いっぱい食べる大森さん、俺の弁当を横からつついてくる。〜俺に胃袋掴まれたふわふわ天然美少女がデレまくってくる〜

夢々ぴろと

1.

 昼休み、それは一日のオアシス。

 俺のような高校生からすると、つまらない授業からしばし離れられる癒しのとき。


 の、はずなんだけど。


「ねえねえ、有間くん?」

「きょ、今日もかよ」

「はい。……って!そっぽ向かないでくださいよ!」

「……」

「つーんつーん。私はここにいますー」

「う……」


 俺――有間ありま優心ゆうしんの昼休みは最近、侵略者によってかき乱されていて。


「お願いですっ! 有間くんのお弁当、一口もぐもぐさせてください!」

「だからなんで自分の弁当を他人に食べさせないといけないのさ!」


 大森おおもり雲来もぐ

 クラスで一番可愛くて、一番の変わり者が毎日、俺の弁当をおねだりしてくる。


 そう。とある事情により俺が毎日面倒にも手作りしている――貴重なお弁当をだ。


 ♢



 12時半。今日もいつも通り昼休みがやってくる。


 そして、いつも通り。


「たのもーうっ!」


 やっぱり来た。大森さん。

 しかも今日は自分の机とイスをガラガラと運んできて、俺の席の横にピタリと並べた。


「えへ、今日は有間くんの隣に来ちゃいました! 本気です!」

「ホンキ」

「一緒にお昼食べましょ、ねっ?!」

「頼むからそっとしておいて欲しいんだけど……」


 まるでおままごとを始める子どもみたいに元気だ。


「ちょっと! なんだか失礼な気がします!」

「毎日毎日人のお弁当をたかりにくる人が言いますか、それ」


 陰キャゆえに昼はいつも一人がデフォだった。

 大森さんがどうしても嫌いとかいうわけじゃないんだけど……こうもグイグイ来られると抵抗感がある。


「大森って、なんか惜しいよなあ」

「だな。顔はアイドル級に可愛いし体つきもえっろいのに」


 こちらを見ながらヒソヒソ話す男子2人組。

 丸聞こえ。


 ……でも、わかる。


 表情が大げさなぐらいに出る丸顔。

 とろんとした目、にんにく型の鼻、ぷくりとしていて触ったら絶対病みつきになるほっぺた。


 食べるのが好きだからだろう、体型は標準よりややだらしない。ぽてんと緩さを感じさせる。男からするとそれがそそる。


 ……それだけの愛くるしさを持っていながら、ご飯に激烈な執着を持つ変わり者。


 そういうところがすごく惜しい。


「有間くんの今日のお弁当はなんですかー?」


 真横から俺の弁当箱を覗き込む。

 柔らかい肩がピトッと触れ、俺のドキドキを煽ってくる。近すぎ……。


「大森さん。色々言いたいことはあるけど……まず離れようか」


 やれやれとこぼすと、目を丸くして俺の顔を真っ直ぐ見る。

 ちょっとは悪いと思ってくれたのかな。


「お、おにぎり!」

「……はい?」


 何言ってんだ。『おにぎり!』は人の顔を見て発する単語ではない。


「じゃなくて! 近すぎてごめんなさい、だ! ついお弁当の中のおにぎりに気を引かれすぎて!」

「なんちゅう言い間違い?!」


 逆!

 謝罪と献立コールの順序が逆!


