第29話 あまりにも妖艶な白
ぼんやりとした人影が俺の前にいる。
誰かはわからない。
そう思った瞬間、すぐに記憶が呼び起こされた。
いやこの顔は……クレア……だ。
しかし、どうも様子がおかしい。
今まで見たこともないほどに冷徹な視線を俺に向けてくる。
いや……この視線は一度だけ見たことがある。
俺がはじめてクレアに会った時……その時と同じ視線をクレアは俺に向けていた。
俺は酷く焦ってしまう。
色々あったけど、少なくとも最初の時よりは俺は大分クレアと関係を築けていたはずなのに……。
「それはあなたの思い込みです。そもそもあなたはわたしのことなんて何も知らないはずです。年齢も出身地もなにかも知らない。それなのにわたしと信頼なんて築ける訳がない。そもそもあなたとはわたしはまだ会って数日しか経ってない。あなたはルドルフ様ではない」
冷たい視線のままに、クレアは俺を見て、滔々と話しを紡ぐ。
「く、クレア……どうした——」
「そもそもわたしはクレアではない。それは人族が勝手につけた名前。わたしの名前は——」
そこで俺の視界は急速に失われていく。
気がついた時、俺のことを呼ぶ声が——
「——ルフ様! ルドルフ様! 大丈夫ですか」
「クレア……クレアなのか」
再び視界が戻った時、そこにはやはりクレアがいた。
心配そうに俺を見つめる顔……いつものクレアがそこにはいた。
「はい。クレアはここにおります。ですからご安心なさってください。ルドルフ様。酷くうなされていたので心配いたしました」
夢だったのか……よかった。
いやそれにしてもあんなに生々しい夢は今まで見たことなかったが——
『だから言ったのだ。あんなにくっついて寝たら主殿が窮屈でしかたないとな』
「な……そんな訳あるか。ルドルフ様がうなされていたのはわたしのせいでは——」
そう言う白の声が聞こえて、俺は白の方を見る。
呆れたような表情を浮かべる白——いや……女性がいた。
「え……は?」
視界で捉えている映像と脳内で予想していたイメージとが猛烈な不一致を起こして、俺の脳は大混乱をきたす。
『主殿。わたしは散々止めたのだぞ。いい加減に主殿から離れろ……とな。それにも関わらずこの女は主殿が気を失っていることをいいことにずっと抱きついていて——』
「ち、違う。あ、あれは……そ、そのルドルフ様の安全を守るために、近くに——」
クレアと白の言葉はほとんど耳に入らない。
俺は白の姿を理解するのに脳のほとんどを使っていた。
このすごい綺麗な女性があの白なのか……。
そう——白は率直にいって非常に美しかった。
俺は正直なところしばし見とれてしまっていた。
整った顔立ち、ほんのりと赤みを帯びた口元、切れ長の黒い瞳。
そして、髪の色はその目と同じく漆黒で腰まで伸びていて、綺麗にまとめられている。
洗練された大人の美女といった雰囲気で、ときより風でなびく黒髪を触るその様子は妖艶とすら言えるほどであった。
『どうしたのだ? 主殿。呆けたような表情を浮かべて。ああ……これか。これはそこのエルフの女の服に似せたのだ。さすがに裸という訳にはいかぬしな。それにしても……窮屈ではあるな。人の服というのは』
そういう白は、慣れない様子で自分の体を確認するように触っている。
確かにクレアの服と似ているところはあるが、微妙に……いやかなり違っている気が……。
黒を貴重とした服は肩と胸元を優雅に露出していて、体のラインを美しく描きだしている。
くびれたウエストには白い帯のようなものが巻かれていて、よりその美しい体の曲線を強調して、思わず目が言ってしまう。
グラマラスな肢体と大胆に肌を露出した服……。
2つが混ざることにより、何気なくしている白の今の行為ですら妙になまめかしく感じてしまうほどであった。
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