読者




 読者を殺せっ。


 みんな殺せっ。


 一人残らず殺せっ。


 四隅に追い詰めてぶっ殺せっ。


 「おいっお前おれの読者か?」


 胸ぐらを掴んで恫喝する。


 するときょとんとされる。


 まるでおれの読者じゃないみたいなそんなふりをしている。


 おれの読者のくせに………。


 最低最悪の嘘つき野郎。


 そいつは何度も首を左右に振る。


 「でもおれの作品を読んだんだろ?」


 しらばっくれたって無駄。鬼のような目でそいつを上から下まで見る。アディダスのジャージにプーマの靴。


 間違いなくおれの読者っ。


 少しでも不審な動きをしたらちんぽこ毟り取って公園の鳩の餌にしてやるっ。


 読者っ。


 そいつが嘘をついているっ。


 「お前、本当におれの読者じゃないって言えるの?」


 ほんの一行でも視界に入らなかったって断言、出来るのかよ?


 もし違うならお前はおれの読者だ。言い逃れは出来ない。罪を認めてもらう。


 おれの言ってることがおかしいか?


 そんなわけがない。


 おれは小説家。


 世界で一番、知能が優れた生き物。誇り高ぶっている。


 そんな小説家であるこのおれの主張に万が一でも矛盾点があるのならおれは自殺しなくてはならない。そういう覚悟で執筆している。


 わたしは本当にあなたの読者ではありませんそもそもあなたが小説を書くということをたった今、知りました。そいつは言った。


 本当におれの読者ではなさそうだった。


 取り敢えず放流だ。次に会った際にはわからない、もうおれの読者かもしれない。その可能性は高い。


 まあいいさ。


 ここは東京の繁華街。陰鬱の爆心地。誰もそこから逃れることは出来ない。おれの読者なんて腐るほどいる。手当たり次第、声を掛ければそいつが読者なのだ。


 ふふん。


 おれは笑った。


 いい気味だぜ。


 おれがこの世界に復讐をしてやった。


 このおれが。


 世界ってやつはどうもおれを絶滅させたかったらしいのだが、そうはいくかよ。簡単には死なない。てめえら全員、道連れだ。


 おれは、小説を書いた。


 そして新人賞を受賞するのだ。


 才能があるからだ。


 ざまあみやがれ、死ねっ。この能無しのポンコツラーメン共がっ。


 ただ誤算があった。


 読者だ。


 とにかくそいつらが人の邪魔ばっかりしてくるのだ。


 こんな不愉快な存在だとは思わなかったな。


 自分たちのことをお客様だと勘違いしていやがるのだ。


 読者を殺せっ。


 読者を殺せっ。


 読者を殺せっ。


 気付けばそう絶叫しているおれがいる。被害を被っているのだ。殺人衝動が沸き起こる。もう誰にもそれを止めることは出来ない。


 あいつら、おれを巧みに操り罠へ仕掛けようとしている。


 善意っ。


 善意っ。


 善意っ。


 善意が溢れてる。


 おれを発狂させようと手練手管を用いて必死だ。


 殺される前に殺してやる。とにかく理不尽な目に遭わせたくて、夏、おれの心は激情に揺れた。


 「読者を殺せっ」


 ああ………そうですね。


 冷静に客観的になって自分の心の動きを観察してみると気違いだとしか思えなかった。正気の沙汰ではない。何故、このような輩が野放しにされているのか? 直ちに羽交締めにして拘束し身体の自由を奪って監禁し拷問に掛けなくてはならないようなそんな気がしてくるのだが。


 特に冷房の効いた喫茶店でアイスフロートなどを頬張っている時にそう思う。


 「どうして戦争って、無くならないんだろう?」


 無邪気な自分もまだ心の中に住んでいるのだ。


 だがほんの些細な出来事で再び殺戮の炎は燃え上がり全てを闇に帰せとおれに命令して来る。それはこの発狂都市で逃れられない宿命のようだった。


 今すぐに誰かを殺すべきなのだろう、そうするべきだ、躊躇っている暇は無い。


 遺伝子が咆哮を上げる。


 手当たり次第、殺すわけにはいかないのでおれはおれの読者を殺そうと思ったのだ。


 おれの小説の読者には人権が無い。


 それは間違いないと思う。


 こんな頭のいかれたおれの執筆している小説を読んでいるだなんて………唖然とさせられる。よく今までこの世界で生きて来られたな。


 とんでもなく頭のおかしい連中が濃縮されこれでもかと密度を増している。それがおれの読者だ。


 普通ではない。


 他の誰でもないこのおれが言うんだから間違いない。批評家とかいう喋る猿が喚いているわけじゃない。


 その日おれはおれの読者を探した。


 だが一人も出会わなかった。穴にでも隠れてるのか?


 おかしい。


 今日が平日だからだろうか?


 早速、おれは自費出版社に電話した。


 「おれの読者ってどこにいます?」


 「いっぱいいますよ」


 そいつは言った。おれのいっぱいだとアンドロメダ星雲まで埋め尽くしているのだが。


 「あなたのいっぱいはどのくらいなんですか?」


 「うーん、七人ぐらいかなあ」


 人間は多様性を認めなくてはならない。


 工作員でも暗躍してるのか? おれの小説を読むと思考を読み取られるぞっとか。おれがそんなことするか馬鹿っ。


 おれは、壊れた。


 多分な。


 気付いたらぶっ壊れていたのだ。だからそれはおれのせいじゃない。それだけは自信を持って言える。


 おれは一切、悪くない。ただの被害者なのだ。被害者が被害者を更なる被害者にしようとしているだけだ。


 おれは最初からこんなふうに何か大切なものが欠けていた。選択の余地などこれっぽっちも無かった。全自動だった。真っ逆さまに墜落していた。その過程でしかなかった。


 ある日、おれは思った。


 どー考えてもおかしいっ。


 こんなのってあるか? 問題があってそれはいつだって絶賛進行中だった。


 昨日よりもっと手遅れになれと命令された。


 こんな人生に満足いくわけない。そんな奴がいたとしたら痴呆だけだ。


 そして人生は続く。


 誰に聞かせる必要もないほど下らない人生だ。中身なんて何処にも無い。


 おれは、ぼんやりと思う。


 死ぬまで生きることに本当にあいつらが言うような意味なんてあるのだろうか?








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