六話 良ければ、来てください。佐奈は、そう書かれた文字を、二つに裂いた。


 ノートに書かれた、いつも通りのデザイン画。


 それは、ドコまでも。

 良い、模型を作る為の、ノウハウが詰まったモノだ。


 言われなければ、気づかないほど。


 無意識に、決めつけていた、模型作りの常識。


「お兄ちゃんが、作ろうとしてるのは、模型だけど。

 今まで作ってきたモノとは、別物だよ?

 デザインは、アトで良いんじゃない?」


「あ~。…そうか」


「かっこ良く見せるための模型じゃ、ないじゃん。

 スタートが、違うと思うよ。


 このデザインは、良いんだけど。

 実際に戦って、強いかどうかは、別問題でしょ。


 いつも自分で言ってるじゃん。大切なコトが、明確になってないよ」


「さすがだよ、まったく」


「私を、こんな話に付き合えるようにした、お兄ちゃん。

 スゴく、気持ち悪いけどね」


「ハイハイ、すいませんでしたよ~」


「一つ、お兄ちゃんの小説で、気になることがあります」


「なんだよ」


「三ヶ月って、向こうの世界での三ヶ月なの?」


 味噌汁をすすろうと、持ち上げた、霧斗の茶碗は、テーブルの上に戻る。


「よくあるじゃん。

 現実世界と、異世界の時間の進みが、違うって、ヤツ」


(…ああ、ほんとうに。なんで、気づかなかった)


