第4話 仮装行列しながらです

 前方の集団は10人ぐらいのトランプ兵――平たいカードの身体で、赤か黒かで統一された頭巾、手袋と靴、そして槍を装備している。なぜかトランプ兵の中に鮮やかなブルーのチャイナドレスの男子と全身迷彩服の女子が交じっている。

 どういう劇なんだろうか。


 集団の前には先導役がプラカードを掲げているはずなので、走って行ってまわり込めばタイトルは分かるけど、結局は想像が付かないような気がした。


 後方の集団は、出演者全員が平安装束で、単衣と袴の上から真っ白な水干を羽織っている。両肩のスリットから緋色が見えるのが鮮やかで、長く大きな袖が優美である。

 衣装班、頑張ったな。

 主役と分かるような衣装の違いはない。私たちの今の位置からもプラカードに書かれている文字は見える――『境界の上、片足で立つ』

 どういう劇なんだろうか。


 移動が始まった。

 白鳥路沿いに整列して長く連なった私たちは、K城と兼六園との間、両脇の緑が深い道を通って繁華街の方に向かう。美術館や公園が多いこの一帯は普段は静かであるが、今は多くの見物人がいて賑わっている。海外からの観光客もずいぶん戻ってきているようだ。行列を見に来たわけではないだろうが。


 行列から手が振られると、歓声やら応援の声が上がる。

 私たちは愛想笑いをする程度しかできていない。

 Tシャツメンバーの二人が密かに行列に参加せずに左織の家に自転車で向かっている。電話は通じないので残された方法はそれぐらいだ。

 左織の衣装は途中まで手に持っていたのだが、今はサブバッグに入れて肩に下げている。

 

「ダメだって、エントランスにも入れないみたい」


 飯田の声が片耳に付けたAirPodsから聞こえた。

 本番と同じように、片耳にだけ付けて肌色のテープ――運動部員が大量に持っていたテーピング用のものを小さく切って上から貼り付けている。白い筐体が目立たないようにするのと、踊った時に落下するのを防ぐためにも丁度いい。

 

 本来は、各演者の声を適度な大きさにしてスピーカーに流す目的だったが、今は仮装行列をしながらこっそり連絡を取り合う目的に使っている。


 スマホを持って歩いていると確実に怒られるので、飯田が急いで設定した。仕組みを聞いたら、野外劇でマイクを使う仕組みとおんなじという話だった。どこがどうおんなじなのかはよく分からないけど、今はそんな場合じゃない。


 飯田の声が続く。


「ちょっとだけスマホ触るから見えないように隠してくんない?」


 隊列を組んでいた周囲の者たちが飯田に寄って、その中で背を丸めた彼女は腹の辺りでごそごそしている。そっちに注目させまいと、衣装メンバーが張り切ってファンサ――行列を見物してる人たちは別にファンではないが、手を振ったり、挨拶すると歓声を上げてくれる。

 「絶望」には本当にファンが付きつつある。うまく人目を引きつけてくれ。

 黒ローブの二人にできることは、ロイヤルな感じに手を振るぐらいだが、衣装のせいか、身体からにじみ出るオーラのせいか、反応はいまいちである。


「オッケー」


 飯田の合図で、身を寄せていた者たちが隊列に戻った。

 行列にいない5キロは離れた二人の声が片耳に聞こえる。


「インターホン鳴らしても応答ないから。エントランス入ってく人呼び止めて、主演がいないと困るんです、背中見せてこの劇の公女プリンセスですって、言ってみたけど」

「管理会社の方も全然何か教えてくれる感じじゃなかったよ、まあ普通はそうかも」


 しょげる二人に皆からの慰めの言葉が重なる。

 ところで、これってどうなってるの? 何人かが聞く。私も聞いた。

 行列の最中であることを同時に思い出す。にこやかさを保ちながら周囲に手を振るのも並行しつつ、飯田の回答を待った。


「マンション前の二人もAirPods付けてるからね、普通に話せるでしょ」


 アップル最強説あるね。

 

 左織とのコンタクトが取れないことに落胆しようにも行列の最中なのでそういうわけにもいかない。

 

 私たちは笑顔を保ちながら香林坊――K市随一の繁華街に至った。


 此処ここまで周囲にはほぼ見物人しかいなかったが、普通に人がいっぱいいる。

 仮装行列が注目を高めながら進んでいく。


 まだマンションの周囲で聞き込みをしたり、左織のスマホに電話をかけてみるのを続けている。あんまり見込みはないが、できることはほとんど残されていない。

 


 劇には出れません

 


 どういう意味? 分からない。 

 左織は今どこにいて、何を考えてるのか。

 彼女に……。良くないことが起こっていないか……。

 

 気持ちを隠したまま、私たちは大通りを進んでゆく。


「もうだめだ、今ちょっと、すごくダメな感じ、誰か先導代わって」


 プラカードを元気に掲げているが、「迷い」は闇に落ちる寸前だ。


 励ましの声が彼女の背中を押している。

 ほら、あっちで知らんおばあちゃんが私たちに手を合わせて拝んでる。伝統が重いな。

 でも、おばあちゃんに皆で手を振ろうか。

 私たちは若くて元気で今最高に楽しい行列をしてます、って顔してね。

 


 犀川大橋が見えてくる。

 大橋っていうほどのものじゃないけど、昔の、最初に橋が架かった時には、こんな大きな橋は見たことないってみんなが思ったんだろうな。

 橋を渡りはじめて山手に眼を向けると上流に沿って遊歩道が続いている。


 春雨と左織と縫丸ヌイマルの数珠状手つなぎのデートコースじゃないか。

 どこかに潜んだ左織がこっちを見てるかもしれないと遠くまで眼を凝らすが……、いない。

 

 あのさぁ、仮装行列の最中だけどさぁ。ちょっと気になることあるんだけど。

 どっちかって言うと、もう多分そうじゃないのかなって思わずにはいられない感じなんだ。


 春雨。君、何かしでかしてないか?

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