第18話 魔獣の群れと新たな魔法の威力
ブラックハウンドの群れは何故か俺らと敵対していた魔獣の方を向き、「グルゥグルゥ!」と威嚇するように唸っている。
その様子はとても仲間に対する態度ではなく、明らかに敵に対するものであった。
魔獣Aの方——分かりにくいので白い方……『白』とでもひとまず言うか——も、群れに対して再び雄叫びを上げて威嚇している。
どちらも俺らのことは眼中にないと言った様子である。
事情は不明だが、明らかに白と魔獣の群れは敵対している。
予想外の事態ではあるがこの状況は俺等にとっては好都合ではある。
魔獣同士でつぶしあいをしている隙にさっさと逃げてしまえばいい。
クレアもどうやら同じ考えらしく、俺の方をじっと見る。
俺はクレアと目線で示し合わせてゆっくりとその場から離れるべく後退していく。
が……その時、不意に群れの一匹が俺等の方を見て吠える。
他の魔獣も俺等の方を向き、唸り声を上げはじめる。
気づかれたか……と俺がそう思ったとほぼ同時に、それまで唸り声を上げていた白が群れへと突如突進していく。
群れは、俺等に警戒を向けていた分、白の突然の攻撃に完全に不意をつかれた格好になり、まともに白の体当たりを受ける形になった。
この不意打ちの体当たり攻撃により、白は自身の鋭い牙を群れの一匹の首元に深々と突き刺すことに成功する。
闘いの優勢は白の方にあるのか……そう俺は思ったが、現実はそうはならなかった。
魔獣の群れは白の単身の突撃により、しばらくは混乱状態に陥るが、所詮は一匹対複数である。
次第に群れは体勢を立て直し、白を取り囲み、波状攻撃を加えていく。
白は巧みにその攻撃をかわしながら、なんとか致命傷を避けていたが、ついに群れの攻撃の一つをまともに受けてしまう。
その後の展開はあっという間で、白は群れに組み敷かれて、無防備に攻撃を受けることになる。
と……俺はこんな風に呑気に魔獣たちの戦闘など見ていないでさっさと逃げればよかったのだが……。
魔獣の群れの何匹かが俺等を威嚇するように牽制をしており、逃げ出すことができずにいた。
魔獣たちとしては、白を仕留めたら次はお前たちだといったところだろうか。
とても、この後俺等を見逃して、おとなしく退散してくれるとは思えない。
「この数相手に闘えるのか……」
俺は思わずそうこぼす。
「……なんとかしてみせます」
そういうクレアの言葉は頼もしいが、その表情は険しい。
俺が不安げな顔をしていると、
「大丈夫……ですよ。ルドルフ様が逃げられる時間だけは確保してみせますから」
クレアは、そう言って優しげな笑みを浮かべる。
いや……全然大丈夫じゃない。
クレアの自己犠牲精神は見上げたものだけれど、はっきりいえば度が過ぎている。
もう少し自分を大切にした方がいい。
いや……それもあるけれど、何より俺は悔しかった。
この後に及んで俺はクレアを見捨てて逃げ出すと思われているのだから。
「……逃げないからさ」
「えっ……」
「いや……だから、こんな状況でクレア一人を置いて俺だけ逃げるなんてできない」
自分でも驚くほど感情的な物言いになってしまった。
クレアはなんと答えてよいのかわからない様子で困った表情を浮かべている。
ここで言い争っていても、仕方がない。
まずは眼前の魔獣の群れをどうにかしないといけない。
クレアに大見得を切ったところで何か良い案がある訳ではない。
が……俺はそこである簡単な事実に気づく。
「……もうここまで大騒ぎになっているのだから、魔法を使ってもいいよね」
「……は、はい。それはそうですが……この数相手となるといくらルドルフ様の魔法とはいえ……」
クレアは戸惑い気味に答える。
確かにこの数相手に俺の魔法が通用するかはわからない。
が……まだ俺は固有値が爆増——クレアの固有値の三倍増し——してから一度も魔法を放っていない。
カールたちに放った時点で、固有値は二倍増しだった。それであの威力なのだ。
「試してみるか」
俺は、そうつぶやき、深く深呼吸をする。
今まで一度も使ったことがない魔法——ライトニング——を脳内でイメージする。
ファイアボールは周りが森のこともあり、使うのはリスクがあるし、アイスニードルは一度使った感触だとあまりコントロールが効かない。
残る選択肢が「ライトニング」だっただけで特段これを選んだ深い理由はない。
さて、それじゃあ電流をイメージして……という具体的な何かを想像する必要もない。
魔法の使用それ自体は意識して使うというより、無意識下での動きに近い。
肺が呼吸をする、胃が消化する、血管が酸素を運ぶ——そうした体内器官の働きに似ているのかもしれない。
具体的に意識することは困難だが、俺の魔法を司る体内の何らかの器官は今まさに駆動し、魔法を作り出しているのだろう。
実際、数秒後それは現実の物理現象として具現化した。
とはいえそれは傍目から見るとかなり地味であった。
あたりには雷鳴が轟き——というインパクトは望むべくもない。
なにせ俺は「ライトニング」が放たれていることにすら気づかなかった。
眼の前には何ひとついわゆる「ライトニング」らしき事象は生じていないのだ。
異変が起きたのは魔獣の群れの様子であった。
魔獣の群れの一匹が突如として体を震わせて、苦しそうに唸りだした。
すると次々と他の魔獣の動きにも異変が生じ、ものの数十秒も経たない内に、群れ全体に伝播する。
まるで陸に投げ出された魚のように魔獣の群れはピクピクと体を震わせるだけで、身じろぎひとつしなくなる。
「こ、これは……いったい……」
クレアが唖然としたように地面に倒れ込んでいる魔獣の群れを見る。
俺もクレアと同じくらい驚いていた。
自分で放っておきながら、「ライトニング」が具体的にどのような効果を生じさせる魔法なのか全く理解していなかった。
幸いといってよいのかその効果は十分ではあったが……。
魔獣たちの悲惨な様子を見る限り、どうやら「ライトニング」の効果は強烈な電流を直接対象の体内に流し込むものらしい。
「これがルドルフ様の魔法……」
クレアが俺の方を振り返る。
その表情は驚きとともにいくばくかの恐怖の表情も混じっていた。
が……クレアはすぐにはっとしたようにその感情を消す。
「も、申し訳ありません。わたし……」
この光景を見て脅威を感じない人間はいないだろう。
魔法の威力を十分知っているエルフのクレアでもこうなのだ。
魔法を使える者——エルフ——を人が迫害するのはつまりこういうことなのだろう。
俺はあらためて人がいる前で魔法を使うのは控えた方が良いと実感した。
「グルゥ!」
全ての魔獣を倒したと思っていたところに、後ろから魔獣の唸り声が響く。
また残っていたのかと急いで振り返ると、その声の主は魔獣……ではあったが、その毛の色は黒くはなく白かった。
全ての魔獣にライトニングを放ったのに、なぜこいつ……白は無傷なのか。
簡単な話しである。
俺が、ライトニングを放つ時に、ほとんど無意識的に白を対象から除外してしまったからだ。
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