第9話 噛み砕いて味わって
「委員長ぉ―、それって劇の稽古なん?」
大階段の辺りは天井まで吹き抜けているので、手すりから身を乗り出せば階下をのぞき込むことができる。
周囲にいた者たちはいつの間にか階段の途中か上の階に移動している。私たちだけとなった踊り場で向かい合ったまま沈黙を続けていると、上から誰かの問いかけが降ってきた。
「そうだよ」
いつもの感じで返事がされると、手すりから乗り出していた質問者は安心して、ヤベー奴に絡まれているってわけじゃなくて良かった良かったと言いたげに手を振った。
左織が振り返すのを見て、私も一緒になって振ってやった。稽古の延長だから返事は嘘とまでは言い切れない。さてと。
視線を戻すより早く左織の声が響く。
「ずっと朱背が気になってた。ほら、始業式の時、自己紹介しようって春くんが言って、小学生の頃に戻ったみたいでびっくりしたからね。きっと春くんもずっと前から気付いてて同じクラスになった朱背をよく見てたんだと思うよ。朱背の声は
へえ、パペタ氏の声が? ああ素の声の話ですか、そっか。
「友達いなかったって言ったよね。そんなのはすぐ分かった、孤立してるのも。でも朱背の場合……、ちょっと仲良くすれば皆とも打ち解けられるんじゃないかって分かってた。だけどわざと距離を取ってたからね私」
ふーん、としか思わなかったが、左織は続ける。
「友達いなかったのは私のせいだよ。だから朱背の友達にはなれない。パペタ氏はちょっと様子見してるだけで、ちゃんと戻ってくる。朱背の
「はははぁははは!」
盛大に笑い声を上げてしまった。
別に降秋くんを真似したわけではない。
あれ。もしかして奴も
ともかく左織の言うことは可笑しい。
「左織がどう思ってるかは関係ないんじゃよ。私にとって左織は友達なので」
パペタ氏からの祝福を私は感じ取った。
間違いなく受け取ったって信じている。
どう思われても心の底は静かなままである。
「ねえ左織、
困惑の表情を浮かべる左織。
右手は太ももの横で強く握られている。
私は、力士的つっぱりを繰り出す素早さで彼女の手首強く握った。引き戻して胸元近くに持ってくる。パペタ氏も使って彼女の拳から指を引っ剥がすように解いてゆく。
左織の掌が現れた。
あれ。スカートにやった手がするっと滑った。入れといたのに……。胸のポケットを見て、もう一回スカートの方を探ったら底にあったので取り出す。
パペタ氏が抱く塩飴を、彼女の掌に渡した。
さっきもらったやつだけど返す。
「追っ手Bは、追っ手Aと一緒に
そうだ、自分の言葉に妙に納得する。
春雨が悪いのは間違いなく確かだが、全部じゃない。
一部は左織のせいだ。君は自分でバイバイしなさい。
もう右手でも左手でもいいからね。
息を吸って台詞を言うみたいな通る声で。
「私は追っ手B、
宣言した。
私たちで最高の劇にしよう。
彼女には珍しい表情のまま。
でも渡した塩飴はそっと握られた。
質問してみる。
「さて問題です。
彼女は笑うと幼く見えた。
あんなにひねくれてない、とでも言いたげだが、かなりのものである。
――あなたの顔は変、見たら吹き出しそうになるよ
私は左織の声音でちょっとだけ歌った。
観客の笑い声が重なって踊り場に響く。
彼女の気持ちはまだ揺らいでいる。
――あなたの顔は変、見たら吹き出しそうになるよ
同じところを彼女は歌った。
ほら、声は似ててもひねくれ度合いが全然違うね。
パラパラと観客からの拍手を浴びながら、左織は飴を口に放り込んだ。頬をふくらませて何かをまだ考えている。
寄せられた眉根にさらに力がこもる。
バリっ、と硬い音が鳴った――
(第3篇 噛み砕いて味わって 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます