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 限界まで我慢した後に水面から顔を出す様に――私は眠気を振り払いながら飛び起きた。思考が停止し一瞬、何が何だか分からなかったけど、広がる熱のようにジワり脳裏が鮮明になっていく。


「夢か……」


 そう呟き――そうだと分かっていても不安はこびり付いたまま。気分は最悪だった。


「はぁー」


 独り言の後を追って零れる溜息。私は同時に顔を俯かせ片手で受け止めた。脳裏では焼き付いたあの場面がずっと、ずっと――。

 早朝の鳥も鳴かない静寂の中、眠ったように私はそうしていた。

 でも顔を上げるとカーテンを開け、依然と夜の残り香が漂う空を見上げる。毎朝、起きてまずするのはカーテンを開けては空を見上げる事。この瞬間は好きだ。晴れだとしても、雨だとしても、曇りでも、季節も関係なく――私は今日も生きてるんだって思って、自分の幸せな日常が今日もまた始まるんだって思える。

 なのに今日は、あの夢の所為で――少しだけ歪だ。

 だから私は景色もそこそこに、いつもより大分早い時間帯に部屋を出て下へと降りた。二階はそれぞれの各部屋があって、一階には酒場がある。

 時間帯もあって今は誰もおらず垂れる水滴すら主役になれる静寂が広がる。営業時とは正に朝と夜。その中、私はキッチンへ行くと水を一杯入れカウンター席へ。

 私はこの家の実子じゃない。この町で生まれたらしく育ったのもこの町。でもこの家に迎え入れて貰ったのは、まだ幼くはあるけど物心付いてからずっと後。比較的、仲の良かった彼の家族は、私を快く引き取ってくれた。その日から私の人生は一変した。もちろん良い意味でだ。みんな優しくて、私には本当の家族のように接してくれる。

 私にとって掛け替えのない家族。

 そしてここはあの勇者として選ばれたアンセル・タイムの実家でもある。アンセルが勇者に選ばれた時は、私も含め心配したけど彼の真っすぐな眼差しに最後は全員が彼の背中を押すように送り出した。


「ルールちゃーん!」


 するとカウンター席で一人しっぽり呑んでいる人のような私を背後から誰かが抱き締め包み込んだ。誰か――そう言ったもののそれはほんの一瞬で、直ぐにそれが誰かは分かった。


「レナさん、おはようございます」

「おはよぉ~」


 後ろから抱き締めているけど声とその調子だけでその人がレナさんだっていう事はすぐに分かった。凛とした所謂イケメン女子とでも言うようなレナさんだけど、笑った時の笑顔なんかは可愛らしいのを私は知っている。


「いい加減お姉ちゃんって呼んで欲しいんだけどなぁ」


 ぎゅっと力強く抱き締められるのにもすっかり慣れた私に対し、いつも通りのレナさん。それと彼女はアンセルのお姉さんだ。もちろん実の。昔から、それこそこの家に迎え入れられる前からアンセルの姉としてたまに会っていたが、その時から良くしてくれている。


「今日は早いですね」

「ん~。何だかルルちゃんに呼ばれた気がして目が覚めちゃったかなぁ」


 後頭部に頬擦りする感触が響く。


「っていうのは嘘で本当は昨日のお酒で眠りが浅くて、起きたらただ喉が渇いただけなんだけど。でもルルちゃんを見たら眠気もどっかいっちゃった。あっ! それとも今からアタシの部屋に行って一緒に二度寝する?」

