第6話 伝説の誘拐


「あ、ひーくん!」


 闇金(おそらく)のビルへとカチコミをしてきた昼下がり。目立つお面を外して学校へと戻ってきてみれば、昼休みであろう時間帯の校門前で、俺を待つ芥と目が合った。


「ひーくん、大丈夫!?」

「これでもダンジョンに潜ってるからな。あの程度の高さなんともない」

「な、ならいいんだけど……」


 ダンジョンに潜っている。その言葉を聞いて、屋上からの飛び降りに納得した芥がそうであるように、生徒の一人が屋上から飛び降りたというのに、学校の方ではそれほど騒ぎになってはいない。


 それだけ、そういうことができる人間がいるという証拠だ。まあ、ありふれているというわけではないけど。


 しかし、相変わらずな芥の心配そうな顔に、俺は少し申し訳なくなってしまう。ただ、思い立ったが吉日。話は早い方がいい。


「さて、芥」

「な、なに!?」

「今しがた俺は、先方と話を付けてきて借金の返済期間を一年延ばしてもらった。だから、すぐに連れ去られるってことはないと思う。多分」

「えぇ!? ひ、ひーくん何かされなかった!?」

「されてないされてない。ってか、何かされないための話し合いをしに行ったんだ。安心しろって」


 あのヤクザのような強面たちの事務所に行ったと伝えてみれば、慌てた様子の彼女はぺたぺたと俺の体を触って、その無事を確かめてくる。しきりに俺の手を確認してくるのは、おそらく任侠映画の見過ぎだと思われる。


 別に指は詰められてないよ。


「とりあえず詳しい話をしたいんだけど……落ち着ける感じじゃないな」


 先ほど俺が屋上から飛び降りたことが騒ぎになっていないと言ったが、実際は屋上から飛び降りたことよりも、借金を背負った芥のために俺が借金取りに直談判しに行ったことに対して騒ぎが起こっていると言った方が正しい。


 やはり、あれだけ派手に屋上から飛び降りて学外へと走り去ってしまえば、見ている人間がいて当然のようで、俺たちを遠巻きに観察するように立つ野次馬がちらほらと確認できる。


 聞き耳を立ててみれば――


『あれもう完全に付き合ってるよな』

『なるほど。彼女のピンチに彼氏がカチコミ行ってきたという構図なりか』

『ってかアイツ、ダンジョン行ってたんだな。俺まだ10層だけど、屋上からなんて飛び降りれねぇんだよなぁ、普通』

『熱いねぇ、熱いねぇ』


 と、こちらの会話を聞いている人間も居る。こんなところで、十億返済計画を話すのは迂闊だ。


 というわけで――


「よーし、芥。今日は思い切って学校サボるぞ!」

「え、えぇ!?」

「別に一日ぐらい休んだって、俺もお前も問題はないだろ」

「そ、それはそうだけどぉ……」


 まったく、自分の将来がかかっているというのに……。まあ、生真面目なこいつのことだ。病気でもないのに学校を休んで、悪い子になっちゃったらどうしよう、なんて考えているんだろう。


 そうやって踏ん切りをつけられずにいるから、俺は彼女の手を引いて――


「ほら、行かないって言っても無理矢理連れていくからな」


 俺は彼女を抱きかかえた。


「ひゃうわ!? え、ちょっと何してるの!?」

「学校なんか気にしてられる余裕は今のお前にはないんだよ。一年延びたとはいえ、十億は十億だ。お前には、今からそれを稼ぎきるための技をすぐにでも身に着けてもらわないといけないからな」

「えぇ!?」

「まあ、とにかく時間がないんだ。文句を言っても降ろさないぞ」

「ならせめて、もうちょっとロマンチックに抱えてもらえません!?」

「無理な注文だ」


 文句の多い乗客だ。まあ実際、俺が今彼女をどうやって抱えているかといえば、米俵よろしく肩に担いでいるのだから仕方がない。まったくもってロマンスのかけらもないが運び方だが、これが一番楽なんだよ。


「それでは彩雲高校発彩雲ダンジョン行き列車が出発します。乗客の皆様は舌を噛まない様にお気を付けください」

「え、ダンジョン!?」

「ああ、ダンジョンだ。必要なものはすべてそこに揃ってる」


 行先を軽く説明したところで、俺は改めて『弧狗狸子こくりこ』を発動し、お面を取り出した。すれば、おしゃべりな狗頭餅くずもちが声を上げる。


『お、誘拐かい?』

「ちげぇよ狗頭餅」

『へーふーん。まあいいや。んで、行先はどっちだ?』

「近場のダンジョンまでだ」

『了解』


 一言二言狗頭餅と言葉を交わして、力を分けてもらう。昔から変わらないやり方だ。懐かしいな。狗頭餅の出番が多すぎると、弧末那こまつな寝狸霧ねりきりの奴らから文句を言われてたっけか。


 仕方ねぇだろ。身体能力強化が一番使いやすいんだから。


「えっと、ひーくん? 誰かいるの?」

「ん? あ、ああ。俺の頼もしい相棒だ。あとで紹介するよ」

「そう……?」

「んじゃ、御託はここまでにして――さ、行くぞ」


 虚空に向かって会話する俺のことを不思議そうな目で見る芥に断りを入れてから、俺は犬頭のお面を被った。


 そして次の瞬間には、俺の姿は学校の校門から消えてなくなる。なぜならば、それだけの速度で移動したから。はたから見たら、瞬間移動にも見えることだろう。


 流石は狗頭餅の力だ。


「わぁああああああ!!!???」


 問題があるとすれば、この速度に慣れていない芥に迷惑をかけてしまったことか……。


「すまん芥」

「わぁ!? 何今の!?」


 瞬く間にダンジョン入り口まで来た俺は、とりあえず風圧でぼさぼさになってしまった芥の髪の毛を整えながら謝るのだった。

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