第2話 二人の願い

 真っ白な少女、アンジュが顔をあげる。

 いきなり振っておいてなんだけど、完璧なあいさつだった。

 ビットじゃなくて、俺を向いていること以外は。


「えっと、俺じゃなくて、こっちに……」

「はい?」


 ほほ笑んだまま、小首をかしげられてしまった。


“アンジュちゃん!”

“おお、可愛い!”

“天然キャラか? 少しあざといな”


 よ、よし! 死体疑惑は晴れたみたいだ! とにかく今は逃げ切る!


「と、というわけで! 次回からこちらのアンジュも配信に参加します! ぜひ見てください!」


“え、終わる流れ?”

“唐突すぎwww”


「すみません! マジでこのあとノープランなんで! 明日の配信でアンジュのことをお話します!」


 アンジュの肩に右手を回して、左手でビットを鷲掴みにして二人で映る。


「それではみなさん、さようならー!」

「あの……」

「今は手を振って! お願いだから!」

「は、はあ」


 耳打ちすると、アンジュはとまどいがちに手を振ってくれた。


“おつですー”

“次回も見るよー”

“モアの配信に戻ろう”


 同接の数が減った瞬間、配信を切った。


「ふううううう……!」


 すぐに足から力が抜けて、その場に座り込む。


「あの、大丈夫ですか? トウヤ」

「大丈夫なわけあるか! こっちは危うくBANされかけ……え、なんで俺の名前を?」

「それに、あなたの顔と名前が」


 アンジュが俺のスマホを指さす。

 配信活動をするときに撮ったチャンネルのホーム画面。俺が手を下ろす一瞬で見たってのか。


「そんなことより、なんでボックスに入ってたんだよ。びっくりしただろ」

「驚かせてすみません。ですが、待っていたのです。この地にたどり着き、私を目覚めさせる人を」

「目覚めさせるって……これで?」


 俺は立ち上がって、近くに転がっていた空瓶を拾う。


「蘇生薬……。これ本物? 君は本当に死んでたのか?」

「ええ。はっきり覚えています。命が消えていく感覚を……。きっと、トウヤが来なければ、私はもっと長い間、この箱の中にいたのでしょう」

「そりゃあ、大変だったな……」

「ありがとうございます、トウヤ。この出会いは、きっと運命です」


 アンジュが片膝をつく。


「さあ、一緒に、このダンジョンを――」

『お兄ちゃん、時間だよ! お兄ちゃん、時間だよ! お兄ちゃん、時間だよ!』


 スマホがバイブレーションと一緒にアラームを鳴らした。


「うおっ! もうこんな時間だ! ごめんアンジュ! 俺、そろそろ帰らなきゃ!」

「えっ、か、帰る? ですか?」

「俺が使ってるギルド、田舎だから夜10時に閉まるんだ! じゃあ!」


 帰還用のアイテム『たまきの石』を使って、俺はギルドへ戻った。


「あら、トウヤちゃん。お帰り」

「ただいま、キクさん」


 お茶をすすっていたおばあさん、キクさんが湯呑を置いて俺を出迎えた。

 キクさんは俺の住む田舎の役場を定年退職したあと、併設のギルドのリーダー兼受付をしている。


「どうだった? 今日の成果は」

「ぼちぼちかな。フレイムディアーの角と、エッジリザードの鱗、あとハイ・ポーション。換金お願い」

「はいはい。えーと、鹿の角、トカゲの鱗、青い薬、と……」


 鞄から取り出したアイテムを載せたトレーを、キクさんが受付机の隣の装置、スイッチャーに運ぶ。

 こいつでアイテムをオンラインギルドショップに転送すると換金が行われる仕組みだ。

 キクさんが装置を操作している間に、俺は自分のスマホで俺の配信チャンネルをチェックした。


「……おっ、増えてる」


 7人だった登録者数が10人になっていた。初の2桁達成だ。

 今日はいろいろあった。モアを助けたのはもちろんいい思い出だ。

 でも、もう一方は……


「ヤバかったなぁ、アンジュあれ


 正直忘れてしまいたい。死んでたとか、運命とか、ちょっといろいろおかしかった。

 見た目に騙されそうになったけど、きっと関わっちゃいけないタイプの人間だ。

 あのアラームが鳴ったのも、今思えばあいつが助けてくれたのかもしれない。


「トウヤちゃん、今日も振込先は病院でいいんだねぇ?」

「うん。それで頼むよ」

「それと、後ろの子は誰かしらねぇ?」

「へ?」


 振り向くと、腰に手を当て、頬を膨らませたアンジュがいた。


「えええええっ!? な、なんでっ!?」

「ひどいです、トウヤ。突然ダンジョンを出るなんて!」


「いやいやいや! なんでいんの!?」


 魂引きの石で転移できるのはひとつにつき一人。

 しかも、このギルドと結びついた石を持っているのは、俺だけのはず。


「私はすでにトウヤのもの。トウヤのいる場所が、私のいる場所なのです」

「俺のものって、そんなアイテムボックスに入ってたからって……」


 言葉が止まる。嫌な閃きのせいだ。


「え、そういうこと? 俺が持ち主だから、一緒に転移できたってこと? 君、アイテムなのか!?」

「なにバカなこと言ってんだい」


 いつの間にか戻ってきていたキクさんが、俺の肩を軽くはたいた。


「人を、それもこんな可愛い子をアイテムだなんて。あなた、お名前は?」

「アンジュと申します。初めまして、キク」

「あらやだ、外人さんかい? 日本語お上手ねぇ。どこから来たの?」

「ダンジョンです」

「ふふふ。そうじゃなくて、生まれはどちら? うぇあー、あーゆー、ふろむ」

「生まれ……私の、生まれ……」


 遠い目になったアンジュの両肩を掴んで、そのまま回れ右させた。


「キクさん! そろそろ時間だろ! 俺、アンジュを送ってくから! なんか海外から遊びに来てるんだって!」

「そうなのかい? で、どこの子なの?」

「アメリカ!」

「ああ、向こうにはこっちにはないアイテムもあるっていうしねぇ。気を付けて帰るんだよー」


 アンジュを押すようにして、役場兼ギルドを後にした。

 星空の下、夏特有の熱と湿気が漂う道を進んでいく。


「トウヤ、アメリカとは何です?」

「いい加減にしてくれ!」


 アンジュから数歩離れて、叫んだ。


「なんなんだ本当に! 俺を厄介ごとに巻き込まないでくれ!」

「と、トウヤ?」

「俺はただ! ミサキを……妹を助けたいだけだ! 警察沙汰とか、関わりたくないんだよ!」


 すぐに、みっともなく喚いていたと自覚した。


「ご、ごめん。急に怒鳴って。でも、本当に俺は――」

「あなたにも、叶えたい願いがあるのですね」

「え……」


 アンジュの表情は真剣で、その瞳はどこまでも澄んでいる。


「私にも、叶えたい願いがあります。そのために、私は今ここにいる」

「トウヤ、私はあなたの願いを叶えます。だから、私の願いを叶える手伝いをしてくれませんか」

「君の、願いって……?」

「私を、あの階層の先へ……ダンジョンの最奥へ連れていってください」


 強い風が、その声以外のすべての音をさらっていった。


「一緒に、この世界からダンジョンを消し去りましょう」

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