「そういう、細かい設定を考えないの、お兄ちゃん、らしくないよ」


 カチャリ、カチャリと。


 霧斗の頭の中で、繋がっていく。


 繋がれば、見えなかった物事が。

 数式を解くように、答えになり。


 答えが、違う答えを導き出す。


「お兄ちゃん、ちゃんと、ガソリンつめてからだよ」


 霧斗は、キツく、いさめる佐奈の顔を。

 見下ろしていることに、気づき。


 テーブルに手をつき、立ち上がった自分に気づいた。


「悪い癖だよ、座って。

 家族との、大切な、ふれあいの時間なんだから」


 見下ろす、焼き魚、味噌汁、白米、味噌汁。

 付け合わせの肉じゃが。


 毎日、用意しているのは、佐奈だ。


「…ああ、すまん」


 霧斗は、椅子に座り、箸を持つ。


「私から言い出したことだけど。

 部屋に、こもるのは、食べて、お風呂入ってからだよ」


 霧斗が、中学に入る頃には、橒戸家の両親の仕事が、忙しくなり。

 年に、帰ってくる回数を、数えた方が早いほど、世界中を飛び回っている。


 霧斗が、家事全てをやり始め、次第に、佐奈と役割を分担し。


「今はもう、料理は私の仕事だけど。

 残して、あのときみたいな、嫌な気持ちにさせないでくれる?」


 お互い、料理が、最初からデキたわけじゃない。

 それでも、佐奈のやり始めは、ヒドいモノだった。


「こんなに、上手になったけど。やっぱり残されると、思い出すんだよ?」


 霧斗から、料理を取り上げ。

 努力していた姿は、ほほえましく。

 本気が伝わってくるのが、心地よかったが。


「早く帰ってきて、掃除してくれるのは、本当に感謝してるけど。


 もっと、私との会話を、楽しんでも良いと思うよ? 兄さん」


 人寂しさも、加速させた原因かもしれない。


 佐奈は、こうして。

 悪く言えば、立派なブラコンに、育ってしまった。


「佐奈、そのセリフは、気持ち悪い」


「お兄ちゃんに、言われたくないし」


「ワザと、プラモ壊して。

 気を引こうと、しなくなったのは、良いんだけどな?」


 今度は、佐奈の手が止まった。


「だんだん、帰ってこなくなって、寂しかったのも、分かる。


 買ってやった、リナちゃん人形を壊して、見せてくるぐらいには」


「分かってて。なんで、お兄ちゃんは。

 お部屋に、こもったのかな?」


「ついて回られるのが、めんど…。あっ」


「これから、じっくり。

 私の部屋に、魔改造リナちゃんが、十体もある件について、話し合いたいと思います」


「もう、十八時だ、そんな時間は__」


「そんなこと言ってるからだと、思うなぁ~。私は」


「今度は、ナニが欲しいんだ? 何でも買ってやろう」


「家族の団らん」

「……」


「お金が入ってくるように、なってから。

 なんでも、買って納めようとするの、良くないと思うな」


「可愛い服、買ってやるぞ~。

 今度は、そうだな。

 欲しがっていた、ラノベ全巻セットを、プレゼントしよう」


「そうやって、私を、インドアの方向に持って行こうとするのも、良くないと思うよ」


「欲しいだろ?」

「欲しいけどね」


「よし、今度、買ってきてやる」


「これで、しばらくは、大人しくしてるって? しないよ?」

「……」


「今日は、十九時まで、付き合ってもらいます」

 霧斗は、佐奈の静かな剣幕に、たじろぎ。


 どうやって、逃げだそうかを、考えても。

 逃げ道を、先に佐奈に殺され。


 風呂に入って、自室の時計を見たときには、二十一時を廻っていた。


「ハァ…」


「ソレでね、私もソロソロ、十六歳だから。

 正式に書いてもらおうと思って、持ってきたよ」


「出てけ~。マジで、出てけ~」


 突き出される、婚姻届。


「ガチなヤツじゃねぇか」



 別名、一生お付き合い確約書とも言う。



 結婚に対して、法律が。

 どんな人間のクズでも、女性が絶対に勝つようにデキている以上。


 財産譲渡契約書かも、しれない。


「コレで、もっと話ができるでしょ?」


「そんな目的で、書く用紙じゃないだろ」


「それじゃ、結婚する可能性があるじゃん」


「オレは、最近のオマエが怖い」


「トニカク、私のこと、カワイイでしょ!」


「漫画に毒されすぎだ!」


「ここに名前を書けば、アトは全部やっておくから」


「佐奈さん? 顔が怖いわ。出て行って、もらえるかしら?」


 霧斗は、ようやく、佐奈を、自室の外に追い出し。


 椅子の上で、スマホ片手に、ため息を吐き出した。


 食事と、睡眠時間を削るのは。


 何かをひらめき、ひねり出そうとしているときほど、愚策である。


「体感として、分かってるから、ツライよな…」


 タイマーを0時にセットし、霧斗は、ノートへ向かった。




 霧斗の部屋の外。


 佐奈は、押し出された、静かな廊下で。


 夕食時に、立ち上がり、見せた、霧斗の顔を思い出す。


「あんな顔、本当に久々に見たなぁ…」


 そう、何度も見たくない、霧斗が本気で怒っている顔。


「でも、コレは、やり過ぎだったかな?」


 婚姻届を、ひらひらとさせる。


「今度は、どんなネタ、用意しようかなぁ」


 家の中。


 賑やかな空間は、食事をしているリビングと。


 そして、この扉の先にしかない。


 あとは、キレイに掃除した、全てがあるだけ。


「少しは、気が紛れたかなぁ」


 佐奈は、隣の自室の扉を開き、しめたドアの鍵を閉める。


 白を基調にした室内。


 勉強机、姿見、ベット、クローゼット。


 佐奈は、クローゼットを、ゆっくり開き。


 中に収まる数々を、眺める。


 ショーケースに入れて、キレイに飾られる、魔改造リナちゃん隊。


 買ってもらい、一度、着てから。


 クリーニングの包装が、破られていない服。


「ホント、気持ち悪いなぁ…。私」


 勉強机の上に置かれた、いまどき、珍しい便せんを、手に取り。


 二つに折られた紙に書かれた、目を落とす。


 佐奈さんのコトが、好きです。


「私には、そういうの、分からないんだよ」


 会話をすれば、恋バナは、日常だ。


 恋に憧れる気持ち。


 誰かと一緒に、好きな人と。


「そんなに、良いモノじゃないよ」


 佐奈は。

 良ければ、来てください。

 そう書かれた文字を、二つに裂いて、ゴミ箱に投げ捨てた。


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