第13話

 光は吾輩を中心に広がり半円を描いていた。このドームは大きくすっぽりと街が入る程であった。

 夜の中に昼が出現したような明るさであった。

 そのため街の周りの影は失われ、辺りで何が起こっているのかは容易に判断出来た。

 光の境界線では魔物の群れがなにやら蠢いている。

 武器をふりあげやたらめったら斬りつけているが、光壁には傷一つつけることは出来ぬようであった。

 しかし衝撃は、遠く離れているにも関わらず吾輩の身を揺さぶるのである。

 まるで棒きれか何かで叩かれているような次第である。

 連中が癇癪を起こす度に吾輩の身に動揺が走る。光円が吾輩なのだと錯覚しそうな感覚である。

 弓矢も放たれているが跳ね返って奴らの足下に落ちた。しかし吾輩の頬の辺りがツンツンとする。

 どうやらひとまずの危機は去ったようだが、代わりに吾輩の身に異変が起こっていた。

 吐き気と目眩、不快感がぐるぐると渦巻く。半円が歪む。

 どうやら気のせいではなかったようで、発生した光の壁は収束し縮んでいくではないか。

 膨らんだ風船から空気が抜けるように、光は増減をくり返してゆっくりと萎んでいく。

 はてさて弱った。一難去ってまた一難である。

 光は吾輩が出現させたに間違いはあるまい。しかしその仕業を如何として良いか検討がつかぬ。

 奴等が急かすように光壁を叩きながらこちらへと歩を進めてくる。

 頭がぐわんぐわんと揺れる。考えがまとまらぬ。

 しかしこれが消失してしまえば街へと攻め込んで来るのは明らかであった。

 吾輩はここが踏ん張り処と理解していたが対処の仕様がわからぬのであった。

 ゲェゲェと吐き気を堪えながらその場で耐えていたが、フッと不快感がようやく失せた。

 誰かの手が触れているのがわかる。

 スルト殿が吾輩の杖を握りながら背を撫でてくれていたのである。


「状況がいまだ掴めていませんが、どうやら敵襲のようですね」


 敵をみつめながらスルト殿が問いかける。

 吾輩はその言葉に頷いた。


「それにこの結界はどうやら貴方のおかげですね。この規模をよくぞここまで」


 スルト殿の声には賞賛の色が混じっている。

 魔術を嗜む彼にとってもこのことは特筆すべきことであるらしい。

 吾輩のそばを主人達が通り抜けていく。主人達も敵を見て状況を察したようであった。

 その手には武器が既に構えられている。歴戦の冒険者というのは判断が早くて助かる。


「この結界の中では敵は手を出せません。私も同じですので、私はクーロさんをアシストします」

「ようするにぶった切ってやればいいんでしょ!」


 主人とバート殿が範囲外へと駆け出し、横薙ぎで敵を払う。

 リア殿が援護しようと弓矢をつがえて放つが、光の壁に阻まれ跳ね返ってしまう。

 攻撃を阻まれリア殿が驚きの声をあげた。


「嘘でしょ!?」

「先ほども言いましたが、敵意はこの結界に阻まれます。それは内外関わらずです」

「……攻撃したければこっから出ろってことね、了解!」


 リア殿が弓を短剣に持ち替えて主人達のあとを追う。

 スルト殿は一人残り吾輩に語りかけてくる。


「クーロさん、貴方の結界を維持するために協力致します。私の魔力を供給しますので貴方は集中を」


 背にあたたかい力を感じ、それが吾輩の体内へと流れ込んでくる。

 協力してくれるのは有り難かった。しかし集中と言っても吾輩はこれが初めてなのだ。

 いったいどうすればよかろうと思案しているとスルト殿に動揺が伝わったのか、再び語りかけてきた。


「力に方向性を。辺りに放出するのではなく自分の周りに維持するのです。大きく弧をえがく回旋、それをイメージして力を引きつけてください」


 スルト殿はそう仰ったが無理難題を申される。しかし習うより慣れろである。

 吾輩はその言葉を頭に反芻しながら集中をこころみた。

 放出では無く円。同じ距離を保ち一定の周囲で留まり続ける力。

 目を瞑り意識をより強くする。

 吾輩の頭中に星空が生まれる。

 吾輩が太陽ならば力は公転する星々である。

