第8話 修行開始

「……服部君、もしかしなくても眠い?」

「3時間、いや2時間しか寝てない、ちょっとキツイね、うん。ちょっとだけね」

「あー、それ完全に寝不足自慢する人じゃん……」


 朝の登校時間、うっかり睡眠不足マウントを取ってしまったが、本当にそれぐらいしか寝ていないのだ。

 望月さんのような初心者ができる忍者の修行。負荷が軽めで、暫定的でも身を守れるぐらい、そんな最適な修行は何かを考えてたら眠れなくなってしまった。


「今日は望月さんにやってもらいたいことがあるんだ」

「やってもらいたいこと?」


 周りに人がいないことを再確認。確認出来たらさらに声のボリュームを落とし、話しかける。


「望月さん、前に忍者を見分けられるって言ってたよね」

「え、うん。できるよ」

「よし。じゃあ修行はそれでいこう」

「修行!?」


 耳元で滅茶苦茶な音量で驚いてくれた。おかげで耳が少しキーンだ。


「こ、声が大きい……!」

「あ、ごめんごめん」


 てへへと笑う望月さん。当の本人は悪気はないみたいなので怒るに怒れない。


「色々考えたんだけど、望月さんがいきなり体術を身に着けたり忍術を覚えたりするのはハードルが高いと思うんだ」

「そっか~。運動能力には少し自信あったんだけどなぁ」


 確かに、望月さんの運動能力は決して低くない。むしろ優秀だった。おかげで毎日のように運動部から勧誘の嵐みたいだが。


「まぁそれは追々ということで。今日、変な人というか悪い気配みたいなのを感じたら教えて欲しいんだ」

「それだけでいいの?」

「うん。集中力を研ぎ澄ます修行でもあるから、気を抜かないように」

「分かった!」


 よし。これで望月さん自身にも危機を察知する習慣が身に付き、襲われるのを未然に防ぐ確立を上げることができるだろう。


 後は、望月さんに近寄られる前に連中を仕留められるのがベストだが。



 学校が終わり、望月さんと一緒に帰る。

 ちなみに授業中にひっそりこっそりと寝たおかげで体調は良くなってきた。成績は悪くなりそうだが。


「どうだった?」

「忍者の人は相変わらずいっぱいいたけど、変な人は見かけなかったかな」

「そっか~」


 忍者だけ感知できるというのも変な話だが、何か異能を発動する条件でもあるのだろうか。

 ともかく、普通の人と悪意を持った人間の区別ができないという事になると、体術を教えることになるのだが。


「そういえば、修行なら私あれを使えるようになりたい!」

「あれって?」

「ほら、服部君がトラックを止めた時。早くてよく見えなかったけど、超能力みたいだったよ! あれは忍術でしょ!」

「あー……あれはちょっと違くて……『服部流体術』ではあるんだけど……」

「服部流、体術……!!!」


 望月さんの目がダイヤモンドのようにキラキラと光り出した。こうなると断るに断れない。


「……見せるだけなら」

「むぅ……」

「意地悪してる訳じゃなく……俺がやっても参考にはならなくて」

「……?」


 頭にはてなマークを付けた望月さんと家に帰るのだった。



 ということで、修行するための道場へとやってきたのだが……。


「何で二人がいるんだ?」

「非番ですから、筋トレを!」

「な、成り行きで……」


 道場には既にハトリ運送の社員である筋肉担当、本郷力也ほんごうりきやくんと癒し担当因幡蓮いなばれんくんがいた。いつでもいるねこの二人は。


「いや~、若の修行風景が見られるなんて嬉しい限りですよぉ!」

「そんなに?」

「でも……確かに若がこの道場に来ること自体珍しい気がします……。帰ってきたら寝るか配信見るかアニメ見るかゲームしてるか……ですよね?」

「確かにそうだけど……あれ? 俺の個人情報もしかして洩れすぎ……?」


 後で橘さんを問い詰めておこう。きっとあの人だろうから。


「ちょうどいいや。力也くんか因幡くん、望月さんに掌底しょうていを教えてくれると助かるんだけど」

「掌底っすか? それはもちろんいいっすけど……」

「あぁ、なるほど。それじゃ僕が教えます。力也君はきっと苦手でしょうし」

「え、どゆこと? そしてなぜ俺が掌底が苦手だという事を知っているんだ」


 力也くんは力が強すぎて掌底というより力強い張り手なんだよな……。

 因幡くんは立ち上がり、柔道によく似た構えを取った。


「えっと、掌底というのは文字通り、手のひらの底の部分を対象にぶつける技ですね。こんな感じ、ですっ!」

「どぅふぉ!?」


 因幡くんは容赦なく力也くんに掌底をぶち当てる。


「い、因幡よ……いい掌底ではないか……おかげで筋肉が起き上がってしまったぞ……」

「気持ち悪いですね……。とまぁこれが服部流体術の一つ、掌底になります。コツは利き手に全体重を乗せて放つイメージですね」

「おぉ……! その技なら全速力のトラックも止められるんですね!」


「「え?」」


 力也くんと因幡くんが二人して首を傾げた。


「えっと、服部流体術はあくまで対人ですので……トラックは……それに全速力で走っているモノに対してはさすがに……」

「うむ……俺でもうまくいけば止められる──いや、よくて相打ちというところか。まぁ大怪我は避けられんな、はっはっは!」

「え、でも……」


 ちらりと望月さんがこちらを見る。


「まさか、若……! トラック止めたんですかい!?」

「いや、ちが──」

「すっげぇ! 止めたんだぁ! いやー見たかった……! その場に居合わせられなかったことが一生の後悔になりそうだ……!」

「あのー」

「待てよ、どのトラックがぶつかったか辿れば……いける! 若がどれだけすごい技をトラックにぶつけたのか見ることができ──」


「話を聞けっ!!!」


 思わず手が出てしまった。


「ぐわあああああああああああ!?」


 180cmを超える成人男性が吹っ飛び、道場の壁へとたたきつけられる。


「あ、つい……」

「いや、今のは力也さんが悪いですから」

「おぉ~! これこれ! これだよ私が見たやつ! これは何ていう技なの!?」

「いや……これも服部流体術の掌底なんですよ」

「え?」

「ただ、若は……」


 チラチラとこちらを見る因幡くん。

 おそらく話してもいいものか迷っているのだろう。

 ここは俺から言うべきか。


「あー、その……なんだ、俺は──」

「なんじゃ今の音は……ってなんじゃこりゃああああああ!!!」


 その時、じいちゃんが道場へと入ってきた。じいちゃんの目には壁にひびが入った道場と、横たわっている力也くん。


「お前ら……そこに並べええええええいっ!!!」



 夕食前まで座禅の刑に処された。


「なぜ俺だけ……」


 お咎めがあったのは俺と力也くん。当の力也くんは既にボロボロだったため、こうして俺だけが座禅を続けているというわけだ。


「はぁ……座禅なんて何時ぶりだろうな」


 思えばこの道場に入るのも望月さんがやってきてから良く入るようになった気がする。昔は一人前の忍者になるために、とか言って入り浸っていたこともあったっけか。


 いかん、集中力が乱れた。じいちゃんに見られたら刑が重くなりかねない。


 息を整え、無心になる。


「お、やっとるね~」


 たとえ声が聞こえたとしても無心な俺には届かない。心を無にする。


「お~い。あれ、寝てるのかな?」


 心を無に……無に……ムニ……ムニ……むに?


「むに?」

「あ、やっと気づいた」


 隣を見ると俺の頬をつんつんしている望月さんがいた。


「おわぁ!?」

「うわっ、びっくりした! ごめん、驚かせちゃったかな」

「いや……まだ俺も修行不足ということで……」

「おぉ~、向上心の鬼だねぇ」


 感心しながら望月さんは隣に座ってきた。


「それなら私も修行しよっと」


 手を伸ばせば届く距離。

 望月さんが座った時、ふわりと甘い香りが漂った。

 いかんいかん、心が邪念だらけだ。

 ムニ、ではなく無にしなければ。


「お話してもいいかな」

「いや、それだと修行になってないよ」

「じゃあお話の修行も兼ねてってことで」

「なんじゃそりゃ」


 なんじゃそりゃ、と心の中で思ったつもりだったが、あまりにおかしなことを言うもんだから声に出てしまったじゃないか。


「ごめんね、服部君」

「え、何が?」

「だって、元はと言えば私が服部君がトラックを止めた話をしなければ怒られなかったでしょ。だから、ごめん」


 そういうことか。思わぬ形で望月さんに罪悪感を抱えてしまわせたみたいだ。


「気にしてないよ。それに、トラックを止めて人を助けたことに後悔はしてない」

「服部君のおじいちゃん、すごく怒ってたね。やっぱり忍者が目立つのって良くないんだね」

「まぁ、ね。それに加えて、俺が目立つと色々と不都合があるからじいちゃんは怒ってるんだと思う」

「え?」


 しまった。思わず余計なことを話してしまった。


「今の、どういうこと?」

「……べ、別に?」

「嘘下手っ。そういえば、服部君のおじいちゃん、怒り方少し変だったような……。怒ってはいるけど、心配の方が大きいみたいな……」


 妙に鋭い。これは下手に隠すと余計にこじれそうだ。


「……少し、昔話をしようか」


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