18.

 改めてベンチに座り直し、リュックから2つの弁当を取り出す。


 真横の大森さんは、つくしのようにふわふわ揺れ全身で期待を表現している。


(少し疑ってしまって申し訳ねえっ!)


 完璧に弁当を忘れ去られたと思ってた。

 というか大森さんがフードフェスなんかに来た時点で、まず忘れるだろうと決めつけていたフシさえあった。


「今日はロールキャベツですよね! 妹さんリクエストの!」


 でもこの子は、想像の何倍も俺の弁当を大事にしてくれているみたい。

 自分に存在意義さえ与えてくれる大事なものを、こんなに思ってくれる。


 どんだけ素敵な子なんだ……。


「……ありがとう、大森さん」

「んんんん? 急にどうしたんですか?」

「いや、その……俺、弁当のこと忘れ去られたと思ってて」


 首を縮めながら白状すると、大森さんは『そんなわけないでしょー!』と心外そうに握った拳をぶんぶん縦に揺らしてみせた。


「じゃあ有間くんは結婚式の予定を忘れたりするんですか⁈」

「忘れるわけないけど……急に結婚式?」

「はい! 有間くんのお弁当をもぐもぐするのは、私にとってそれぐらいの大盛りイベントってことですっ!」


 いや形容詞を皿に盛るな。プラス50円すんな。


「有間くん」

「はいなんでしょうか……」


 背筋をピンとただす大森さん。


「誤解してるみたいなので改めて言いますけど、私は有間くんのお弁当がだいだいだーいすきです」


 重々承知のつもりだったけど、まさかここまでとは。


「あ、もちろん有間くんのことも好きです。私や妹さんのワガママも聞いてくれてすっごく優しいですし」

「ふごっ⁈」

「きゅ、急にむせないでください!」


 むせるだろ。お茶漬けぐらいサラっと『好き』なんて爆弾が流れてきたぞ。


「他のものなんかじゃもうとっくに替えがきかないぐらい――」


 口を情けなくアグアグさせる俺に、大森さんは体を自然に寄せ、ボブの切れ端を片耳にかけながら、


「私は、有間くんにがっちり胃袋掴まれちゃってるんですよ?」


 らしくもなく小悪魔的に笑ってみせた。


 いつもと違う嗜虐的な顔に、俺の心のめったに使われない部分が射抜かれて暴れ出す。


「だから、私のほうこそ。美味しいお弁当をつくってくれてありがとうございます!」


「う、うん……」


「あれれ、有間くん照れちゃってますか?」


「照れるよ、こんなに褒められたら!」


「ふえぇ、照れさせちゃったのはごめんなさい! 思ったこと言っただけなんだけどなぁ……」


 このおとぼけ感こそ大森さんっぽい。


 大森さんっぽい大森さんが、俺は一番好きで……、


 す、好き?


(やば、顔あっつ)


「おーい、有間くん? お顔が真っ赤ですよ? トマトみたいで食べたくなります」

「た、食べようとしないで?! 普通の人は比喩で止まるの!」


 大森さんに食べられるのって幸せなの?

 ちゃんと人生終わって不幸せなの?


 これを迷ってしまう時点で、俺の心はおかしくなり始めているんだろう。


 燃えるように熱い顔。

 大森さんの無邪気な笑顔を見るたびに跳ねる心臓。

 彼女の占める面積が、脳みその中で徐々に大きくなっていって。


 ご飯を作ることで自己肯定をしてきた俺からすると、それをこんなにも褒めてくれる大森さんは、もはや1番の味方みたいで。


 誰よりも優しく、俺を認めてくれる……天使のような女の子としか思えない。



 ♢



「ふぉのロールキャベツ、最高でしゅ!!!」


 今日のおかずであるロールキャベツを目いっぱい頬張った口に手を当てつつ、大森さんは感嘆を漏らす。


「ホント? なら良かった。一応、大森さんのリクエストではなかったから」

「いえいえ! ロールキャベツ大好きです。というか、世界中に嫌いな人なんていないでしょ!」


 多分世界中探したらいるよ。


 とツッコミたい気持ちを抑えつつ、俺も自分の弁当をいただくことにする。

 まだ日は落ちきっておらず晩飯には少し早いけど、常識の範疇だ。


「じ〜〜〜っ」

「な、なに。大森さん」

「いや〜、別に〜? どうやって食べるのかが気になっただけですけど〜?」


 視線が、弁当箱とセットで持ってきた自前の箸にいっている。


 どう考えてもさっきのプレゼントを使って欲しそうだ。


「……じゃあ早速使わせてもらうね」


 パスン、と箸の持ち手でビニール封を破くと、大森さんは『正解正解』と言わんばかりに大きく頷いた。


 まあいただき物をその人の前で使うのも一興だろう。


(大森さんとお揃いかぁ)


 男の子を意識したのだろう、青のラインは俺オリジナル。持ち手側の先端にプリントされた熊のイラストまで全く一緒。


「私たちだけの宝物ができたみたいで、ドキドキしますね?」

「わっ!」


 箸とひっつきそうなぐらい大森さんの顔が近い。つまり、俺との距離も相当近いということ。頭頂部から甘い女の子の香りがただよった。


「いっぱい使ってもらえると嬉しいので!」


 使う〜。

 そんなピュアに言われたら絶対使う〜。


「うわー、今日のロールキャベツうっまっ」


 いつもに増して自炊が美味く感じるのは、まさか大森さんプレゼントの箸でパクついているからか。大森さんの気持ちが乗っかっている分、なんだか間接的に『あーん』をしてもらってる気になる。


 それは俺の考えすぎか了解。


「というか妹さんのリクエストを聞いてあげるなんて、有間くんは良いお兄ちゃんですよね!」


「あぁ、うん。どうせ何かしらは作らないといけないし、むしろ要望があった方が作るものに困らなくていいんだよ」


 家庭事情や、妹の偏食については伏せた。

 大森さんの明るさの前で重く、ややこしい話はする気が失せる。


「何かしらは、作らないといけない……有間くんが」


 やべ、不自然に聞こえたか。

 普通の家なら高校生の息子が飯担当なんてことはないもんな。


「なるほど、とりあえず妹さんはすっごく喜んでいると思います!」


 込み入って考えるのをやめたらしく、話が元に戻された。


「そうだね、よく喜んでくれてるよ。俺の飯がなければ生きていけないぐらいに」


 咄嗟にホントの話が出た。

 だってみつね、俺の飯以外はマジで食おうとしないんだもん。


「そ、そんなにですか……?」

「え、あ、あぁ。これは比喩とかじゃなく、本当に――」


 大森さんはみつねが俺の飯を『生きがい』としている例えだと捉えたらしい。ホントに死ぬとは思わないよな、普通。


「…………語り合わないと」

「え?」

「有間くんのご飯にそれだけ夢中の人、私以外にもいたんですね! これはぜひ語り合わないとっ!」


 鼻の穴を大きくし興奮して手を縦に振る。


 オフ会的なノリなのか?!

 同好の士と趣味を共有したい的な理屈?!


 どこか誤解しているような大森さんは、俺の手をがっしと掴む。そしてキラキラの眼差しをぶつけながら、


「今度、妹さんに会いに是非おうちへ行かせてくださいっ!」


 みつね、大森さん、邂逅。


 いや。

 それ以前に……、


 この天使ちゃん、我が家に来臨されるの?!?!?!?!

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