7.

 大森さんは勢い任せに立ち上がる。

 そしておもむろに俺の手を取る。


「ごめんなさい有間くん、私またワガママを言いますね」


 やっぱりそう来た。

 この流れで大森さんが俺に求めてくることなんてわかりきっている。


 そして、今の俺にそれを跳ね除ける気概がないことも。




 ――「明日からも、私と2人っきりでお昼してくれませんか?」




 明らかに予定調和な一言が飛んできたのに、こんなにも心臓がバカバカうるさい――緊張感が高まるのはなぜなんだ。


「私、有間くんの作ってくれたお料理をもっともっと食べたい。有間くんのそばにいたい」

「……」


 顔がかあっと熱くなるのを感じながら、大森さんの発言をひたすら耳に流し込む。


 過食。

 スイーツビュッフェに行ったときみたく、甘ったるくて重いぐらいの期待や好意を、それでもなお食べ続ける過食現象が起きていた。


 大森さんがくれる言葉を、欲してしまっているからだ。


「だって、有間くんと食べるご飯は、さいっっっっっこうに美味しくて、幸せだもん……」


 言い終え、大森さんの腰がへにゃりと折れ、繋いでいた手と顔が引っ付きそうなぐらいに急接近。


「だ、大丈夫? 大森さん?!」

「え、えへへ。ちょっと頑張りすぎちゃったかもです……」


 爆発しそうなほどの気持ちをぶちまけて力を使い果たしたのだろう。

 誰よりウブな大森さんにとって、これはかなりの勇気を要したと思う。


 その健気さが。

 自分にかけて貰ってる気持ちの真っ直ぐさが。


 俺の心を確実に打って響く。


(やられた、完敗だよ)


「わかった。こちらこそ、明日からのお昼もよろしくね」


 男女間の関係を進めようとする発言ってエグい照れるのな。


「……いいんですか?」

「大声で、喜んで! とは言えないけどね。一人前の弁当つくるのってすっごく大変だからさ」

「うぅ……すみません」

「いいよ、別に。俺だって、その――」


 そこで言葉に詰まる。

 また羞恥が込み上げてくる。大森さん、さっきまでよく俺が喜ぶような言葉を連発してくれてたな。


「その?」

「うーん、そうだな……」

「頑張って! 私は自分の気持ちを伝えるの、頑張りましたからっ!」


 両こぶしを握ってふんすと鼻を鳴らす大森さんは、俺からの言葉に期待している。


 そんなキレイな瞳の前で逃げられるわけがないだろう。


「大森さんと過ごすお昼、悪くないなって思えた……から」

「じ〜〜〜」


 これじゃ足りないか。

 くそ、大食いの大森さんめ。


「ええい! 手料理を褒めてもらって、いっぱい笑わせてもらって、楽しいお昼を過ごしました! こちらこそ明日からもよろしくお願いしますっ!!!」


 半ばヤケクソで断言した。大森さんに欲しがられすぎた結果だ。


 これでいいんでしょ、これで!!!


「…………ちょ、やめてください。私のお顔が爆発しますんで」

「い、言わないほうが良かった……?言いすぎた……?ごめん……?」

「いや、えーと。その。ホントに言って欲しくなかったんじゃなくて……」


 じれじれじれじれ。

 お互いの顔は真反対を向き、要領を得ない会話が空中浮遊する。


(女心を読むの、ムズすぎない……?)


 ずっとこんなふうにしてるわけにもいかないので、大森さんへと向き直る。


「私、ごちゃごちゃ言ってますけどね? すっごいすっごい嬉しくて泣いちゃうぐらい喜んでるんで……安心してください、ね」


 彼女の顔は真っ赤っかで、でも口角はにんまあととろけるように垂れ下がっていたので思わず、カレーのCMに出るリンゴを彷彿とさせた。ハチミツが上からとろんとしてるやつ。


「えへへ、何はともあれ私のオーダー完了ですね♪ 明日からも有間くんと一緒にお昼だ!」

「それ、上手いこと言えてる……?」

「た、たぶん……」


 急に自信を無くさないでもらって。


 これで妹と父さんの弁当にプラスして大森さんの弁当を作る生活が明日から始まるわけだ。


 もうしんどいとは言わない。

 自分が決めたことだし、何より。こんなにも褒めちぎって美味しそうに食べてくれる人がいて頑張れないはずがない。


「で、大森さん。明日のお弁当のリクエストは?」


 俺も気を良くしているから、大森さんの要望をとっちゃったりして。


「え、さすがに悪いですよぉ〜そんなのとてもとても」

「顔がニヤケすぎて悪びれてるようには見えませんけど……」


 わかりやすすぎる人だなぁ、やっぱり。


「えぇ〜、じゃ、優しいお言葉に甘えて!」


それが、俺の提案を飲んだ合図だった。


「その代わり変なものはやめてよ」

「例えばどういうの? 生つくねとかですか?」

「変すぎるでしょ。変死体になるよ?」


『変』=手間がかかりすぎるもの、ってニュアンス、大抵の人には伝わると思うんだけどなぁ……?


「えっと、じゃあ今日はお肉系だったんで――」


 額に指先を当てて、しばしうんうん考えたのちに大森さんが出した結論――、


 ピロリン!


 の前に、極めて珍しく俺のスマホが鳴る。

 誰だ、幽霊はラインに登録してないぞ。




 みつね︰明日のお昼、兄貴のロールキャベツが食べたいんだけど



 大森さんよりコンマ数秒先に、我が妹氏が弁当リクエストをしてきた。

 ほんと、次から次へと…………。

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