第3話 初めてのダンジョン
「この時期は取得者が多くなりますね」
ダンジョン探索協会の窓口で、スーツを着たお姉さんは慣れた手つきで俺の提出した誓約書や身分証明書を捌きながらはにかむ。
「はあ、やっぱり考えることはみんな同じなんすね」
ええ、とお姉さんは笑う。
どうやら俺の様に夏休みにライセンスを取りに来る高校生や大学生がまあまあ多いようで、お姉さんはちょっと疲れ気味に砕けた口調でペラペラと喋る。
天川理斗さんですね? と確認を取られながら手続きは進む。
俺は二時間に及ぶダンジョンについての講習を受けた。
ダンジョンとは、十年前に突如として現れた未知の領域だ。内部には未知の生物――モンスターが跋扈しており、ダンジョンの生態系や構造、法則や常識は、俺たちの世界とは明らかに異なっている。
ダンジョンの発生から数年間、自衛隊と様々な分野の専門家を集めた先遣隊による大規模な調査が行われた。
しかし、出た答えはアンノウン。余りにも突飛な世界に、この世界の常識は通じなかった。
程なくして正式な調査は打ち切られ、代わりに探索に特化した者たちを募ることとなった。それが探索者たちだ。
探索者は、自衛隊や専門家たちでは到達できなかった層へ次々と到達していった。その成果や、ダンジョン配信者の人気も相まって、より多くのダンジョン探索者を産んだ。
そんな感じで、ダンジョンや探索者の成り立ちを一通り聞かされ、その後は安全講習だ。未踏破エリアの注意だの、戦闘での注意だの、自動車講習のような話を長々と聞かされる。
そんなことより早くプレイしてえよ! とウズウズしたところで講習は終わりを告げたのだった。
「それでは、年会費三万円になります」
悪魔の微笑みが、窓口のお姉さんから放たれる。
学生に三万はエグすぎますよ……。お年玉が消滅……。
俺は財布から三万円を取り出すと、泣く泣くそれを手渡す。
「――はい、確かにお預かりしました」
「くそう……これで夏の最恐ホラゲーはお預けだな……」
「最後に、もう一度だけ念押ししますが……ダンジョンでは死んでも蘇生しますが、死んでいいとは絶対に思わないでください」
ダンジョンの中で死亡すると、ゲート付近の神殿にて一定時間後に再生するらしい。何とも親切な機能だ。そりゃそんな不可思議な現象、専門家が頭を捻るくらいじゃ解明出来るわけないよな。
しかしお姉さんは神妙な顔で、いいですか? と指を立てる。
「
デッドライン。
それは、ダンジョンでの死亡許容回数だ。
それを超えて死ぬと、肉体が消えてしまい本当の死を迎えてしまうという。
俺からすれば、人生と違って残機が1じゃないだけで大喜びだけど……。
「デッドラインが2を切ったら、直ちに撤退してください。命あっての探索ですからね」
「まあ、善処――」
「ぜ・っ・た・い・にです!」
ぐいっと顔をギリギリまで近づけて、お姉さんは真剣な顔で念押しする。
俺はそれに折れ、なくなく首を縦に振る。
「わ、分かりましたって、近い!」
「それなら結構です! それでは、良き探索者ライフを。何かあったらまたお越しくださいね」
こうして、俺は晴れて正式な探索者となった。
今時学校の部活でも行われる程のものだ、そう珍しいものではないが、むしろあまり良く知らなかった俺の存在の方が珍しそうだ。
何はともあれ、俺はとうとうダンジョンに潜れるのだ。
「うっし、明日から早速ダンジョン探索だぜ……!」
俺はウキウキした気持ちを抑えながら帰路につく。新作ゲームの発売日を待つあのウキウキを思い出し、俺は久々に小さくスキップする。
徹底的に攻略してやる。待ってろよ、ダンジョン!
