第5話 Eカップ

「だから、こんな奴とは付き合わないほうがいいぞ」


 彼は振られたわたしを傷付けないように、自ら幻滅されるようなことを言っているのだと思う。

 確かに少しショックではあったけれど、別に彼が未経験者であってほしかったわけではない。所謂、童貞好き? というやつではないから。


 わたしがたまたま未経験なだけで、他の人も同じとは限らないしね。

 それこそクラスには経験豊富な女の子だっているし、いつもイチャイチャしているカップルだっている。


 それに彼は女の子からモテると思う。

 顔立ちはテレビで見るイケメン俳優にも引けを取らないくらい整っているし、背も高い。

 同年代の男子の中でも落ち着いた雰囲気があるところは大人っぽくてかっこいい。だけれど、どことなく哀愁が漂っているところに母性がくすぐられて、放っておけなくなるのよね。


 実際に女の子に話しかけられている場面を良く目にする。だから彼が女性慣れしていないとは初めから思っていない。

 でも、その相手がまさかセフレだとは思いもしなかった。――まあ、彼女がいたこともあるのかもしれないけれど……。


「でも、もし彼女ができたらセフレとは関係を断つんだよね?」


 そう、大事なのはそこだ。

 彼女がいてもセフレとの関係を続けたり、新たにセフレを作ったりするのであれば、女癖の悪い男ってことになる。


 仮にそうだったとしても、わたしは彼のことを許しちゃうかもしれない。

 惚れた弱みってやつなのかな?


「それはもちろん」


 どうやら要らぬ心配だったようだ。

 わたしの窺うような視線に晒された彼は悩むことなく頷いた。


 彼はただ女遊びがしたいだけのチャラ男ではないみたい。


 それもそうか。

 もし女遊びがしたいのなら、わたしに告白されて断ったりなんかしないはずだもんね。

 仮にタイプじゃなかったとしても、ヤることヤってから捨てればいいのだし。――まあ、そもそもわたしがヤり捨てする対象にすらなっていない可能性もあるのだけれど……。なんだか悲しくなってきた……。


「わたしがどう頑張っても彼女にしてもらえる可能性はない?」

「俺が未練を断ち切れる時が来たら可能性はあるかもしれないが……」

「そっか」


 可能性はある。でも、今は限りなくゼロに近い可能性。


 誰かに相談したら諦めたほうがいいと言うかもしれない。

 逆に押して押して押しまくれ、と言う人もいるかもしれない。


 この二択ならわたしは後者を選ぶ。

 だって諦めるのなんて無理なくらい彼のことが好きなんだもん。


 それに、なにもアクションを起こさないで諦めるより、行動した結果駄目だったほうが納得できると思う。やらない後悔よりやった後悔って良く耳にするしね。


 とはいったものの、恋愛経験皆無のわたしにはどうしたらいいのか皆目見当がつかない。


 押して駄目なら引いてみろ、なんて言うけれど、わたしにはそんな高等な駆け引きはできないし、彼の場合はそれでも気を引くことなんてできないと思う。幼い頃からずっと一人の女性を想い続けているくらいだから。


 わたしが考えに夢中になって黙り込んでしまったから、沈黙が場を満たしてしまっている。

 そのせいで余計に彼を困らせてしまっているではないか! な、なにか喋らないと……!!


 とりあえず今のわたしにできることは、彼にアタックすることと慰めてあげることくらい。

 だから――


「今日、この後ちょっと付き合ってくれない?」


 放課後デートに誘ってみることにした。

 わたしにはそんな単純なことしか思いつかないのです!


 本当はわたしがデートしたいだけなんだけどさ……。

 ……内緒だよ?


「どこ行くんだ?」

「無計画!」

「……胸を張って言うことか? 揉むぞ?」

「どうぞどうぞ」


 揶揄からかうように冗談めかして胸を差し出すと、彼は「それじゃ遠慮なく」と言って本当に両手を伸ばした。


「――え」


 わたしの困惑など知らないとばかりに真正面から両手で胸を鷲掴みにされる。

 宝物を扱うかのように優しく揉まれている現状が恥ずかしくて、わたしの体温が上昇していく。多分、顔が紅潮していると思う。


 困惑していても揉まれる感触ははっきりとわかり、学校、制服、好きな人、この三つのシチュエーションが合わさって背徳感が強まり、なんだか無性に興奮してしまう。


 彼の指が沈み込んでいくけれど、張りがあって弾力のあるわたしの胸がそれを弾き返そうとする。

 彼の手が離れてしまうのではいかと思う度に、わたしは自分の胸が恨めしくなり、少しだけもどかしい気持ちになった。


 弾き返されそうになっても彼が手を止めることはないので、もしかしたらわたしの胸を気に入ってくれているのかもしれない。そう思うと気恥ずかしいけれど、とても嬉しくなる。


 そうして一人で興奮していると――


「Eか」


 と彼が呟いた。


 その言葉にわたしは胸中で、「え、なんでわかるの!?」と大声を上げてしまう。

 大声を上げるというはしたない行為を、彼の前でしなかった自分を褒め称えてあげたい。


 彼が呟いた言葉が意味するのは――わたしの胸のサイズだ。

 なにを隠そう、私のバストサイズはEカップなのです!


 つまり彼のジャッジは正しいということ。

 正解正解大正解!!


 でも、なんでわかったんだろう?

 もしかして、いろんな女の子のおっぱいを揉んできた経験があるからわかったのかな? だとするとちょっと複雑な気分……。


 彼の表情から察するに、おそらく無意識に呟いたんだと思う。だからきっと悪気はないはず。


「んんっ……」


 油断していたら少しだけ声が漏れてしまった!

 故意なのかはわからないけれど、は駄目だよ……。反則だよ……。わたし敏感なの……。

 感じてしまったのがバレていないかが気になる。でも恥ずかしくて彼の顔を見ることができない……。


 うつむきながら口に手を当てて声が漏れるのをこらえ、この場をやり過ごすことに注力するので精一杯。

 恥ずかしいから早く終わってほしい気持ちがありつつも、このまま彼にれられていたいという想いある。


 相反する二つの感情が胸中でせめぎ合っていると、彼は揉むのを止めて手を引っ込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る