌駕している。JKの家庭的なお姿……本来、頻繁にお見かけするものではないレアなコラボに『見ておかなくちゃ』と目線が吸い寄せられる。というかメイドさんみたいなんだよな。あぁ、可愛い……。


 しかもしかもだよ?

 雲来ちゃんが着てるのは普通のエプロンではなく、


「これ、なんて言うんだろ。彼シャツならぬ彼エプロン?」


 ニヤぁと笑って、雲来ちゃんは肩紐の部分をすんすん嗅いだ。


 匂いを確かめている。

 それだけは勘弁して欲しい。

 だってそこに付着している匂いは紛れもなく――俺の匂いなのだから。


「彼エプロンなんて聞いたことない……。けどごめんね、この家には俺のしかないからさ」

「いやいや、むしろ嬉しいので! 私たちが彼エプロンのパイナップルオニアですね!」

「パイオニアね? 前半が南国育ちになってたから?」


 雲来ちゃんの思考回路は胃袋に張り巡らされてるのだろうか。


「に、匂い」

「ん? 匂いの感想ですか?」

「だってそんなしっかり私物の匂いを嗅がれるとは思ってなくて……」


 一応洗濯は毎日してるし、貸す前に消臭スプレーもかけた。臭くなければいい。

 というかそう言ってくれ。嗅がれてしまった以上、不快にさせてないという安心感が欲しい。


「えっとね、優心くんとぎゅ〜ってしたときの匂いがします!」

「そ、それってどういう……?」

「なんだか感想を根掘り葉掘り聞きすぎじゃないです?」

「ご、ごめん……っ! つい気になっちゃって!」


 体臭って意外に自分で気づけないから気になるんだよな。


 不安がる俺に対し、今度は前かけ部分をびらんと持ち上げて丸っこい鼻先にくっつける雲来ちゃん。


「すんすんすん……。はあっ、やっぱり優心くんの匂い」


 余裕で嗅げますよ?

 そうアピールしているみたいだ。


 いや、


「私の――世界で一番大好きな匂いですね!」


 そんなふうに言われてしまった。

 この調子で一緒にご飯を作っていくの、耐えられるだろうか? 手元ブレまくって自分の指のみじん切りとかし出さない?

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