”ステータスオープン!”の魔法しか使えない俺にもできる、チート能力者の倒し方

えのき

第1話 VS 消滅の勇者

ステータスが文字化けしてるんだけど

「あのさぁ……いい加減キモいんだけど!! 痴漢やめろや!!」


 終電間近の満員電車で叫ぶ女性。

 今日は大きな神社で祭があったためか、この時間に電車が満員になっている。

 痴漢はご愁傷様だけど、残業続きの俺の後ろでその大声は辛いものがある。


「次の駅で突き出してやる!」


 女性がそんな事を叫ぶと同時に、ちょうど電車が駅に停まる。

降りる人の少ない駅なので、女性は人をかき分けて電車を降りた。

――俺の手を引いて。


「いや俺かい!!」


 不意に手を引かれた上に、人の流れに押されたせいで俺も電車から降ろされる。

 痴漢なんてするわけ無いだろうが。


「てめーふざけんなよコラ!」


 うわ、ガラの悪い男性も一緒に降りてきた。

 女性が近づいたので、おそらく連れだろう。

 2人ともジャージを着て微妙な茶髪。祭り帰りのマイルドなヤンキーか?


「まってまって、待ってください!」


 電車から離れてホームの広いところで反論する。


「僕はやってません! 体勢的にも無理でしょう!」


「何よ、あたしが嘘付いたって言うの!?」


「は? んだ? あ?」


 男が威嚇してくる。

 頭を揺らすヤンキーしぐさをしながら近づいてきた。

 こう言う輩はいきなり暴力もあり得るので身構える。


「ま、まずは話し合いです。駅員さんもほら、こっちに来るし……」


 遠くでおばさんが駅員と話している。

 恐らくこの騒動を説明してるのだろう。

 おばさんに会釈をした駅員がこっちに走ってきた。


 ん? まてよ?

 このあと拘束されて説明して……。

 疲労困憊の身体には辛い。辛すぎる。


 ――――確かネットではこういう時、逃げるが勝ちって聞いた。

 裁判では女性の発言が強くって冤罪が多発してるって言うしな。


「あ! 待てコラ!!」


 俺は駅員に気を取られた2人を置いて全力で逃げる。

 今は駅の二階にあるホームにいるので、改札口がある下の階へ。

 エレベーターは遠いので近くの階段へ向かう。


「待てやこのッ……チキン野郎がッッ!!」


 チキン野郎って、喧嘩じゃ無いんだから。

 なんて思ってると――



ガコン!!



「痛った! ――あっ。」


 後頭部に何か。

 カバンのような物が当たる。


 コントロール良すぎだろ。

 俺階段の上だぞ。


 マジか。

 この高さはシャレにならんて。

 死んで――――



ゴキッ



◆◆◆



 なんだこの終わり方。


 大量の仕事を押し付けられて断れず残業。

 変な輩に冤罪ふっかけられて反論あきらめ逃げる。

 挙げ句の果てにミスって死ぬ。


 ダセぇ。

 ダサすぎる。

 俺の人生何だったんだ。


 もう死にたい。

 死んで……あ、すでに死んでるのか。

 来世では自分の意見をはっきり言える人間に――


 まてまて。

 なんで俺、意識があるんだ?


「うわぁ! はぁ、はぁ。」


 目を覚ました。

 そこは、真っ暗な空間だった。

 いや、俺にだけスポットライトが当たっているみたいに明るい。

 椅子に座ってる。

 何だ? ここは何処だ?


「気が付きましたか?」


「え!?」


 声が聞こえたので前を見ると、正面に美しい女性がいた。

 さっきまでいなかったのに。

 この身に起こっている現象は何だ。

 もしかして……ここは死後の世界とか?


「そうですね、死後の世界という意味では合っています。」


「そうですねって、心の声を読んだ? ……はは、んなことないか。」


「冗談ではありません。貴方は階段から落ちて死んでしまいました。」


「死ん……」


 死後の世界。

 やっぱり、あのとき俺は死んでしまったのか。


「うそ……だろ……」


 毎日遅くまで残業して。

 彼女もいなけりゃ趣味のゲームすらやる時間もなく。

 俺の人生は何者にもなれずに終わってしまった。

 無念……


「残念ながら死んでしまいましたが、終わりではありません。」


「え?」


 死後の世界が終わりじゃない?

