先人たちの記録

「神木様の真相……ですか?」



 洸太郎と瑠奈も石段を上り、高木の元へ歩み寄る。


 高木は「こちらへ」と奥宮のとある一室を指し、二人はその姿を静かに追った。

 

 襖を開けて部屋の中に入ると、自然光だけの明るさなのか、まだ日は沈んでいないというのに既に薄暗い。


 この薄暗さに後押しされるように、部屋の中は静けさが際立ち、肺に入る空気は身体を内側から冷やしていった。


 壁にはこの神社を描いたであろう、一幅いっぷくの掛け軸が飾られており、一本の大木が、大きな星に照らされている。


 八畳の畳張りの部屋にあるのはこの掛け軸だけで、掛け軸の存在が強調されるだけでなく、雨音や足音、更には呼吸すらもが部屋中に反響しているかのようだった。


 高木に座るよう促され、二人は腰を下ろす。



「高木さん、真相って……?」



 畳の上に座るとすぐに、瑠奈は高木に問いかけた。


 高木は一つの箱を持って来てから言う。


「この中には一冊の古書が入っている。今から千三百年以上前、先代の宮司によって記された――今でいう日記のようなものだ。この中身は代々、この神社の宮司を拝命した者のみが読むことを許されている」



 高木はそう言うと、箱から取り出した古書を二人の前に置いた。


 大切に保管されていたようだが、既に古書の劣化はかなり進んでいる。



「この中にはね、君たちが今まで聞いてきたであろう話の他に『雨が降り止んだ日』、そして『神木様が生まれ変わった日』のことまでもが記されている。どれも歴代の宮司だけが引き継いできた、先人たちの記録だ」



 高木の言葉に、洸太郎は息が詰まる程に、心臓の鼓動が急激に大きくなるのを感じた。



「高木さん、どうしてその話を僕たちに……?」


「そうだね、順を追って話していこう」



 高木は再び古書を手に取って自身の膝の上に置くと、真っすぐこちらに座り直した。



「君たちは神木様の葉っぱに触れ、温もりを感じた。そう話していたね?」


「はい。といっても、僕はとても昔の記憶なので曖昧ではありますが」


「その話を聞いた時、正直、私も驚いたよ。いくら代々引き継がれている古書だからとはいえ、記載されている内容を実際に目の当たりにするのは、限られた人しかいないわけだからね」


「つまり、葉っぱの温もりを感じたというのは、気のせいというわけではなく――」


「そう。そのことは、この古書にも記載されている。古書の言葉を借りるのならば、一つの『お告げ』だ」



「お告げ……」



 瑠奈のように、自分の記憶としてはっきりと覚えているのなら違ったのかもしれない。


 しかし、洸太郎は他人に言われて、ようやくぼんやりと思い出せる程度の内容が古書に記される「お告げ」の一つだと言われても、正直、あまりピンと来なかった。


 もし本当にこの古書に記載されている「お告げ」に該当するモノなのであれば、それはより鮮明に覚えていた瑠奈だけを指しているのではないかと思う程だった。



「その……、具体的にはどのような内容なのでしょうか?」


「昔の言葉で記されているから、今の言葉に直すと……」



 高木は古書をペラペラとめくり、「ここだ」と言ってから、洸太郎と瑠奈の表情を交互に確認し、古書の内容を読み上げた。



「神木様の意思、熱を持って葉に込められる。その『熱の葉』を知る者が現れる時、宮司たるもの、その全てを打ち明けよ」



「熱の葉を知る者……」


「つまり、君たちが手にした葉の温もりは――」





だ」





 洸太郎も瑠奈も、開いた口が塞がらない。


 高木の話は耳に届いていたが、それを理解するには程遠い状態だった。



 ――あの葉っぱの温もりは現実で、それが神木様の意思によるものだった?


