金髪の美女

 俺は居ても立っても居られず、アカネと共に授業を抜け出した。

 記憶に存在しない妹の姿を一目見る為だ。

 

「ルナ殿……怖かったでござるね……」

「そ、そうだな……」

 

 俺がアカネと授業を抜けると伝えた時、ルナは静かにキレていた。

 なぜ怒っているかなんて考えるまでもない。俺とアカネと二人きりになる事が気に食わないのだろう。


 ルナに申し訳ないという気持ちは勿論ある。

 だがそれでも、妹の顔や居場所を知っているアカネを連れて行かないわけにもいかない。

 俺は妹の顔なんて知らないからな。

 

「ルナも連れてくるべきだったかな……いや、やっぱりないな」

 

 ルナではアカネについて行くのは無理だ。

 俺でさえレベル差があるからギリギリついていけるだけで、同レベル程度だと厳しい。

 

「後で全力で謝ろう……」


 後が怖いが今は緊急事態だ。

 クオンという重要人物の代わり……その可能性がある者を調べもせず放っておくわけにはいかない。

 

「こっちでござる」

 

 アカネに先導されて向かったのは、学園内部の訓練所だった。

 俺の妹は、分校から学園に転校する事が決まっているらしい。

 既に寮に入ってはいるが、各種手続きがまだ終わっておらず、正式に登校するのは少し先のようだ。

 

「分校ってなんだよ……」

 

 ルリの時は代わりが現れた事に気を取られて気にならなかったが、フランシスカ学園の分校なんて、俺の知識には存在しない。


「あれでござる。金髪の――」

 

 アカネが指差した方へ目を向ける。

 

 そこには、美しい金色の髪を靡かせて剣を振るっている、気が強そうな顔をした少女がいた。


 身長は女にしては少し高めで、引き締まった身体でありながら出るところは出ている。

 顔に幼さは残しているものの、既に美少女というよりは、美女と言いたくなる、そんな女だ。

 

「うーん……」

 

 彼女を見た感想は『良い女』だ。

 少し幼さの残った気が強そうな顔も、男好きする身体も、男を虜にする魅力を持っている。

 だが、それだけだ。

 ゲームの知識も含めて彼女の存在は記憶にないし、なにより彼女はクオンに似ていない。

 

「アカネ……どう思う?」

 

 俺は自分の黒髪をいじりながら言う。

 

「妹殿……レイナ・ブラックヒル殿は師匠と同い年でござる故、腹違いの兄妹でござるか?」

 

 同い年というなら、腹違いか双子という事になる。

 髪色や顔つきが全然違うので、アカネの言う通り、腹違いの妹という線が一番しっくりくる。

 

「本当に兄弟なのか……? 俺はあんなやつ知らないぞ。どうやって調べたんだ?」

「事務室に侵入して書類を調べて裏付けを取ったので、信憑性は高いでござるよ?」

「そ、そこまでやったのかよ……」

「アカネは悪い子故」

 

 アカネはニコッと笑ってじっと俺を見る。

 その姿は何処か得意げで、褒められるのを待っているように見えた。

 

「ありがとうな。流石は忍者だ」

 

 俺がそう言うと、アカネは嬉しそうに目を細めた。

 まるで犬みたいな反応だ。アカネに尻尾でもあれば、ぶんぶん振っている姿が容易に想像できる。

 

 思わず頭を撫でそうになったがぐっと堪えた。

 もし俺がアカネの頭を撫でていた事がルナにバレたら怖いからな。

 

「もう少し様子を見るか」

「御意」

 

 俺達はしばらくレイナを観察した。

 どうやらレイナは1stジョブを既に取得しているようだ。

 時折り感触を確かめるように剣技を使っていたので、レイナのジョブは剣士で間違いない。

 

「これ以上は情報を得られそうにないな」

 

 俺がそう呟いた時、レイナは移動する素振りを見せる。

 

「アカネ」

「御意」

 

 俺達もそれに合わせて場所を変える。

 だが、その時に――。

 

「痛っ」

「おい、大丈夫か?」

 

 アカネが何も無いところで躓いて転けた。

 くるぶしの辺りを押さえて、涙目になっている。

 

「師匠……ちょっと足を痛めてしまったようでござる……妹殿は――」

 

 二人でレイナがいた方へ目を向けるが、既にその姿はなかった。

 アカネは落ち込んだ様子で三角座りしながら顔を伏せる。

 

「気にするなよ。ちょうど引き上げるか迷ってたんだ」

「知ってるでござ――い、痛い……痛いでござるよぉ……」

「大丈夫か? 保健室で診てもらおう。ほら、肩を貸してやるから」

 

 アカネはじっと俺を見ながら弱々しい声で言う。

 

「師匠、出来ればおんぶしてほしいでござる。凄く痛くて歩けないでござる」

 

 そこまで捻ったようには見えなかったが、アカネは足を押さえて立ち上がれないでいた。

 

「ほら」

 

 俺がそう言って背を向けると、アカネはぴょんと背中に飛び乗った。


「ああ、痛い……痛いでござるぅ」

 

 アカネはそう言いながらぎゅっと俺の首にしがみつく。

 柔らかい感触が俺の背中を覆い、息遣いが首の辺りをくすぐる。

 

「保健室で診てもらおうな」


 なんとか平気なふりをしてそう言うと、アカネが首を振っている事が背中越しに伝わってきた。

 

「保健室は嫌でござる」

「……え?」

「アカネは保健室アレルギー故」

「じゃあ、どこに行くんだ……?」

 

 俺がそう言って振り返ると、アカネは目を潤ませながら言った。

 

「師匠の部屋で手当てしてほしいでござる」

「ええ……」

「ダメ……でござるか?」

「まぁ、手当くらいなら……」


 二人きりだと問題かもしれないが、少しすればルナも帰ってくるだろうし問題ないはずだ。

 

 

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