 星は大小様々な動きを見せながら吾輩の周囲を巡っている。

 繋がりきれずに外へと放出されゆくもの。失速して吾輩の下へと堕ちていくもの。

 様々な光がやがて安定し、公転周期は一定となりて吾輩を中心に宇宙となった。

 留まり生まれた力は輝いて膨らみ、光円を強固として更に範囲を拡大させた。

 時間にして一瞬の、瞬きほどの時間だったのかもしれない。

 しかし吾輩には揺蕩う長き時間が流れていた。

 色を増した光の壁はその範囲を増大させており、それに巻き込まれた敵軍は壁に押し出され外へと弾き出されてしまっていた。


 防御円


 吾輩の脳裏にそんな言葉が浮かび衝撃が奔る。

 そして何をすべきかが理解できた。

 息をひとつつくと、防御円は消失した。

 辺りは転じて闇が戻り、周囲に混乱が生まれた。


「クーロさん!?」


 スルト殿が驚きの声を荒げた。

 吾輩が失敗したものと思われたのであろう。

 敵は消失した壁に喜びの声をあげて勇ましく突っ込んでくるではないか。

 実に容易き、予想通りの動きである。

 吾輩が眉を一つ動かせば、直ぐに吾輩を中心に光円が発生し拡大していく。

 その光壁の押し出しによって、まるで重機に体当たりを受けたかのように奴等が弾き吹っ飛ばされていく。

 今だ、と声を叫んだのだがどうせ伝わらぬであろう。

 しかし体勢を崩し倒れている敵を見過ごさぬは流石冒険者である。

 主人達がもんどり打った敵に止めを刺していく。

 一進一退。

 敵に囲まれる前に三人が防御円の範囲へと舞い戻る。

 迫る武器と矢は壁に阻まれた。

 その勢いが止んだのを見計らい、主人達は再び敵陣へと駆け出し一撃を加えたのであった。


 数は明らかに敵が優位にたっていた。しかしあちらの方が劣勢であった。

 敵の攻撃は吾輩の防御円に阻まれ傷一つ与えることは出来ない。

 反対に我が陣営は円の外に出て幾らでも攻撃することが出来た。

 敵が一体。また一体と斃れていく。被害は甚大であろう。

 その損益を飲み込んで撤退することは出来た。

 だが目の前に無傷の者がいる。それが退きかねることの自尊心を傷つけたのかもしれない。

 あるいは、この原因を生みだしたのが一介の猫である吾輩、それが連中をいささか怒らせ判断を誤らせたのかもしれない。

 古今引き際を弁えぬ者には甚大な被害が襲うものである。

 吾輩がもう力を制御出来ると確信したスルト殿が戦陣に加わりそれは顕著となった。

 スルト殿が射出した魔法球はドームの外周をなぞり、加速した勢いのまま転がって向こう側で爆発する。

 流石はスルト殿である。

 吾輩の結界を利用し、遠方にいる敵にも損害を与えているではないか。

 魔術師というものは前衛には向いてはいない。

 詠唱中は無防備であるし乱戦に飛び込むには防具は貧弱過ぎる。

 だからこそ彼は呪文を唱える時は円の中で居座り、発動する時は外へと足を踏み入れる。

 敵にとっては全く腹立たしいことこの上無かろう。

 魔法によって混乱した敵陣に、主人とバート殿が斬り込んでいく。そしてそれをリア殿が援護していく。

 吾輩はそれを後ろで見ているだけである。

 鉱山での出来事と同じであるが状況はまるで違っていた。

 我が陣営の優位は吾輩が創りだしたのである。

 吾輩がここに居ることで主人達は最悪の状況に陥ることは無い。

 たとえ息が上がろうとも、敵に刃を向けられようとも、防御円の中に転がりこめば危機を回避出来る。

 敵の夜襲に吾輩は焦燥していた。

 だが今は冷静に事の成り行きを見守ることが出来ている。

 敵に指導者がおれば無念の撤退を選択することが出来たであろう。いや、或いは既に斃したあとだったのかも知れない。

 個々の判断で動く烏合の衆が歴戦の勇士である主人達に勝てるはずが無い。

 それにヤツらがゴーレムより強いはずも無い。

 いまだ交戦中の敵味方を眺めながら、吾輩は勝利を確信していた。

 そしてそれは暫くのあと現実のものと成ったのである。


 一夜明け、混乱があった街は落ち着きを取り戻していた。

