第5話

▫︎◇▫︎


 俺はずっとサッカーだけをして生きてきた。


 勉強は苦労することなく会得できたし、運動はサッカーだけが好きで、その他には一切の興味を示せなかった。


『ーーー次壊れたら、もう走れなくなるよ』


 だからこそ、高校最後の大会に向けて過酷になっていく練習メニューによって身体を壊した俺に向けて医者が言った言葉は、俺の心を深く抉った。


 周囲よりも一気に加速できる俺の脚。

 周囲よりも長時間加速していられる俺の脚。


 俺の唯一無二の宝物は、この医者の一言によって『爆弾』へと変化した。いつ爆発するかも分からない爆弾によって、脚が壊れることに恐怖しながら、俺はサッカーの練習を続けようとした。

 けれど、脚の痛みはだんだんと、そして着実に強くなっていった。


『ーーー悪いけど、主治医として次の大会には出してあげられない』


 残酷な宣言は大会の直前に行われた。

 そして、俺のリハビリ入院が親によって決定された。将来を最も期待されていた選手だった俺の選手生命は、脚の爆弾によってあっという間に終了を告げられた。


 それからは日々蛇足だった。

 ボールに触れることは禁止されて、サッカー関連のものは全て取り上げられる。サッカー漫画にサッカー観戦、ボールやユニフォームがない生活は、俺を苦しめ、駄目にしていく。

 リハビリに参加する意欲さえも持てなくて、ベッドに寝転がるだけの日々。俺は俺にとってのサッカーの重さを実感した。


(ーーーあぁ、できないんなら、ダメになるんなら、ダメになる前に死ねば良いんだ)


 極端な思考に行くのには、時間を必要としなかった。

 あっという間に死に場所を見つけて、ツテを使って屋上に登って、そして飛び降りようとした。

 でも、あいつに邪魔されて結局はできなかった。


 病室に戻っていった、昨日出会ったばかりのあいつが座っていた場所は、まだほんのり暖かい。


『それを言い訳に挑戦しないのってなんか違うんじゃない?』


 目を閉じれば、どこまでも澄んでいてまっすぐな瞳を思い出せる。


『リハビリが終わったら、身体はちゃんと動くよ。怪我の前と同等っていうのは無理かもしれない。でも、ちゃんと動けるよ。リハビリ入院した子たちを見てきた私が保証する』


 手を伸ばした彼女の髪は、傷んでいるはずなのに、さらさらと風に靡く姿が美しかった。


『もう少し、頑張ってみよう。あなたが、もう1度走れるように!!』


 去っていった彼女は、たった2回会っただけなのに、俺の心に住み着きやがった。


 こんなに思い通りにいかないのは初めてで、俺は困惑していた。

 でも、本当はこの感情の意味を知っている。


 俺と彼女に残されている時間はあと5日。


 俺は彼女に、

 真っ直ぐに生きようとする彼女に、


 ーーー恋をしている。


 俺の世界はどこまでも残酷だ。

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