第2話 女装男子とお友だち
藤崎高校。これが僕の通っている高校の名前だ。そしてたっちゃんが転校してくる学校でもある。
今日がその日。
ただ、どうやら僕たちはクラスが違うらしい。僕と凛花が二年三組。たっちゃんは四組ということだった。
というわけで、僕と凛花は自分のクラスである二年三組の扉を開いた。女子の制服で、初めて。
僕たちは、扉を跨ぎ、まずは自分の席に向かった。僕の席は中央の列の後ろから二番目。凛花とはかなり離れている。
そして荷物を置き、窓側の列の中央の辺りに集まる三人の少女のもとへ向かった。
「おはよー」
という僕の言葉に、彼女たちが各々返事をくれる。
今集まっているこの席は、この三人に僕と凛花を含めた五人のグループの中の一人である、黒の長髪をポニーテールでかわいくまとめた少女、
僕たちは一番始めに教室に入った人のところに集まるため、今日は舞華が一番早く来たのだろう。
そんな中、三人の少女うちの一人、少し茶色がかったボブの髪型がかわいい、
「ねぇねぇ、ひおりんとりんりんは聞いた? 隣の四組にイケメンの転校生が来るって」
ひおりんとは僕のことで、りんりんは凛花のことだ。雛弥はあだ名で僕たちのことを呼ぶ。
その雛弥の言葉に答えたのは凛花だ。
「ああ、本間くんでしょ?」
「名前までは知らないけど。りんりんの知り合いなの?」
「うん。私と灯織と香耶かやと同じ小学校だったの」
「え!? 転校生って本間くんだったんだ……。だったら確かにイケメンって言われてもおかしくないかも。ていうか、なんで凛花は転校生が本間くんって知ってたの?」
そう凛花に尋ねたのは、黒く腰の辺りまで伸びた長い髪と、丸メガネが特徴的な服部香耶だ。僕たちと同じ小学校だったが、僕と香耶が仲良くなったのは、今年同じクラスになってからだ。
しかし、凛花とはもとから仲が良かったようで、こうして同じグループに所属している。
「本間くん灯織の幼馴染みだから昨日灯織の家に来てたんだよ。で、そのときちょっと話してね。でさあ、聞いてよ、そのとき──」
と、凛花が昨日の出来事を他の三人に話していく。
三人も「うんうん」などと相づちを挟みながら、楽しそうに話を聞いている。時おり僕の方を向きながらにやにやしてきたりもした。
それにしても、僕がたっちゃんから逃げて家に入ったあとに二人が話していたとは知らなかった。
内容はなんの変哲もない挨拶のようなものだってらしいけど。
「ね、灯織」
こうして凛花は昨日の出来事を話し終えると、僕に視線を向け話を振った。
しかし、僕はその言葉に反応できなかった。他のことを考えていたからだ。
「……灯織? どうしたの?」
僕は今日なかなかな覚悟をもって登校してきたつもりだ。いつもと違うということはそれだけでなんか怖いから。
僕は今の日常が好きだから変化してほしいと思っていないし。あまりいつもと違うことをやらない。
それはそうと、いざいつもと違うことをしたとき、気づかれないというのは普通に寂しい。それで日常が崩れるとしても。
まぁ、なんというかつまり……。
「いや、誰も僕の制服についてなんも言わないから……」
そう、教室に入ってから誰かが僕の制服について話題にしただろうか。少なくとも目の前の三人はしていない。
こんなに目の前にいるのに。
「ん、あ! ひおりんの制服スカートになってる!」
そう言ったのは雛弥だ。
「ほんと! あまりにも違和感がないから気づかなかった!」
と、香耶が。
「ていうか、前の方がすごい違和感あったよね!」
と、舞華が言った。
「なんでひおりん急に……。あ!!」
雛弥が少し悩んだ末に、答えを得たように声をあげた。
「ひおりん、イケメン幼馴染みが転校してくるから気合いがはいってんだね!」
「そんなんじゃないから! 昨日色々あったの!」
「色々ってなにさ~、あたし気になるなぁ~」
と、舞華が言う。それに凛花も続いた。
「私も興味あるな~。私が帰った後のこと」
「そんな大したことじゃないから!」
と、僕が言うのとほぼ同時に、朝礼の時間を告げるチャイムがなった。僕は逃げるように自分の席に向かう。
ちなみに僕の前の席には雛弥が座っている。
もう六月であるが、僕のクラスはまだ一度も席替えを行っておらず、出席番号による初期配置のままだ。
つまり雛弥は出席番号が僕の一つ前ということだ。ちなみに、凛花と香耶の席もかなり近い。
チャイムがなってしばらくすると、このクラスの担任の教師である倉内早苗くらうちさなえが教室に入ってきた。
二十代後半とかなり若い教師であるが、普段はかなりいい加減で、めんどくさがりな人だ。ちなみに担当教科は現代文である。
ただ、宿題も少なく、話しも面白い、また綺麗な顔立ちをしているため、生徒からはかなり人気がある先生だ。