 寝ていた者も騒動の顛末を聞いて仰天していたようであった。

 吾輩たちは昼夜問わず働いたための休息として、街で休んでいる。

 街の長が代表して御礼を述べにやってきた。

 流石に連日の宴は開かれなかったが、いつもよりは豪勢な朝食であった。

 吾輩もこの時ばかりは卓の内へと座らされた。

 というのも質問責めにあったからである。

 街の人は襲撃を救ってくれたことについての感謝などではあったが、主人達の関心事は吾輩にあった。

 猫であったことを感謝せずにはいられない。何を聞かれてもただニャアと鳴けば良かったからである。


「で、結局あれはなんなのさ」

「結界というものですね。周囲の魔力を変異させ己の領域と化す。中々凄いですよ」


 スルト殿が些か興奮した様子で喋っている。

 吾輩もそれに耳を傾けることにした。講義を受ければ更に何かを掴めるかもしれぬからである。

 スルト殿は私なりの考えですが、と前置きしたうえで己の推測を皆に話していた。

 魔力というものは大小なり全ての存在が等しく備えているものだ。

 魔法はそれを放出し、他を自分色に染めて変化させる術であるらしい。

 自らの魔力を火種とし、外部の魔力を燃焼させれば炎の魔法に。

 自らの魔力を水滴とし、外部の魔力を湿潤させれば水の魔法になるらしい。


「その中でも結界と呼ばれる系統は上位にあたります、存在を固定し続けるのはかなり難しいのですよ」

「そうなんだ」

「例えば私が炎球を出しますよね。周囲の魔力を燃焼していくらかは燃え続けますが、火種が無くなれば消失します。現象を固定し続けるということはひどく魔力と集中を要求されるのですよ」


 スルト殿が吾輩を一瞥する。

 その目は興味津々といったところであった。


「彼の結界は街をほぼすっぽりと覆うほどの広範囲に渡るものでした。少しの間、パーティ規模でなら私も見たことはありますが、あれ程の規模は見たことがありません」

「スルトでも無理なの?」


 残念ながら、といった感じで彼は首を横に振る。


「試したことはありませんが、やれば一瞬にして気を失うでしょうね」

「でもあの時は出来ていたじゃない」

「あれはクーロ殿の手助けをしただけですよ」

「この子の?」


 スルト殿が首を縦に頷いた。視線が吾輩に集中する。


「はい、クーロさんの魔力の底はおそらく私以上です。私が来る前に力を行使していましたが制御が出来ていない様子でした。ですから私が方向を導いてその場へと留めたのです。私は舵を取りましたが源はクーロさんです」


 スルト殿も吾輩を見据え微笑む。


「全く対した御仁ですよ。御主人より魔力の質は高いと見受けられます」

「それ今言う話?」


 主人が口をへの字に歪ませる。だが吾輩が褒められたことは悪くは思ってないようである。

 手を伸ばして吾輩を撫でると、思ったことを口にした。


「やろうと思えば又出来るってこと?」

「おそらくは」


 好奇の視線が吾輩に集まる。

 さてどうであろうか。

 あの時は無我夢中での行いではあったが、再びやってみろと言われれば疑問符がつく。

 そもそも主人の皆様については歓談中である。無駄な騒ぎは控えたほうが宜しいではないか。

 この朝食は吾輩を誇る場所ではあり得ぬ。主人達の昨晩の疲労を癒すための席である。

 出来る出来ないはまた今度確かめれば宜しい。

 そう思った吾輩は欠伸をして丸まった。聞く耳をすっぽりと躯に押し隠してである。


「なんかとてもそうには見えないけどさ」


 主人達は吾輩を肴にああでもないと盛んに議論している。吾輩は我関せずと寝ることにした。

 どうせニャアとしか答えられぬのである。

 本日は探索することもなかろう。吾輩も休息を取っても良い日である。

 そう思い瞼を閉じれば、睡魔がウトウトとやってきた。

 本日も晴れである。

 陽を浴びて横になるには良い日であった。

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