◇ ◇ ◇
――翌日、放課後。
「いやあ、すげえなダンジョン! オモロいじゃんオモロいじゃん!」
ライセンス取得から一夜明け、かったるい授業もさっさとこなし、俺は早速ダンジョンの中に足を踏み入れていた。
ダンジョンへ入るためのゲートは日本各地に存在し、どのゲートから入っても、同じダンジョンの一層へと繋がっている(入る場所によって繋がってる場所は別みたいだけど)。
俺は東京にある2つのゲートの内、家から近い「池袋ゲート」から突入した。
ダンジョン第一層、【彷徨いの洞窟】。
日の届かない冷んやりとした空間。周囲は薄暗く、じめっとしている。しかし、ほんのり光る洞窟の壁がぼんやりと周囲を照らしているため、真っ暗という訳ではない。
夢にまでみたダンジョン。さまざまなゲームをやり込み、幾度となく妄想したそれが、目の前に広がっていた。ここから俺の冒険が始まるのだ。
ダンジョンの入り口付近で見かけた探索者達は、みんなまるでファンタジーゲームのような恰好をしていた。一見してコスプレに見えかねないはずなのだが、なぜだろうかダンジョンの中で見ると物凄いしっくりくる。
むしろ、紫色の学校指定ジャージを着ている俺の方が現代人コスプレをしているような錯覚を覚えたほどだ。まあ、いずれ装備は手に入るだろうし、今はこれでいいや。動きやすいしな。
そんなことに想いを馳せながら、俺は「さて」と独り言ち、腰に手を当て改めてゆっくりと辺りを見回す。
「……つうか、まずここはどこだ?」
俺は早速攻略魂が目覚めてしまいスポーン地点周辺を興味深げに探索していた。
隠し通路や宝箱、ギミックなんかがあるのがダンジョンの醍醐味だ。最初くらいくまなく探索しなくては。
すると、ビンゴ! 岩壁の暗くなったわずかな隙間に、普通に見ているだけではわからない何やら怪しい細道を見つけ、これは絶対宝箱あるだろ! と意気揚々と飛び込んだ。
すると中は坂のようになっており、まるで滑り台のように滑り落ちたのだ。
そしてここがその先で、ぱっと見は何もない広い空間に放り出された。上より大分暗めだ。
それなりの高さから落ちた気がしたけど、体には傷がついていない。これがダンジョンの恩恵だろうか。
「”魔素の鎧”か。すげえな……これがダンジョンでの肉体の強化か」
魔素とは、ダンジョン固有の物質だ。
俺たち探索者はダンジョンに入ると目には見えない魔素の鎧で覆われる。その鎧に倒したモンスターの魔素などが蓄積されていくことで、探索者は超常の力を獲得していく。スキルなどを習得する原理も、それと同様らしい。
「おーーーい、大丈夫かあああ!?」
上の方から誰かの声が微かに聞こえる。
ここの入り口あたりに居る他の探索者かな?
「大丈夫だぜーーー!! ありがとおおお!!」
大きな声で返事を返すが、返答はない。
聞こえたか? いや、どうだろうな、結構上だし声届いてないかもな。
しかし、初心者を心配してくれるとはなかなか民度の高いゲームだ。リス狩りしたりモンスター引き連れて殺したりプレイヤーキラーしたりする連中がいるようなゲームとは大違いだな。
まあ、上の人はいいや。気にしないでおこう。さて、せっかく珍しそうな場所に来たわけだし、探索しよう。
俺は腰にぶら下げた鞘から、剣を引き抜く。
初期装備として支給された、ダンジョン産のロングソード。
剣、斧、槍、弓などいろいろな武器種から選べたのだが、俺は無難に剣を選んだ。やはり、軽くて取り回しやすい剣が最初は向いてる気がする。
とりあえず、試しに何かと戦ってみてえな。ここは初期リスポーン地点のすぐ近くだし、手ごろな敵が出てきてもおかしくない。
「さて、この辺りに何かいない――――っ!!」
瞬間、何か赤い閃光のようなものが飛び出してくるのを視界の端で捉える。
俺は反射的にその飛び出してきた何かを仰け反って避けると、まるで音ゲーのノーツを叩くように、手に持っていた剣をその何かに向けて振るう。
俺の目が、その物体を捉える。
濃い緑色をし、赤い目をした鼻の長いモンスターだ。
「この見た目……コボルド!?」
ザ・ファンタジーじゃねえか! いいね、求めてたぜそういうのを!
