第13話 祠
おじさんから、私と絵美は見えていないようだ。
「えっと、あの……」
ゆかりが何か言わなきゃと焦っている。でもキューピット様の話は出来ない。言葉が出てこないんだと察した。
いつものゆかりなら、こうはならない。
私は、絵美の方を見た。
「おじさん、ゆかりと千紗しかいないと思ってるんじゃない?」
「そうだね。どうしよう」
ここで二人を見捨てるのは気まずいし、だめだと思う。
私は二人のところに戻ろうとした。
「気付いてないんだったら、二人で祠を探してもいいんじゃない?」
絵美は、自分のことしか考えられなくなっているようだった。こわいくらいに。
でも私は、ゆかりと千紗を放っておくわけにはいかない。
「私は、戻るよ」
私が雑草をかき分けて来た道を戻ろうとしたとき、
「祠、見つけなきゃ。キューピッド様の言うとおりにしないと」
と、絵美は何かに取り憑かれたように、ブツブツと言い始めた。
それでも私は、二人の方へ戻ろうと一歩、足を進めた。
「だめだよ。探さないと!」
絵美は一人で雑草をかき分けて、奥へ進んでしまった。
「絵美!」
私は、ゆかりと千紗を気にしながら絵美の後を追いかけた。奥へ進むと地面がぬかるんでいて、うまく足を運べなくなっている。なのに絵美は、何かに取りつかれたように素早い動きで進んでいく。
ぬかるみの奥には松の木が一本と、土と石を積み上げて作られた低い塀があった。
背後では、おじさんが二人を怒鳴っている声。
これは、もしかして。
そう思いながら、ゆかりと千紗が気になる。
絵美が、低い塀をぐるりと回り込んでいき、見えなくなる。
おじさんは、この空地の管理人なのかもしれない。二人は怒られてるかもしれない。
どうしよう……。
「ハル! 来て!」
絵美が叫んだ。
「見つけたよ!」
絵美の声が余りにも大きかったからか、柵の向こうにいたおじさんが「ほかにもいるのか?」と声を上げる。
柵の方を見ると、おじさんが柵を乗り越えてこっちに近づいてきてるのがわかった。
「絵美!? 」
私は絵美の声が聞こえた方へ向かう。枯れた雑草をかき分けていくと、足元でバキバキと音がした。背後からもその音が聞こえる。
おじさんが近付いてきてる。
絵美の方へいこうとするけど、足を進めるよりも先に、おじさんに腕を掴まれてしまった。
「何をしてるんだ? 立ち入り禁止だと書いてるだろう?」
「えっと、その……」
私がおろおろしていると、奥から絵美が「祠を探していたんです!」と叫んだ。
「祠?」
私の腕を掴むおじさんの手が少しだけゆるむ。
「どうしてここに祠があると知ってるんだ?」
おじさんは、私の腕を振り払い、絵美のいる奥へいってしまった。
私もその後を追いかけた。
どうしてという質問には、答えられない。キューピッド様が言ってたなんて、大人が信じるはずがない。
おじさんの後をついていくと、絵美が祠の周りの雑草をかき分けていた。
「どこで祠があるのを知った?」
おじさんが、驚いた顔で絵美を見ている。
絵美は、おじさんをじっと見つめたままこう言った。
「おじさんは信じないかもしれないけど、私たち四人が偶然、ここに祠があるという夢を見たんです」
咄嗟についた絵美の嘘。
キューピッド様から聞いたというよりは、マシかもしれない。
だけど、おじさんはそれを信じてくれるのだろうか?
私はおじさんの顔を見るのが怖くなり、絵美の方だけを見ていた。
絵美はおじさんを見ている。
「夢で?」
不思議なことに、おじさんの問いは、絵美を疑っているようには聞こえなかった。
おじさんは絵美を見つめた後、祠の方へ視線を移した。そして祠の方へ近づいていき、「よく見つけたな」と呟いた。
「おじさんは、ここに祠があることを知らなかったんですか?」
おじさんの言葉から感じた疑問をそのまま口にしていた。
「この辺りの山は、私の父の土地だったんだよ」
おじさんはそう言ったあと、ふうっとため息をついた。
「顔にすり傷がある。手当するから家に来なさい」
絵美と私の顔を交互に見て、おじさんは私の頬を指差した。言われなければ気がつかなかったけど、頬がひりひりしていた。
「祠については、家で話そう」
おじさんはもう怒っていないようだった。
絵美は私の方を見て、「ゆかりたちはどうしてるだろう?」と、はっとしながら言った。
「あそこの二人なら、私が怒鳴ってしまったせいか泣きそうになってるよ」
おじさんは、顔をくしゃっとしながら苦笑いを浮かべた。
柵に近づくと、ゆかりは目を真っ赤にしながら私の方に近づいてきた。
千紗は、座り込んで泣いていた。
「どうだった?」
ゆかりは、私の耳元でささやいた。
「祠、あったよ」
私がそう言うと、ゆかりは「見つかったの?」と大きな声を出した。
ゆかりの声で千紗は立ち上がる。
「本当に、祠、あったの?」
千紗は泣きじゃくりながら、ゆっくりと言った。
「私が見つけたの!」
絵美が得意気な顔をする。
「ほら、はやく、こっちに来なさい」
おじさんは既に柵を乗り越えていた。私たちも柵を乗り越える。
おじさんは、空地の隣にある大きな家に入っていった。
ひかりニュータウンの中で一番大きな家だった。でも、ゆかりの家のように塀も庭も家の外観もきれいに手入れができていない。
「幽霊屋敷みたい……」
絵美がおじさんの家を見てそう言った。壁にはツタが屋根まで伸びていて、雨戸で閉じられた窓を見事に覆っている。
「おじさんは、ここに一人で住んでいるんですか?」
ゆかりは、少しだけ不安そうにたずねた。
「こんな年寄りが一人で住む家に入るのが怖いんだろう? 傷の手当をしないとその顔では家に戻れないんじゃないか」
ゆかりの不安を言い当てたおじさんは、苦笑いを浮かべている。
「祠の話を聞きたいし、お邪魔していいですか?」
絵美がすぐにそう聞き返す。
「祠については父から聞いた話しかわからないんだ。知っている範囲でよければ話そう。君たちの話も聞きたいからね」
おじさんが玄関のドアを開け、「どうぞ」と中に入るように言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます