第8話:メカニック
「あねさん! プラグの掃除、終りました!」
「コグルク、〝あねさん〟なんて呼び方はやめろ! せめて『シーナさん』にしてくれ!」
「わかりました、あねさん!」
「あねさんじゃねえ! スパナで殴るぞ!」
「ヒエエエエエ!」
ブシ・警視庁の地下駐車場で、シーナとコグルクが回収したRZ350を手入れしている。
この時代に貴重なバイクや自動車は、殺人の凶器に使われたなどの余程の問題がない限り証拠品としての検分が終われば、書類手続きだけで備品として接収することが出来る。このRZ350もそう言った経緯で第十三魔法機動捜査班の備品として認められることになっていた。
ガヤガヤと喋りながらバイクの整備をしているシーナとコグルクを、少し離れた場所でキャンプ用の組み立てデスクとチェアにくつろいだ様子で度美乃と枢女が眺めている。
「まったく、子供みたいですわね」
「枢女ちゃんだってぇ、子供みたいなものでしょうぅ? まだ生まれて間もないんだから」
「そ、そんな余計なツッコミは無用ですわ!」
慌てて反論した枢女だったが、すぐに落ち着きを取り戻し、真顔で尋ねる。
「警視は御存じなのですか? シーナの素性を?」
「枢女ちゃんは見たの?」
度美乃も真顔で返してきた。
「断片的でしたが、色々な感情が流れ込んで来ました。死への恐怖、命令の無常さと抗えないことへの無力感、そして絶望……」
そう、ヤードで組んだ時、枢女にもシーナの記憶の断片が流れ込んでいたのだ。
「シーナちゃんは少なくとも数十万人分の意識を共有していたでしょうから、その膨大な思念の重さたるや絶望的なものだったでしょうね」
度美乃の口調も珍しく真剣なものになっている。
「記憶の流れの多くにプロテクトが掛かっていました……それでも〝香車隊〟と云う言葉だけはまるで呪詛のような扱いでした。警視は御存じなのですか? 〝香車隊〟の事を?」
尋ねられた度美乃は少しのあいだ言いよどんでいたが、やがてゆっくりと言葉を紡いだ。
「〝マキシ・フォン・シュヴァルツスタイン〟の名前は知ってるでしょう?」
「マキシ・フォン・シュヴァルツスタイン! あの極悪の女大魔法使い! 人であろうが亜人であろうが魔物やモンスターであろうが、魔術の為ならばあらゆる命を弄ぶ、あの性悪魔女! あの魔女とシーナに何の関係が……」
そこまで言って枢女はハッとしてシーナを見つめた。似ている……いや、それどころではない。髪型や雰囲気は違うが、シーナと女大魔法使いシュヴァルツスタインは瓜二つだ。
「そう、シーナちゃんはシュヴァルツスタインの〝同位体〟なのよ」
「〝同位体〟? クローンや分身ではなく?」
「そう、自分とまったく〝同位〟の存在=存在意義も因果をも含めた全く自分と同じ存在を、自分の魂から作り上げる、太古の禁呪……。自分と全く〝同位〟の存在を同じ世に作りだせば対消滅の恐れさえある危険な存在を、あのシュヴァルツスタインは恐れもなく作ってのけたの」
そこで度美乃は安堵した様に一息ついた。
「だけどそう簡単にはいかなかった。ほとんどの同位体が、持っている魔力はシュヴァルツスタインと同じでも魔法の使い方も解らない者ばかりだった。そこでシュヴァルツスタインが考え出したのが〝香車隊〟よ」
「…………」
「魔法の使い方は解らないけれど、膨大な魔力を持ち、同位体だから魔力のパスは繋がっている。同位体の感覚を支配して、敵陣に突っ込ませ、膨大な魔力を敵陣で暴走させる……シュヴァルツスタインは第一次・第二次ノルドジーレイド・ホッカイドー独立戦争に、自分の同位体を人間ミサイル=トッコー隊として参加させたの。出撃すれば死に一直線……それが〝香車隊〟」
「!」
枢女は衝撃を受けた。いくら極悪な大魔法使いと云えど、自分の魂を分けた存在=同位体を使い捨て兵器として扱うなど思いもしなかった。
「創り出した同位体の数は、少なくとも約百万と言われているわ。その中には〝セレクション〟と呼ばれる上位個体が存在したの……その一人がシーナちゃんよ。様々な特殊任務にも適応出来たシーナちゃん=個体ナンバー666666、通称〝ストレート6〟はある日突然魔法の使い方に目覚め、シュヴァルツスタインとの魔術戦をしのいで多くの同位体と共に戦線を脱走したの」
「!」
「多くの同位体が行方不明になる中、ある日突然シーナちゃんはこのエスサァリィ・トーキョーにこつ然とバウンティ・ハンターとして現れたの。シュヴァルツスタインの同位体としての素性を隠したままね」
「そんな隠れた逸材を、よく見出しましたね」
「例の魔術刻印の偽装よ」
「あ、あれが?」
「シーナちゃんがその魔法力を使って、自分の魔法刻印がシュヴァルツスタインの魔法刻印だと判らないように偽装していたんだけど、あたし見破っちゃったのよね」
「それでスカウトしたんですか? そんな強大な魔法使いを何のために?」
それを聞いて度美乃の顔は激しく曇ったが、すぐに元の明るい表情に戻した。
「いずれ来るその時に、としか今は言えないわぁ。それは枢女ちゃんもおんなじだからぁ……ね?」
「そうですか……」
枢女はそう言って再びシーナを見る。あの屈託のない笑顔の裏で、数百万もの自分と同じ存在が戦場に散っていくのを……共有した意識のもと、いつ自分の番が来るかも判らない恐怖の中で感じ続けてきた……それほどの地獄があろうか!
だからこそシーナは怒ったのだ。コグルクをいいように使うミノタウロスに。
だからこそ必死に止めようとしたのだ。魔弾を受けたとはいえ自分を無くし、暴走した枢女を。
「枢女ちゃん?」
何も言わずに立ち上がった枢女は、真っすぐにシーナに向かって行き、RZ350の整備をしているシーナの背後に立つ。シーナの反対側に居るコグルクの反応で誰かが来たことは判っているはずだが、シーナは振り返らない。枢女とシーナのあいだに、ためらいの間が流れる。
二人の間を破ったのは枢女だ。
「あ、あ、有難う御座いました……おかげで助かりましたわ……」
「気にすんじゃねえよ、お互い様だ」
「?」
照れた様子を隠す様な物言いに、枢女は違和感を覚える。
「枢女が飛び込んでくれなかったら、あたしがああなっていたかもしれないんだ。そうしたら、あの辺一帯焼け野原になっていたかもしれない……そうならなかったのは枢女のおかげだ。あたしこそ感謝している……有難うよ、あ、あ……相棒」
枢女はその時ようやく理解した。シーナは顔を合わせたくなくて、振り返らないのではない。面と向かってお礼を言うのが恥ずかしいのだ。
「ま、まあ当然ですわ! わたくしのような高貴な存在はノブレス・オブリージュを率先して示す使命がありますもの! それは相棒である、あなたにも分け隔てなく享受されますわ!」
「よ、よく言うよ、それがあの頭突きか! 高貴もへったくれもないわ!」
「あ、あなたが喰らわしてくれたからですわ! わたくしには素手で殴り合うような野蛮な発想はありませんもの!」
「何だと、このカメ!」
「またカメと呼びましたね! シナチク野郎!」
呆れたコグルクが、割って入る。
「二人ともやめましょうよ……」
「「うるさい!」」
「いいですけど、また二人してその人にド突かれますよ?」
そう言われて、二人はようやく気が付いた。いつの間にか度美乃が二人の横に立っていることに。
「二人とも、仲良いわねぇ……でもブシ・警視庁を破壊する前に止めてもらえるかなぁ」
「「は・ハイ、申し訳ありません!」」
二人は慌てて離れる。
「コグルク、さっさと済ますぞ」
「へい、あねさん!」
「あねさんじゃねぇぇぇ」
シーナは再びバイクの整備に戻る。
「わ、わたくしも何か手伝いますわ!」
シーナとコグルクが一生懸命に作業するのを、天然ボケで邪魔してしまう枢女……三人の様子を思わず微笑みを浮かべて眺める度美乃だった。
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