 神木様は世界に雨を降らせてくれる、神様が姿を変えたとされる木。


 世界中の誰もが知っている神様が、僕たちに何を伝えようというんだ――洸太郎は答えの出ない質問を、自分へと投げかけていた。



 少し間を開けて、高木は口を開く。



「どうかここからは少し、覚悟して聞いてほしい」



 洸太郎はどうにかして心の準備をと思ったが、それを脳が拒んでいるかのように、頭は全く働かなくなっていた。


 既に脳の処理が追いつかないところまで来ているのかもしれない。

 

 瑠奈に至っては、驚きからか瞬きもせず、ただ一点を見つめている。


 それでも、残酷な程に抑揚のない高木の声は部屋の中に響き渡るのだった。




「神木様はまもなく――死ぬ」





 高木の言葉が右から左へと流れて消えていく。


 神木様の死。




 それはつまり――。




 言葉にして発することは出来なかったが、洸太郎の脳内には、そのことがよぎった。




「雨は降り止む」




 高木は力強い眼差しで、迷いなく言った。


 短い言葉ではあったが、洸太郎の身体中の力を奪い去るには充分過ぎる言葉だった。



「雨が降り止むって、一体、どういうことですか?」



 洸太郎を現実へと引き戻すかの如く、突然、扉が開く音とともに聞きなじみのある声がした。


 洸太郎が急いで音の方へ視線を向けると、そこには、大介と千歳が真っ青な顔をして立っていた。



「大介、ちぃ。どうしてここに――?」



「どうして? 逆に聞くけど、お前らはどうして二人だけでここに来てるんだ?」



 大介は珍しく口調を荒げて言った。



「この前の課外授業から、お前ら妙によそよそしかったし、今日だって急にいなくなりやがって。二人が自宅と逆方面に歩いて行くのを見たってクラスの奴に聞いたから、もしやと思ってここに来て、鳥居の前にいた神職さんに聞いたら、やっぱり来てるって言うしよ」



「それはお前らに――」



 洸太郎の言葉は、大介の大きな言葉に遮られる。



「お前らは俺らに心配かけたくないとか思ってるのかもしんねーけど、もう既に俺らが心配してるってことを考えなかったのか? 一緒に背負ってくれるとは思わなかったのか?」


「瑠奈ちゃん、私たち親友だって言ってくれたよね? 私じゃ力になれないのかもしれないけど……、今、瑠奈ちゃんが不安なら、せめて私も側にいたいよ」


「千歳……」



 洸太郎は真っすぐ二人を見ることが出来なかった。



「なぁ、洸太郎。仮にお前が俺を信用していないのだとしても、俺はお前を信用しているんだぜ?」



 いつの間にか、二人に打ち明けるのは迷惑になると決めつけていた。


 二人がそんな人ではないことを、一番知っているはずなのに。


 記憶の中にいつも雨が降っているように、いつも二人がいてくれた。


 また、当たり前に向き合っていなかった。


 二人ならきっと、必死になって一緒に歩いてくれるのに――



 大介の言葉に、洸太郎は胸が熱くなった。



「ごめん。大介、ちぃ。二人にも話すべきだった」


「千歳、本当にごめんね。千歳はこれからもずっと親友だよ」



 大介は大きくため息をつき、横目で千歳を見た。


 その視線を追うように洸太郎が千歳を見ると、千歳は笑顔で頷いていた。



「まぁ……説教しに来たわけじゃないから別に良いけどよ。これからこういうことは無しだぜ?」


 そう言って、大介の表情は和らいでいった。



「ありがとう」



 洸太郎と瑠奈はゆっくりと頭を下げた。



「ふむ……、あの時は二人で来るようにとは言っていなかったしね。本来であれば、悩ましいところではあるが……、まぁ、君たちもこちらに座りなさい」



 静かに見守ってくれていた高木が、大介と千歳に向かって言った。


 そして再び、話は古書の内容へと戻っていく。



「神木様は死に、雨は降り止むというところまで話したが、話はそれだけ終わりではない。君たちも知っての通り、世界中には今もこうして雨が降っている。つまり、雨は再び降り始めた、ということになるわけだが……、何故また雨が降り始めたか、わかるかい?」


「……神木様が生まれ変わったから?」


「その通りだ。神木様の生まれ変わりこそ、世界に再び雨を降らせる条件となる。問題は、どのようにして神木様が生まれ変わったのかだが――結論から言おう」



 洸太郎は静かに頷き、高木の言葉を待った。


 僅かな沈黙に、微かな期待を込めて――。


 

 

「神木様を生まれ変わらせるためには、人の命を捧げる必要がある」

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