第20話 提灯

 いざ村に入ってみると、拍子抜けなほどに村人からの反応はなかった。

 わりと堂々と通りを歩いているのに、特に声を掛けられるわけでも、視線を浴びるわけでもない。

 村民が被っているお面は、犬や猫、狸、狐、牛、馬などといった動物を模したシンプルなお面ばかりで、版権ものの面をしている人は一人も見当たらないのだが、どういうわけか俺たちは周囲に上手く溶け込めているらしかった。


 祭りそのものに関しても、全員がお面をしているという点以外は特におかしな様子はない。

 辺りを走り回る子供も、屋台の店主も変わったところはなく、むしろ脳内の夏祭りのイメージをそのまま具現化したようですらあった。

 普通の提灯の明かり、普通のソースの焦げる臭い、普通の祭囃子の音に包まれて、先刻まで感じていた不安な気持ちは消え失せていた。


「……なんか、想像以上に普通のお祭りですね。みんながお面してるのは気味が悪いですけど」


「だから言っただろう、妄想が飛躍しすぎだと。ラノベの読み過ぎじゃあないか?」


「なっ……!部長だって、さっきまでビビッて足取りが重かったじゃないですか!」


「はあ?別にビビッてないさ!足元が暗くて危ないから慎重に歩いてただけさ!」


「どうですかね」


「おいライト、やけに挑発的だな?よし、決めた。山神様に捧げる生贄に任命してやろうじゃないか」


「……あのー、盛り上がってるところすみません」


 アビルくんがこじんまりと手を挙げ、俺と部長のくだらない言い合いを申し訳なさそうに遮った。


「安心したら催してきたのでトイレに行きたいんですが……」


 そう言ってわざとらしくもじもじと身体をくねらせる仮面ドライバーブラック。


「ああ、そういえばしばらく行ってなかったね」


「でもトイレなんて見かけませんでしたよ。一旦みんなで探しますか?」


 俺が提案すると、アビルくんは大げさに手を振って応えた。


「いえいえいえ!お二人の手を煩わせるわけにはいきません。僕一人で探しますので、お気になさらないでください」


「そうか?しかしこんな場所で一人になるのは危ない気もするけど……」


「平気ですよ、そんなに広い村じゃありませんし。すぐに追いつきますから、お二人は適当にお祭りを楽しんでください!」


 そう告げると彼は逃げるように人ごみの中に消えていった。

 あの焦りっぷりから察するに、恐らく大きいほうだろう。


 ……にしても、部長と二人きりかあ。

 いや、完全に落ち度はこちらにあるのだけれど、やはりなんだか気まずい感じがある。

 当の部長はアビルくんの消えた方向を少しの間眺めていたが、やがて俺のほうへ振り返ると、普段のあっけらかんとした声で言った。


「まあ、あいつなら大丈夫だろう。ボクたちも色々見て回ろうか」


 すると部長はおもむろに俺の手首を掴んで、足早に歩き始めた。


「ちょっ、部長……!?」


「さっき綿あめの屋台を見かけたんだ。売り切れる前に行くぞ!」


 人ごみをかき分け、提灯が照らす通りを駆けていく。


 そうだ、部長はこういう人だ。

 頭はいい癖に単純で純粋で自己中心的で、なんの考えもなしに他人を巻き込んで、それを悪びれることもない。


 だからこそ、俺は俺が悪人みたいで嫌になるんだ。

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