 そういえばこの目の前にいる美しい女性は誰だ。

 髪は金髪で長く、白い布のドレスみたいな服を着ている。

 本物の自由の女神かと思うくらい神々しさがあるし、俺は天国に来れたんだろうか。


「女神は合っていますが、天国ではありません。」


「ですよね~。天国に行けるだけ徳を積んでもいないし。」


「ここはあなたの世界と異世界を結ぶ中間地点のような空間です。」


「異世界?」


「そうです。あなたは選ばれたのです。勇者様。」


「俺が? 勇者? はぁ!?」


 何だ異世界って。勇者って。

 てか勇者って年齢でもないぞ。

 アラサーのおっさんだぞ。


「年齢は関係ありません。適性が備わっていたかどうかです。

私は[奇跡の女神 アイラ]と申します。

あなたのいた世界で、勇者の適性が備わっている人間を探していました。

そして見つけたのがあなたです。

強制的な転移はできなかったので、死後の魂と体をこの世界に再構成しました。」


「そ、そうなのか……」


 あまりにもゲームや漫画みたいで実感がわかない。

 今「ドッキリ」の札を出されても納得出来そう。


「実感が沸かないのも無理はありません。

いきなり異世界で勇者、しかも目的が魔王を倒すことと言っても……」


「え、魔王!? どういう世界観なの!?」


「そうですね。あなたの脳内の言葉で言うと『剣と魔法の世界』に該当します。

今考えていた『ゲームや漫画』の世界で合っています。」


「何だそれ。ゲームの世界って。」


「しかしこれはゲームではありません。

モンスターと戦った際、下手をしたら死ぬこともあります。」


「え、マジか。」


「はい。ただ生存率を上げるため、あなたに『能力』を差し上げることが可能です。

どんな能力がお好みですか?」


 きたーーーー!!

 これはあれか? チート能力の付与か!?

 俺はこの年になってもゲームや漫画が好きだ。

 それで異世界へ転生した主人公が、強すぎる力を授かる展開はよく目にする!

 どうしよう。

 無限に剣を出せる能力、時を止める能力……戦闘系は痛そうだな。

 いっそ「女神様、貴女と冒険したい」と言って……それはマズイ気がする。

 あ、そうだ。


「ステータス・オープン!」


【[神崎 タカト]】

 レベル:1

 HP:34

 MP:10

 スキル:無し


 漫画アニメ好きには「開けゴマ」並に聞き慣れた情報表示魔法の呪文。

 ダメ元で叫んでみたがバッチリだった。

 目前の空中に現れる10インチタブレットサイズの黒い板。

 古いゲームで「調べる」を選択すると出てくるステータス・ウィンドウのようだ。

 その中に自分の情報が表示されていた。


「おお、素晴らしいです。その魔法を知っているとは。」


「いやいや、偶然ですよ。オタクは誰しもこういう状況で叫んでみたくなるんです。

えーっと、レベル1スタートはしょうがないとして。MP10か、少ないなぁ。」


 自分の初期ステータスを見て、どんなチートを貰おうか考えていた。

 ――――その時だった。



ドドォン……



 遠くの方で物音がした。


「え!? 何ですか今の音?」


「いえ、私にもわかりません……」


 女神様も不安げな様子で辺りを見渡す。

 しかし周りは真っ暗。何もない。

 段々と音が大きくなっていく。

 そして。



バキィ!!



