異世界にチャリできた。

香具師の木

第1話 不運な転移

 高校二年生の野上ヤマトは、今日も爆速で家に帰る。

 ゲームにアニメといったサブカル好きな彼は、一刻も早く家に帰りWi-Fiを浴びながら青白い画面を眺めたいのだ。

 

「今日は『ガルダの伝説』シリーズ新作の発売日。もうダウンロードはできてるはずだから、明日までには5時間以上はプレイするぞー!」


 と呟くとママチャリに足をかけた。

 

 彼の通っている学校は、町の高台にあるため行きは上り坂、帰りは下り坂である。それもかなりの傾斜があるため一度漕げばたちまちスピードがでる。故に自転車で下校する生徒はブレーキをかけながら帰るのが一般的である。

 

 しかしこの男、野上ヤマト違った。「テスト勉強をしなさすぎると逆に高得点が取れるのではないか」という誰もが一度は感じたあの謎の自信のように、彼もまた「自分だけは事故は起きない」「俺はチャリの運転が人より上手いんだ」という根も葉もない自信をもっていた。

 

 しかしこの謎の自信が後に彼自身の運命を大きく変える。

 

 校門を出ると思いっきり自転車を2,3回漕いだ。


「冷た!」


 突然、ヤマトの顔を水玉が襲う。天気雨、そう狐の嫁入りだ。最初のうちは小雨だったが、加速する自転車と比例するように雨も段々と強くなっている。

 地面が濡れ、思うように自転車を操作できない。

 

「まずい、この先には曲がり角が。」


 バランスをとっているので精一杯な状態で、左右にハンドルを切るのは不可能。もちろん、ブレーキをかけているが自転車は減速する素振りをみせない。


「止まってくれえぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

 ヤマトは必死に叫ぶが、その声すら雨音にかき消されてしまう。


 突き当りの外壁が近づいてきている。しかし、夕焼けが雨粒を照らし光の乱反射によって目はほとんど役に立たない。

 

 瞬間。目に大粒の雨が入り本能的に目をつぶってしまった。


「しまった。」

 

 次に目を開けると目の前にには外壁が。


 ( 終わった... )


 そして、再び目をつぶった。

__________


 雨の感覚がなくなった。


( もうあの世に逝ったのかな。 )

 

 そんなことを考えていると。

 

「お兄さん道の真ん中で止まってどうしたんだい?」と

 どこからともなく聞こえた男性の声につられて、ヤマトは目を開けた。


「なんだここ。」


 目を開けると、雨で濡れた体を温める様に御天道様が街を照らしていた。 彼の目に映ったものは、異様な光景だった。さっきまでアスファルトだった道は、土の道に変わり。建物も彼が今までに見てきたものとは一致しない中世ヨーロッパ的な洋風の建物がならんでいた。


「「なんだここ」って、お兄さんさっきあそこの転送紋《てんそうもん》

から見慣れない物に乗りながらものすごい勢いでこの街にやって来たんじゃないか。」


( 天国にしてはあんま良い物着てないなぁ )

 

 決してきれいな格好ではなかった。しかしその格好が彼の中に一つの考えを走らせた。「死後の世界ではないとしたら。」こんな事はあり得ないことだが、アニメやゲーム、ラノベを17年間愛し続けた野上ヤマトの頭はこのような状況を知っていた。


( まさか、ここは異世界なのか?!とにかくこの人にいろいろ聞いてみよう。)


「この街ってなんていう街ですか?」


「自分から転移して来て変なこと聞くなぁお兄ちゃんだなぁ。まさか転送先間違えたとか?」


「まあ、そんなところです。」


「それは不運だったなぁ。 ここは『ノーブン』っていうんだ。まぁ都会の人じゃあ知らないかもしれないが、この街は魔王軍が占領している地域からもっとも遠い一番安全で、一番田舎なとこだよ。」


 ( 聞いたことない街だ。それに魔王軍ってやっぱり異世界じゃなのか。

   やった、夢にまでみた俺の異世界無双が今、はじまるんだ! )

 

 

 こうして野上ヤマトは異世界生活の始まりを迎えた。しかしながら異世界無双なんてできるほどの特別な力を彼が手に入れてないこと知るのは、もう少し先の話。

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