第35話

「おはようございますクルア先輩。夜ですよ」

「……んぇ? あれ、おはよう……?」


 半月の夜、声を張って言った。


 クルア先輩の目覚めはすこぶる悪い。

 暫くこの調子で会話することになった。


 ――


「さて、ピラミッドはもうすぐです。気合い入れて行きましょう」

「おー」


 やる気は十分なようだ。

 私は好き勝手動いているが、それでも彼女は付いてきてくれている。

 ありがたい話だ。


 また、木の根を跨いで歩く。

 景色はまだ変わらず、鬱蒼とした森の中。

 時折、鳥のような声が響いてビクリとするが、特に何かあるわけでもない。


 やがて、星空が見え始めた。

 樹海の終点、ピラミッドのすぐ近くだ。

 

 私達は自然に駆けた。今は懐かしきあの光景が、どうなっているか早く知りたくて。

 落ちた木の枝を踏み潰し、狩れた葉っぱを巻き散らす。

 そしてみた、光景は――


「ウソでしょ……」


 ――大翼の悪魔だった。


 そいつは今、地面を歩いている。

 月光に晒され、その様相が良く見えた。


 頭が大きく、特に後頭部が発達している。

 背中には大きな背びれが2つ。

 翼が四本あって、前についてある方が大きく横についており、後ろについてある物は小さく縦についていた。

 足は逆関節になっている様だ。


「見れば見るほど恐ろしい……これじゃ中に入れませんね」

「どうする? 倒す?」

「随分と考えが物騒なようで。いや――先に学校へ向かいましょう」

「おや、意外」

「ゼブルくんの替えを補充したい。彼が居ないと大翼の攻撃は避けられません」

「なるほどね」


 もう一度、フィールドと一緒によく観察する。

 ピラミッドに異変無し。前と変わらない金属質だ。

 土地は幾許か凹んでいる。私とあいつとの戦闘痕か、それとも別に戦闘があったのか。

 とりあえず把握しておこう。

 他に変わりは無さそうだ。


「よし、早く学校へ行きましょう。怖いですアイツ」

「ハハ……まぁ戦ったしね」


 いつの間にかかがんでいた体を起こす。

 クルア先輩が後ろに居る事を確認し、森へ降り組むと――


 小さい悪魔が居た。それも5体。

 

 私達は焦ったが、なんとか口を塞いだ。

 しかし。


「――キェ――キィ――!」


 彼らが叫んでしまった。

 

 150cm程度の体を必死に広げ、何かを読んでいるよう。

 対象は言うまでもない。


 その応答は背後から聞こえた。


「――グァ――グ――マ――!」


 威圧する低音。体がしびれ、一瞬上手く動かない。

 何とか振り返って、確認する。


 そこには、大翼の悪魔が居た。

 距離5m以内。


 もう彼の間合いだ。


「”月読み”――臼!」


 クルア先輩の力。

 駄目だ、間に合わない。


 しかし彼の突きは、まっすぐに私を狙った。


「なん――!」


 文句を言う事さえ許されなかった。

 大翼の悪魔は、私の後ろにある大木まで貫く。

 轟音を纏い、それは倒れた。

 

 そして私の体は、上と下で分離した。


「ウロ! ”月読み”――兎!」


 クルア先輩が跳躍し、私の上半身を抱えてくれた。


「大丈夫ですクルア先輩! それより自分の安全を!」

「――わかった!」


 そう言って彼女は、私の体を投げた。

 あの? 別に、雑に扱っていいわけではないんですけど?


 空を舞う私の体。思わず全ての生物が注目する。

 

 ――ただ一人を除いて。


「”月読み”――天之尾羽張剣!」


 前に見た物よりかは、小さい。

 しかしそれでも、私の身長は軽く超え、2mくらいはありそうだ。


 クルア先輩は、生成したそれを投げた。

 目標は大翼。

 見たことのない攻撃に、彼は対応できない。

 真正面から、顔にぶつかってしまった。


「――グァ――!」


 言葉にならない叫び。

 もはや慣れてきた発音を後ろに、私はしっかり着地した。

 いつのまにか、四本の足が生えている。


「おぉ、なってる!」


 そういえば、クルア先輩に変身を見せるのは始めてか。

 傷を負ってはいけない、という制約がある以上あまり見せられる物ではない。

 なので今この瞬間にメイいっぱい楽しんでもらいたい。


「速めに逃げたいけど……無理だな」


 顔に傷をつけられたはずなのに、剣呑な殺気が私を捉え続けている。

 また、五匹の小さい悪魔にも囲まれている。


 私は跳ねて、クルア先輩と合流した。


「どうするウロ? 他の悪魔も来るんだよね」

「はい。とりあえず小さい方を狙って、樹海の中へ入りましょう。大翼もやりにくいはずです」

「了解! ”月読み”――餅つき兎!」


 そういうと、彼女は光に包まれた。それが段々集約していきやがて、槌を構え臼を縦の様に持った、四肢が兎へ変化したクルア先輩があらわれた。

 おまけ程度に、兎耳もついている。


「戦いやすいんだ! あんまり触れないで!」

「可愛いですよ!」

「触れないでって!」


 からかいながら、私もやれるこ事を考える。

 クルア先輩は大翼を相手してくれるようだ。それの前に立っている。

 なら私は、五匹の悪魔を突破しないと。

 言っても、強そうな相手ではない。

 身長は私より低いし、筋肉だってあまりついていなかった。


 私は前に加速した。

 そのまま右手を突き出すだけで、1匹掴んだ。そいつを他の悪魔に投げ、とりあえず2匹の無力化に成功。

 気が付いたのだが、重量もない。

 

 私はいいが、これだと戦闘にならないぞ。

 そんな奴が何故ここに居る?

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