 振り返ると俺の後ろに亀裂が。

 空中に、窓ガラスが割れたときのような亀裂が走っている。


「ちょっと女神様、どういう事ですかこれ!」


「これは……」



ゴゴゴゴゴ……



 地響きが止まらない。

 女神様は斜め上に手を掲げた。

 すると上の方に巨大なスクリーンが展開された。

 そこには映画のように、どこかの教会のような場所が映される。


『アイラ教を潰せ!』『アイラ教を倒せ!』

『あの悪魔・アイラ教の信者を根絶やしにせよ!!』


 耳を疑った。

 これはどういうことか。

 映像を見ると、教会が多くの男達に破壊されていく。

 さらに修道女や母親と隠れていた子供まで、次々に殺されていく。

 あまりにも軽々と人が死ぬので、まるでB級スプラッタ映画のようだ。

 その悲惨な光景に、ただただ絶句してしまった。


『この邪神が悪いんだ!!』

『こいつが送り込む異世界人のせいで、俺達は生活を壊された!』

『アイラ教、滅ぶべし!!』


 口々に屈強な男たちが叫ぶ。

 教会に火が放たれた。

 それを見る女神様は……これ以上無いくらい絶望的な顔をしている。


「女神様……これは。」


「どうして……私は魔王に苦しめられる人々を助けようと……

何でこんなことに……」


 涙も出ないくらい絶望している。

 よく見ると、体が薄れていっている気がした。


「ちょっと! 女神様、体が!」


「ごめんなさい、私への信仰心が無くなり、私の存在が消えようとしています……」


「そんな……こんな事って……あいつら人の気も知らないで!!」


「いえ、実は……確かに私が送り込んだ異世界勇者たちは……魔王退治に非協力的でした。

私が甘かったみたいデス」


 女神様がますます消えていく。

 地響きも大きくなり、そこら中の空間にヒビが入っている。

 巨大なスクリーンも消えてしまった。


「最後ニ、あなたを異世界へおくりまス、この空間にイテハ永遠に出られナクナル……」


「え、永遠に!? 女神様はどうなるの!? だったら一緒に――」


 最後に彼女は、満面の笑みを浮かべた。


「心配してくれてあリガとウ。そしてサヨウナ」


 目の前が、真っ暗になった。



◆◆◆



「うわ臭ぇ! ……オラ飯だ、さっさと食え!」


「あ……あ……」


 鼻をつまみながら、看守がお椀を差し出す。

 鉄格子ごしにそれを受け取る。


「ったく汚ねぇな。だからこの房は嫌だって言ったのに。」


 ブツブツ言いながら看守が去っていく。

 看守が去ると、この独房に差す灯りは小窓から入る月明かりだけとなる。

 よくわからない不味いスープをたいらげ、藁でできた寝床に横になる。



 ――――女神と別れた後。

 俺はこの街……王都「クラウドスクレイパー」とやらに転送された。

 転送された場所は王都の中でも貧民エリア。

 人々に活気がなく、身分証明の無いものは王都のメイン通りにも入れない。

 もちろん身分証明書も無く文字も読めない俺は、このエリアから出れなかった。

 言葉が通じるのが不幸中の幸いだった。


 そのはずだった。

 残飯を漁る見窄らしい毎日を過ごしていると、ある日野犬に襲われている男性に出会う。

 何気なく助けてみたところ、男性から感謝の印として「短剣」を貰った。

 ……騙された。

 その短剣は盗品だった。言葉が通じるからこそ俺は利用された。

 そして憲兵に捕まり、この監獄に投獄されて今に至る。



「あ……」


 もう冤罪を主張する言葉も出てこない。

 何もかも嫌だ。

 このまま、また死のうかな。

 あの小さな窓から見える月は現実世界より大きくてすごく綺麗だ。

 きっと月を見て狼男が変身したりするんじゃないのかな。

 そんな異世界の月を人生最期に見れただけでも良しとしようじゃないか。


「ああ……ステータス・オープン……」


【[ソタコ遙。・ソ・ォ・ネ]】

 ・??ル・??ァ1

 HP。ァ侊

 MP。ァく

 ・ケ・ュ・??ァフオ、キ


 文字化けしてる。

 ステータス表示魔法は使えるようだが、何のステータスも得られない。

 どうして俺はこう、何もかもポンコツなんだ。

 ……それでも。



クルクルクル



 ステータスウィンドウを回す。

 月明かりだけが照らす部屋に、薄っすらと光り浮かぶ画面。

 どうやらこの画面、俺が思考したとおりに空中で動かせるようだ。

 先日、眠れなかった夜に練習してみたところ自由に動かせるようになった。

 これだけでもファンタジーを体感するには充分だ。

 寝るでもなく、何をするわけでもなく、ぼーっとウィンドウを眺める。


「……あん?」


 あれ?

 よく考えると。

 何だよ「文字化け」って。

 パソコンじゃねーんだから。

 ここは異世界だぞ……


「ソタコ……ソォネ?」


 これ、カタカナじゃん。

 日本語に見えるし、「HP」なんてまんまアルファベットだ。

 この世界の文字は全く読めない。ミミズが這ったような文字だ。

 それなのにこのステータスは「現実世界のデジタル機器の文字化け」みたいに感じる。

 もしかして……


「……よし!」


 勢い良く起き上がる。

 久々にやる気が出た。

 俺は元の世界でシステムエンジニアをしている。

 文字コードの変換ミスで文字化け、なんてよくあることだ。


「ステータス・オープン、文字コード変換!」


 駄目だ。


「ステータス・オープン、ユニコードへ変換!」


 これもダメ。


「ステータス・オープン、シフトジスへ変換!」


 やっぱだめか。


「うーーん、ステータス・オープン、文字コード自動判別!!」


【[神崎 タカト]】

 レベル:1

 HP:34

 MP:10

 スキル:無し


「で……出来たああああ!!」



ザクッ



「痛ったああああ!!」


 出来た。出来たが。

 喜びのあまりステータス画面を掴んだら、画面のフチで右手を切った。

 ヤバイ、結構深く切ったみたいで血が沢山出てくる。


「うわ、止血! 布、布? これしかないか!」


「うるせぇぞ囚人!! 刑期を伸ばされてーのか!!」


「す、すみません!」


 一瞬鉄格子の向こうが明るくなる。

 看守が近くまで来たみたいだ。

 俺はビクビクしながら囚人服の裾をステータスウィンドウで切る。

 右手にうまく巻きつけ、止血をした。


 いや、まてまて。

 ウィンドウで切るって。

 危ないな俺のステータス画面。

 下手すりゃ大怪我だ……って……


【[囚人イビリの看守 ダブロ]】

 レベル:41

 HP:297

 MP:35


「は? はぁ!?」


 これは……あの看守のデータ?

 いつの間に表示されたんだ。

 もしかしてこのステータスウィンドウ。

 様々なデータを表示できる、素晴らしいチートなんじゃないか?

 もう少し詳細が出ないだろうか。


「ステータス・オープン!」


【[神崎 タカト]】

 スキル:無し

 詳細:異世界転生者だが、女神から能力を貰えなかった珍しい勇者。


「貰えてないのかよ!」


【★エラー★】

 プロファイルが壊れています。もう一度女神世界で展開してください。

 このまま利用すると、この世界の常識が適用されない恐れがあります。


「バ……バグってるうう!?」


 なるほどね、そうかそう来たか。

 よーしわかった。どうせ監獄生活は暇だ。

 このステータス画面を調べ尽くしてやる。


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