 ……ったく、マジで食欲を擬人化したような女の子だな。


「おにぎり、とってもとっても美味しそうです!」

「どこにでもあるおにぎりだけどね」

「いやいや! まるで、まるで……まるで?」


 なんかグルメタレントみたく上手く例えようとしてるな。

 聞いてあげるか。


「あ! お米の塊や〜! ですっ!」


 0点。可愛さ内申点込みで100点。


 おにぎりってそういうもんだろ。

 やっぱり抜けすぎだ、大森さんは。


「はあい。それじゃ、いただきます」

「有間くん、いじわる……」


 テカテカの大森さんを流すように、箸でおにぎりを割って口に運ぶ。鮭は味を感じる余裕もなく、ぐでぐでの混入物に成り下がっていた。


「じい」

「……」

「有間くん、せっかくならもっと美味しそうに食べないと!」

「ガン見されてるせいで味わえないんです!!!」


 机についた肘に顔を乗せ、焦らされた感じでこちらを見ている。動物園の動物ってこんな気持ちなんだろうな。


「あ〜あ〜い〜い〜なぁ……」


 大森さんの声は、全音に濁点がついているみたいだった。


「真っ白の物体が有間くんのお口に……」


「ごふっ」


 ラブコメ×女の食事シーンでありがちなラッキースケベ表現を、現実×男の食事シーンですんな。全部間違えとる。


「あはっ、むせた! お米粒飛んでませんか? 飛んでたら全然私食べますよ?」


「飛んでない! 飛んでても食うな! アフリカの子どもたちでも食べるか迷うレベルでしょ!」


 ……あぁ! マジで落ち着かねぇ!

 そろそろどうにかしたい。

 でないと、まるで休憩の意味がない。


「大森さん」

「はいっ、なんでしょう!」

「……いつも元気なのはよろしいと思いますが」

「えっへん。食べる子は育つ、ですから!」


 大森さんはことわざ辞典にまでマヨネーズをかけていそうだ。


「単刀直入に聞くよ。なんでそんなに俺の弁当が食べたいの? 自分のお弁当だけじゃ足りない?」

「いえ、私は空腹を埋めたいわけではないんです」

「じゃあどうして……」


 箸を止めて問うと、大森さんは欲しいおもちゃの前でグズる子どものように肩を強ばらせる。


 そして羨望に潤んだ瞳を俺の弁当箱に向け、




「だ、だって。ありえないぐらい美味しそうなんですもん……有間くんのおべんと」




 妙なあざとさに不意打ちでドキッとしてしまう。

 これが俺に向けられていたならば、一気にラブコメ的展開が始まったんだけどなあ。


 飯にデレだしたらいよいよデブコメなのよ。


「うーん。逆になにをしたら食べさせてくれますか?」


 真剣味のある声で問われ、ドキッとする。


 だって俺の弁当にかける大森さんの気持ちの大きさを鑑みるに……相当な大型欲望がトレードされてきそうだから。


「なんでも言ってください、有間くんのお弁当のためなら三肌くらい脱ぎます!」

「一肌で十分だから! ……や、一肌も脱がないで?!」

「だって、それだけおべんと食べたいんだもん……」


 やべえ、目に決意が。


 完全に手段選ばずモードの大森さんは、大胆にも俺の耳元に丸い顔を寄せてくる。


「あ、有間くんにだけ聞こえてますよね、これ」

「だと思うけど」

「こんな恥ずかしいこと、ホントは男の子に言いたくないんですけど――」


 その息は尋常でないぐらい震えていて。

 大森さんは決意を固め、絞り出すように、言った。




「わ、私……。結構ぽっちゃりじゃないですか? だ、だから。その……胸とかもかなりおっきいと思うんですけど……」




 男からすれば甘すぎる言葉が鼓膜に流し込まれ、ぶっ倒れそうになる。


 それはいわゆる『誘惑』の策。

 大森さんの制服の下のわがままボディが否応なく想像され、俺の体は一気に熱くなってしまう。


 と、同時に少しの罪悪感。


 だって。

 どこを切り取ってもピュアな大森さんは、こんなことをするキャラじゃない。むしろ、こんなので汚れて欲しくない。


 そんな風に思わされてしまう。

 思わされて、最終的に放っておけなくなるのが、やっぱりズルい。


「ああ、もう。わかった! 大森さん、俺の弁当食べてもいいよ!」

「……えっ⁈ ホントですか⁈」


 俺だってお昼に自分の時間は欲しい。


 だからこの提案はお互いのためだ。

 一度弁当を食べたら満足して引き下がってくれるだろう。


(そもそもこんな普通の弁当に幻想を抱きすぎなのでは……?)


 幻想が解けて俺のお昼に平和が戻るならそれはそれでいい。


 俺の弁当を食べた大森さんは、いったいどんな反応をするんだろうな。


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