第11話

 明け方、太陽の昇る前に起こされた。


「ごめん、ウロ。見張り変わってもらえる?」

「わかりました。存分に疲れを取ってください」

「……ありがとう。出発する前に起こして」


 そういって、彼女は壁に持たれる。

 すぐに寝息が聞こえ始めた。

 結構無理をしてもらったようだ。


 外の景色に目をやって、状況を確認する。

 そこには、もはや月は見当たらない。

 完全な闇が支配している中、蠅を飛ばした。


 休む前、大量にやってきていた悪魔の姿は微塵も見当たらない。

 当然、掌の悪魔もだ。

 どうやら、私達の獲物を横取りした後、大人しく帰っていったらしい。

 なんとも無礼な奴らだ。


 それ以外に特筆すべきことはない。


 いや、あるにはあるか。


 地獄の星空は、とても綺麗だ。


 発光する物が作られていないお陰でよく見える。

 ただ残念な事に、星座は覚えていない。

 夏の大三角形でぎりぎりだけど、今は新生活の季節。

 つまり春だ。


 と、そこまで考えて気が付いたのだが、此処は地獄。

 星座が一致しているわけがない。


 星の光だけを頼りに見張りを続ける。

 

 正直、あまり見えない。


 これまで出会った悪魔は全員、黒色がメインだった。

 掌の悪魔はちょっと緑がかっていたが、それでも深い色。


 もし襲撃されたとしても、気づけない可能性がある。

 

 蠅の聴覚はいい方ではない。

 一度テレパシーで聞いてみたが、なんだか気持ち悪い聞こえ方をする。

 これでは、気づくものにも気づけない。


 大人しく目を凝らして観察する。


 この蠅にも迷惑をかけた。

 私が起きている間はこいつも一緒に起きているし、大分働かせている気がする。

 

 一日だが、結構な苦楽を共にしたせいで感情移入してしまっているな。


 そうだ、名前を与えることにしよう。


 蠅……地獄……悪魔……。


 駄目だ、ベルゼブブしか思いつかない。


 いや、別にそれでいいのか。所詮蠅だし。

 感情移入しすぎて、死んだときに悲しみが襲ってくるのは困る。


 一応ちょっとだけ捻るか。

 ゼブル。

 よし、ゼブルにしよう。


「さぁゼブルくん。夜明けまで後数時間。一緒に見張り頑張ろうな」



 結局、朝になっても何も来なかった。

 外は雲1つない晴天。実に冒険日和だ。


「おはようございます。朝ですよ」

「……え、もう……?」


 全員に届くよう、声量を上げて言った。


 最初に起きたのはクルア先輩。

 眠たそうに瞼を擦りながら起き上がった。


「おはようウロ。みはりあいがとね……」


 呂律が回っていない。まだ目が覚めたわけではないようだ。


 しかし、他の奴らは一向に起きてこない。

 カイは丸まっていて様子がわからないが、チヒロはよだれを垂らして幸せそうに眠っている。

 こんな固い場所でよく熟睡できるものだ。


 腹を蹴る。


「ぐぇっ」

「おはよう」

「……ふぇ? おはよう……」


 どうやら蹴られた事に気が付いていないらしい。


「ほらカイ起きて」


 体を揺すりながら優しく起こす。

 以外にも目覚めが良いようで、パパっと起き上がった。

 テレパシーで見たところ、意識もはっきりしている。


 周りを見ると、クルア先輩は立ち上がり、伸びをしていた。

 

「皆起きましたね……では状況を確認します」


 まだ眠たそうなのが1人いるが、無視して話を進める。


「現在、この辺りに悪魔はいません。当然、救助隊も見当たりませんでした。水はカイの能力で出せますが、食料は確保しに行く必要があります」

「ん……じゃあもう出発するの? 動物の居ない此処に居てもしょうがないし」

「そう、ですね……動いた方がいいかと」


 そうなると、名残惜しいのはこのピラミッド。

 地獄の謎を象徴するこの建造物は、何かあるのは間違いない。

 何かあるのは間違いないが、リスクが高すぎる。


「っ行きましょう!さっさと帰ってさっさとここを――」

「あ、お告げだ」


 折角振り切って音頭を取ろうとしていたのに、出鼻をくじかれた。

 マイペースだな、この子……


「……お告げって?」

「神様がアドバイスくれる。ちょっとまってて」


 それだけ言って、彼女は目を閉じてしまった。


 しかし神の助言ならば有難く頂いておこう。

 叶うなら、ピラミッドを探索せよ、とか言ってほしいところだが……


「”動くな”」


 ――低い、声だった。

 

 それは確かにカイの声。

 しかし全く、何かが違う。

 まるで、悪魔と相対したような威圧感を纏っていて。

 低く、深いところから響く声。


「”外へ行くな。奥へ行くな”」


 聞いているだけで、体がひりつく。


 私達は、動けない。喋れない。呼吸もできない。


 が、問題ない。


(……何も、するなと?)


 カイが眼を開き、こちらを見た。


「っ!」


 結膜が、真っ黄色に発光している。

 同行が赤く開き、私から目を離さない。


「”不敬である。その力、神に使う事許さぬ”――」


 それだけ言い残し、カイは倒れた。

 同時に、息ができるようになる。


「――カイ!」


 解放されてすぐに、クルア先輩が駆け寄った。


「眠くなっちゃった……」

「あ、ああ。それだけなの。よかった……」


 無事だと言う声が聞こえる。


 カイのダウンは、戦力低下に直結する。

 なら神の助言に従う事はやぶさかではない。


 けど、期間を提示されていないじゃないか。

 外へ出るな、中へ行くなとは一体いつまでだ?

 

 それに、カイにテレパシーを使うなとも言われた。

 これも痛い。

 通訳はまだしも、連携にテレパシーは貢献していた。していたよね?

 まぁ少なくとも、声を出さずに情報共有できるのは、隠密行動で有利だ。それは間違いない。


 さてどうするか……。


 外へ出ては行けない、とは言われた。しかし外に出してはいけない、とは言われていない。

 蠅を出すことはセーフなのか?


「神様の助言をそのまま受け取るなら、もうすぐ救助隊が来るんじゃない?」


 チヒロの発現は、確かに納得のいくものだ。

 

 少なくとも、お腹が空いて動けなくなる手前ぐらいまでは何もしなくていい。

 だがまあ、退屈だ。


 暇つぶしに、出入り口を見る。

 ここから得られる景色で満足しようと。


 しかし、おかしい。

 暗い。

 太陽を塞ぐものは何もなかったはずだ。

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