第4話 白

 部長と組み合ったまま電光パネルに映し出された「11」というありえない数字を愕然と見つめていると、ついにエレベーターは停止した。

 そしてなんのアナウンスもなく扉が開かれる。扉の外に見えたのは清々しいまでに何もない真っ白な空間であった。


「いくぞ」


 部長は俺の腕を掴んでいた手をすんなり離すと外へ向かって歩き出した。

 俺は呆気に取られていたが、すぐに我に返り反射的に部長の腕を掴んだ。


「待ってください部長!危ないですって!引き返しましょう」


 すると部長は泣く子を慰める母親のような微笑を浮かべて俺の方を振り返る。


「怖いならここに残っていればいい。心配するな、少し様子を見るだけさ」


 そう言って俺の手を振りほどいた。

 嘘つきめ。きっとこのまま行かせてしまえば部長は二度と戻ってこない、そんな漠然とした不安が俺の足を前へ動かした。

 行ってやる。部長のような奇人でも女子高生を一人異空間に残して帰ればきっと寝覚めが悪くなる。加えてこのまま何事もなくUターンして帰れる保証もない。

 そんな俺の覚悟を察したように、部長はいたずらっぽく笑った。



 ゆっくりとエレベーターの外に出るとさらに驚いた。

 虚無という言葉を再現したような白一色の空間が彼方まで続いていた。

 もはや床と天井の境もなく、立っているだけで平衡感覚が狂いそうだ。

 目に見えるのは自身の体と隣に立つ部長、そして口を開けたエレベーターのみである。


 俺が呆然と立ち尽くしていると、突如として頭部に衝撃が加えられた。


「うごおっ!?」


 勢いのまま俺はしりもちをついて床に倒れた。

 何事かと顔を上げると握った拳を掲げる部長がこちらを見下ろしていた。

 俺は今殴られたのか、この人に。親父にも殴られたことがないのに!


「痛いか?」部長が言った。


「は、え、何ですか。気が狂ったんですか?」

 状況が把握できず、ついうわずった声で俺は聞き返した。


「質問に答えろ。痛かったか?」部長は迫力のある声で再度尋ねた。


「……いや、痛かったですけど……。普通に……」


 俺が正直に答えると、部長の表情は一変し輝くような笑顔を浮かべた。


「そうか、痛かったか!ということはこれは夢じゃないんだ!!」


「はあ?」


 この人は夢か否かを確かめるために俺を殴ったというのか。そういうのは自分で試すから意味があるというものではないのか。

 まあ、俺自身痛みを感じたのだから多分これは現実なのだろう……、認めたくないが。


「やったぞう!ついに異世界に行くことができたんだ!」


 未だじんじんと痛む頬をおさえる俺の前で、部長はクリスマスの朝にプレゼントを受け取った女児のごとく跳ね回っている。

 普段のどこか余裕のある態度からは想像もできない変わりっぷりだ。数世紀ぶりに部長のことを生き物として可愛いと思ってしまったほどに。


 しかし、このような微笑ましい時間もすぐに終わった。

 はしゃぎまわる部長を眺めていると俺たちの後方から声が聞こえた。


「ちょっとあなた達!こんなところで何してんの!!」


 そんな憤怒の混じった声が。

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