「うらぁっ!!」
振り切った剣は見事にコボルドの首の中央を走る。黄色い閃光が走り、その首は綺麗に地面へと落とされる。
「ピギャ!」
そんな短い断末魔の叫びをあげると、コボルドは俺の目の前で青色の光に包まれ、泡のように消えていく。
「び――っくりした! そうか、いきなりくるよな、エンカウント式じゃねえし」
しかも、倒した瞬間光になって消えていった。生々しい死体が転がるかと思ったけど……どういう原理なんだ? それに、その光は俺の身体に吸い込まれていったように見えた。
「経験値――じゃなくて、今のが魔素ってことかな。それにしても、まあ当然だがモンスターはどれもアクティブか、気を付けねえとな」
突然襲ってくることもあるっと。
まあ一撃で倒せたくらいだし、そこまで強いのは一層にはいないのかな。まあ、不意を突かれたらやられそうだし、注意しよう。
すると、周囲の暗闇に違和感を覚える。
何かが、そこにいる。
「あれ、ここってもしかしてお祭り会場だった……?」
瞬間、辺り一面の真っ暗な空間に、赤い小さな光が大量に灯った。
◇ ◆ ◇
――一方その頃、上では。
「おいおい、本当に言ってるのか!?」
「ああ……! ま、まさかここから下行っちまうやつがいるなんて思わなかったんだよ!! 普通こんなところ怖くて行かないだろ!?」
さっきリトへ大きな声をあげて安否確認をしたおじさんは、頭に被った防具を外し脇に抱えながら困り顔浮かべる。
その場の空気は騒然としており、その緊迫感は相当なものだった。
「騒がしいな、どうした?」
「初心者がなんだって?」
「えっ、まさか
「スキルもなしによう見つけたな……」
本来、この入り口は探索スキルがあって初めて見つけられるもので、言うなれば、中級者が久々にスタート地点に戻ると気が付ける隠し通路のような物だ。初心者がそう簡単に見つけられるものではなかったはずなのだが、それをまさか目視で見つけてしまう探索者が居るとは。
次々と、一層のスポーン地点付近にいる探索者たちが、その大声に釣られて集まってくる。
すると。
「何かあったんですか?」
殺伐とした空間に、鳥の鳴くような可愛いらしい声が響く。
むさ苦しい男がほとんどのその場で、あまりに可愛らしいその声に、探索者たちは示し合わせたように一斉に振り返る。
そこにいたのは、一人の少女だった。
銀髪のウルフヘアに、紺色の瞳。その顔はまさに人形のようにかわいい。
胸当てに簡素なアーマーをつけ、腰には細剣が一振り。身軽そうなその恰好から、速攻タイプの剣士であることが分かる。
その少女の右肩の上には銀色の映像配信用マジックアイテムが浮遊している。
薄緑色のウィンドウが展開されており、そこにいくつもの文字が下から上へと流れている。配信者だ。
「今日は一層からのお散歩配信しようと思ってきてみたら……どういう状況ですか?」
「えっ……ユ、ユキさん……!?」
「ユキさん!?」
その場がさっきまでとはまた違った盛り上がりを見せる。
有名ダンジョン配信者、ユキ。登録者90万人、平均同時接続数3万を超える今人気急上昇中の探索者だ。
そのダウナーな感じとそれに相反して併せ持つ可愛い物好きのギャップが人気を博しており、その超絶美少女っぷりから、アイドル的人気を誇っている。
「あの、何があったんですか? 只事じゃなさそうですけど……」
ユキは周りを見て、そのことの重大さに眉間に皺を寄せる。
「初心者が……この先の"ピリオド"に……!!」
「はっ……えっ!?」
ユキの表情が一気に変わる。
「誰も止めなかったんですか!?」
この初心者が多く来る第一層のスポーン地点付近において、まさに初見殺しというべきトラップが存在する。それが、この“ピリオド”だ。
多数のモンスターが波状攻撃を仕掛けてくる、特殊エリア。
そして、入ったら最後。倒し切るまでスポーン位置が死んだ場所に固定されてしまうダンジョン内の特異点。つまり、下手に初心者が入ってしまえば、デッドラインを超えるまで殺され続けるという地獄が待っている。そのトラップで、すでに何人もの犠牲者を出していた。
入ったら最後、よほどのことがない限り死んでしまう。ゆえに、
その分報酬もいいのだが、初心者が命をかけて挑むようなものではない。
「いや、も、もちろんそうしたかったが、でも俺が見た時にはもう……」
「ッ!」
ユキは慌ててピリオドの入り口を覗き込む。
下まで見えないが、耳をすませば微かにしたから男の声が聞こえてくる。
「まだ生きてる……! 私、行きます!」
「お、おいちょっ――」
しかし、ユキは静止する声も聴かず、颯爽と入り口に飛び込んで行った。
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