「んー。いや、私も変な夢見ちゃってすっかり目が覚めちゃったんで大丈夫ですかね」

「怖い夢でも見たの?」

「まぁ、怖いと言えばそうですけど……」

「なになに? おねーさんに話してみなさいって! ちょっと待ってねアタシも飲み物入れて来るから」


 そう言って最後に頬へ軽くキスしたレナさんはキッチンへ。

 そして珈琲を淹れて戻って来たレナさんに私はあの夢の事を話した。


「なるほどねぇ」


 思っていたものとは違っていたと思うけど、レナさんは想像通り頷きながらちゃんと受け止めてくれた。


「でも結局、あのバカがやれなきゃ世界は終わっちゃんでしょ。だから結局、アタシ達にはアイツを信じて普段通り過ごすしか出来ないのよね」


 そう言うとレナさんは柔らかで優しい笑みを浮かべた。


「もし不安なら今日から一緒に寝てあげてもいいよ」


 伸びてきたレナさんの手は私の頬に触れた。


「ありがとうございます。でも、たまたまそんな夢を見ちゃっただけで大丈夫だと思います」


 それから私達は、ハナさんとラナスさんが起きて下りてくるまで他愛もない話をしていた。

 二人はレナさんとアンセルの両親で、私の事も本当の娘のように可愛がってくれている。あの日、身寄りのなくなった私を真っ先に手を上げて引き取ってくれた。衣食住だけじゃなくて愛までも与えてくれた二人には感謝の気持ちで一杯だ。毎日のように酒場や家の事を手伝っても返せない程には――いや、むしろ毎日のように新しく増え続けている。

 そして今日もまたいつもと変わらない大切な日常が始まった。

 その夜。私は夢を見た。あの夢だ。禍々しき存在と倒れるアンセル。

 全く同じ夢だけど飛び起きた私は、ハッと気が付いた。あの禍々しき存在が魔王なんじゃないかって。見た事が無いから確信を持っては言えないけど、実際に勇者としてアンセルは魔王を倒しに行っているし、それを裏付ける程にはあれは禍々しい。

 だけど結局は単なる夢。きっと私の不安が見せているだけ。そう思ってその日も気にしないように頭の隅へと追いやった。

 でもその夜も、翌夜も、そのまた次も――。まるで私に何か訴えかけるように毎夜、同じ夢が繰り返す。偶然だと片づけるには録画した映像を見せられているかのように同じで、余りにも連夜決まってその夢を視る。今日も昨日も――そして明日も。あの夢は続いた。

 でもいくら夢を視て、不安を募らせようとも私には何も出来ない。――はずなのに。


「えっ?」


 私のその言葉に真っ先に反応したのはレナさんだった。眉を少し顰め、聞き間違いかと問いかけるような表情を浮かべている。


「だから私――アンセルに会いに行こうかなって思ってるんです。別に何も出来ないのも、心配だからって言うより安心したいからっていうのも分かるんですけど。――でも、じっとしてられなくて」

「――あの夢の所為で?」

「はい」


 レナさんは私の返事を聞くと意見を求めるように隣に並ぶハナさんとラナスさんを覗き込んだ。


「んー。そうねぇ……。確かにあの子はちょっと旅ってなると心配だけど――ねぇ、あなた」


 頬に手を当て悩ましそうなハナさんは、隣で腕組みをして座るラナスさんを見上げた。ハナさんが特段小柄だという訳じゃなく、ラナスさんが人一倍逞しく大柄なだけ。故に二人の間にはそれなりの身長差がある。


「うむ」


 呻るように答えたラナスさんは寡黙な人だ。対してハナさんは陽気で口数も多い。身長差と同じくらいそこにも差がある。


「まぁ確かに立派に成長したから心配はないのかもしれないけど、危険な旅だって聞いてるしあの子が戦うんですよ? やっぱり心配だわぁ」


 でも何故かハナさんは言葉以上の事を読み取って会話を進められる。二人には身長や言葉数など大きく差がある事は確かだけど、それに対して心の距離は近く、差は無いらしい。


「あいつは何だかんんだ大丈夫だって。それよりも今はルルちゃんが、あいつを追おうとしてるってとこが重要でしょ? 今じゃすっかりどこもかしこも魔物が彷徨いてるわけだしさ。それにどこにいるかも分からないあいつとどうやって会うつもり?」


 その質問は最もだし、そこは考えなしなわけじゃない。


「シェパロン国を目指そうと思います」


 シェパロン国。それは魔王城が出現したザべランタ山から一番近くにある国。魔王討伐を目指す勇者一行の最後の中継地点だし、絶対に寄る場所だと思う。

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