第9話
▫︎◇▫︎
病室に迎えに行くと、あいつは綺麗に着飾ってテンションマックスだった。この調子で最後までエンジョイできるのか不安になってくるが、もし眠ってしまったら自分がおぶって帰ればいいと割り切った。
バスに乗って昨日考えた楽しめるであろう場所に向かう。
やっぱり、あいつはバスに乗るだけで疲れ切ってしまって、すぐに休息をとる必要が出てきた。
あいつの『食べてはいけないリスト』に書かれた文章を読みながらあいつと会話して、俺は注文したコーヒーを飲み干していく。
A4のプリントいっぱいに印刷された食べてはいけないものは、それだけ彼女の身体が弱っていることを示しているようにも思えた。
自分が妹枠だとのたまうあいつは、自分の美しさに、愛らしさに気がついているのだろうか。男性客の視線を全て掻っ攫うあいつは、本当に美しい。
外に出ない故に真っ白な肌。
オイルで艶を出して編み込んだ淡い色彩の髪。
琥珀色の瞳は爛々と輝き、彫刻のように整っている顔は表情がころころ愛らしく変化する。
純粋で無垢な柊あゆみは、本当に小悪魔だ。
ショッピングモールに向かうと、あいつはウィンドウショッピングを楽しみ始めた。あいつ曰く、買っても身につけられないから要らないらしい。
真っ赤なハイヒールや大きな飾りがついたイヤリング、ミニスカートやショートパンツを見つめる瞳には、悔しさが滲んでいた。まだまだ長生きしそうなあいつの寿命はあと3日。
見た目が可愛いと有名なお店のランチを頬張るあいつは、リスのようだった。食事は逃げないのに一生懸命に頬張る姿は、あいつの年齢よりも幼い印象を強くする。仕草、考え方、行動、全てがあいつは幼い。外に出て育っていないが故の現象だろう。
「これください」
あいつがお手洗いに行っている隙に、俺は欲しいものの買い物を済ませる。
あいつが満面の笑みで帰ってきてから買い物に付き合って、そしてあいつが意外にも裁縫好きなことを知って驚いた。複数の製作キットと睨めっこしながら買い物をする姿は、とても愛らしい。
残念そうな顔で帰路についたあいつは、バスに乗ってすぐに限界を迎えて眠ってしまった。
「むにゃむにゃ………、そうまくん、もうたべられにゃいよ………むにゃむにゃ、」
「どんな夢見てんだよ」
くすっと笑って自分の肩に頭を乗せているあいつの頭を撫でる。
バスが病院についてもあいつはやっぱり眠っていた。
膝裏と肩のあたりに手を回して身体を持ち上げても、結局あいつは起きなくて、病室まで、俺はあいつをいわゆるお姫様抱っこしなくてはならなくなった。サッカーで鍛えている故に、一切苦に思わなかった俺だが、抱き上げてみて初めてあいつの異常さに気がついた。
多分、あいつの体重は6つ歳下の妹よりも軽い。
あまりの軽さに、天使に今すぐに連れていかれるんじゃないかと錯覚する。あどけない表情で眠る彼女を病室のベッドに戻して、俺はあいつの眠るベッドの端に腰掛ける。
「なあ、………お前があと3日で死ぬなんて嘘だって言ってくれよ」
悪戯心のまま鼻をみゅぎゅっと摘んでみる。
「ふぎゃっ、ん〜………」
(変な顔。………また明日、な)
深い眠りについているのか、一瞬の悲鳴ののちにあいつはまた眠り始める。その無防備な額に俺はくちびるを近づけ、そして病室を去った。
「………あまり、入り込まない方があなたのためですよ」
病室の入り口で話しかけてきた看護師の言葉を無視して、俺は自分の病室に入った。
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