そんな倉内先生はたんたんと今日の連絡事項について気だるげに話していく。
そして全ての連絡事項を話し終えると、出席を確認するために、教室全体を見回して、そして僕と目があった。
「佐久間、お前……制服……」
倉内先生がそう言うと、クラス全員の視線が僕に向く。そう言えば学校に制服について連絡するのを忘れていた。もしかしたら不味いのだろうか、と悩む。しかしそんなことはなかった。
「まぁ、佐久間だしな。前の方が違和感あったし。学校には私から言っておくよ。実を言うと、佐久間の制服についてはたまに問題になってたしな。学校側も快く受け入れてくれるだろ」
「あ、ありがとうごさいます」
というかみんな僕の男子制服姿に違和感を持っていたなのか。知らずにいた僕がすごい恥ずかしいじゃないか。
倉内先生は再び出席を確認し、休みがいないことが分かるとそのまま教室から出ていった。
「びっっっくりしたぁ」
という僕の言葉に、前に座る雛弥が笑う。
「でも良かったじゃん。制服認めてもらえて」
「そうなんだけどさぁ、なんかみんな僕の前の制服に違和感持ってて今更恥ずかしくなってきたよ」
「まぁ、実際違和感すごかったしね~。あたしもひおりんのこと始めてみたときなんで女の子なのにズボン? って思ったし。すぐ慣れたけど」
「え~、雛弥もかぁ」
「他の子もそうなんじゃないかな? と、もうこんな時間。ひおりん授業の準備取りに行こ!」
「あ、うん」
朝礼と一限の間の休み時間は十分しかない。そして既に五分も経過していた。
僕たちは急いで廊下に並ぶロッカーへ向かった。毎日教科書を持ち帰るのは重いため、みんなこのロッカーに置き勉をしている。
そのため休み時間には毎回このロッカーから教科書などをとってこなければならない。
僕のロッカーは上から二つ目と、とりやすい位置にあるためしゃがむ必要もなく、かなり楽だ。
えーっと、一限は確か……英語だったな。と、英語の教科書とノートをとりだしロッカーを閉めると、耳元に昨日聞いたばかりの幼馴染みの声が響いた。
「ひーちゃん、今いいかな?」
「わ!? たっちゃ──あ!?」
急にたっちゃんの声が耳元に驚き、一歩後ずさると、そこには乾拭きが落ちており、僕はそれを踏んで足を滑らせた。
やば! 頭ぶつける、と覚悟し目をつむると、背中を安心感のある大きな手で抱えられた。
「ひーちゃん大丈夫!?」
その手の持ち主はたっちゃんだ。昔はあまり僕と手の大きさに変わりはなかったのに、今では倍くらい違うように感じた。
それに顔が近い。
あー、沸騰しそうなほど顔が熱い。絶対顔赤いし。
「ひーちゃん!?」
返事がないことに、さらに心配をしたのか、再びたっちゃんが僕に呼び掛ける。
僕はそれに応えるように口を開く。
「だ、でゃいじょうぶりゃから手離して?」
あ、めちゃくちゃ噛んだ。ただでさえ恥ずかしいのにさらに恥ずかしい。恥ずか死ぬ。
僕の言葉にたっちゃんはあわてて手を離した。
「あ、ごめん!! 女の子に勝手に触っちゃって」
やっぱり充希ちゃんと夏鈴ちゃんはたっちゃんに僕のことを男だと話していないらしい。まだ僕を女の子だと勘違いしている。
「いや、そう言うわけじゃ……。ありがと、助けてくれて。それでなにか用があったの?」
「あ、うん。放課後に学校案内を頼めないかなって」
「もちろんいいけど。あ、せっかくだし夏鈴ちゃんも呼ぼっか」
「分かった。夏鈴には俺から伝えておくよ」
「じゃあ、また放課後」
と、そうたっちゃんに伝え、平静を装い教室に入る。
僕は自分の席に座ると顔を覆い机に伏せた。
絶対にみんなに見られてたよね!? 恥ずかしすぎる! 顔もまだ熱いし……。
「ひおりんひおりん。さっきの男の子が本間くん?」
前の席から雛弥が尋ねてくる。やっぱり見られてたよなぁと思いつつ、顔を上げ、頷いた。
「うん」
顔を上げると、まわりには僕と雛弥の他にも凛花と香耶と舞華も来ていた。
やはり全員さっきのやつを見ていたのだろう。にやにやしながら僕の方を見てくる。
「いやぁ、あれが灯織の幼馴染みかぁ。本当にイケメンだったね」
と、舞華の言葉に香耶も頷く。
「うんうん。すごいモテそう」
「ひおりん顔めっちゃ真っ赤! かわいい~」
「ていうか、灯織さぁ。まだ本間くんに自分が男だって言ってないの?」
「……うん。でもさ、気づかない方がおかしくない!? 昔一緒にお風呂入ったりプール行ったりしてたんだけど!?」
「それは……まぁ、本間くんがおかしいけど。でも早いとこ言っとかないと後々めんどくさいことになるよ?」
「そうだよね……」
さて、どう伝えたものだろうか……。
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