私も、バレー部員に

―3週間後―


「香葡先ぱーい!!」


「あ、おはよう! 燈!」


「おはようございます!!」


「ふふっ。燈、今日も元気だね。よろしいよろしい」


香葡さんは、そう言って、私の頭をナデナデした。


ん? って思った? 思ったよね? 思ってくれたよね? そうだよね。思うよね。君だって、この風景を見れば、冷や汗……いや、脂汗をかくね。でも、私の信条は『心行くまで』だから、君がぼやぼやしてるうちに、私は、香葡さんにそれとなーく、接近した。それは、君に内緒で。


だって、君にそんな事を言ったら、失神するでしょ?


どうやって、接近したかって? 知りたい? ねぇ、知りたい? ……仕方ないなぁ。教えてあげるよ。


部活の、仮体験の期間は、過ぎてしまっていたけれど、担任の先生と、部活の顧問の先生と、部長さんに頼み込んで、私も、んだ。


私ね、こう言っちゃなんだけど、結構万能なんだよ? もう勉強だけじゃなくて、運動神経も相当いい方なの。だって、君のお母さんに勝ったくらいだよ?


でも、私は身長が162㎝だったから、ポジションは、すぐ決まった。“リベロ”だ。そして、さすが私。1年生、入部3週間で、リベロとして、なんと、レギュラーに選ばれたのだ!!


この3週間、君になんやらかんやら理由を付けて、君より、2時間も前に登校していた。そして、3種間目のこの日、初めて、君は、私がバレー部員になっている事を知った。


朝練が終わって、更衣室で着替えをして、ビ〇レのシートで、たっぷり掻いた汗を拭きとって、教室に戻ろうとした。香葡さんと一緒に、ね。その光景を君に見られてしまった。本当は、もう少し、香葡さんと仲良くなってから、君に打ち明けるつもりだったんだけどなぁ……。残念。


そして、香葡さんが、2階の自分の教室に上がって行った。その姿を見送って、私も自分のクラスに向かおうとした。……その時、グイッと、私の腕を強引と言わなければなんと言うのか、と言うほどの力で、君が引っ張ってきた。


「おわっ!!」


「『おわっ!!』じゃないよ!! なにしてるの!! 朝比奈さんとなんで一緒にいたの!!??」


君は、やっぱり、脂汗をかいて、私に尋ねて来た。……いや、怒鳴って来た。


「あ、あぁ……おはよう」


「『おはよう』じゃないよ!!」


「もう……君はいちいち大袈裟だなぁ……。私が部活に入っちゃいけないの?」


「部……部活!? 入った!? どういう事!?」


君は、頭が悪い。本当に、頭の回転が遅い。


「どういう事って、そう言う事。私は、3週間前から、バレー部員になったの」


「ええぇぇぇえええ!!??」


「……。君は、大袈裟にもほどがある。私だって、部活くらいはいるよ」


「で、でも! 何もバレー部じゃなくても……!!」


あぁ……もっともっと君をからかいたくなってきた。


「私、全力で君と香葡先輩をくっつけるって決めたの!」


「く! く! く! くっつけるって何!? なんなの!? その表現の仕方!!」


「でも、それだけが目的じゃないよ。これは、でもあるのだ!」


「じ……実験……?」


「私の、運動神経が、どれほど優れているか、と言う、事を証明するための実験。でも、まぁ、既に半分くらいは証明できたかな?私、背が低いでしょ? だから、ポジション、リベロなの。で、そのリベロとして、今度の練習試合で、レギュラーになったのだ!!」


「……り……りべろ……?」


「え……」


私は、とてつもなく、えぐい声を出してしまった。だって、だってだよ? 仮にも好きな人が入っている部活のポジションや、ルールくらい、知ってて良いと思わない?それなのに、君は、リベロすら知らないんだもん。もう呆れちゃう。


「君ねぇ……香葡さんが好きなら、もしも、付き合えた時の為に、同じ共通の会話が出来るように、しかも、出来るだけ女の子に合わせて会話を進められるように、雰囲気作りするのが鉄則だよ?」


「つつつ付き合うって!! そんな未来無いよ!!」


「君は、どこまでお馬鹿さんなの? 未来は、待ってるものじゃないの。自分で切り開いていくものななんだよ?」


「と、とにかく、早くやめてよ! 部活!!」


「それは出来ない相談だ。だって、私、優秀なリベロだもん! 後1週間で練習試合なの。今、私が抜けたら、香葡さんまでかなしい想いをすると思うんだけどなぁ……。それでも良いの? 君は、香葡さんをかなしませて、平気な人なの? そんな情も涙もない人間だったの?」


「う……そ、それは……朝比奈さんには、出来るだけ、幸せでいて欲しいけど……」


君は、まぁた、そんな甘っちょろい事を言う。幸せになって欲しいんじゃないの。幸せにしてあげるの! もう。そんな事も浮かんでこないのかねぇ……君の頭は……。


と、言いたかったけど、私は、余りの君のどんよりぶりに、言い返すのをやめた。


「ま、私がリベロとして、香葡さんを支えるのも、君が望む、香葡さんの幸せの一つだと思ってよ。そうすれば、そんなに重く考えず済むでしょ?」


「……それは……じゃあ……苦渋の選択として、分かったよ……。認めるよ……。でも……どうしても、聞いておきたいことがあるんだ」


君は、いつになく、真剣な顔している。どんな言葉が飛び出すのか、ちょっと、私はドキドキしていた。香葡さんに対する、何かかな? って思ったから。


……なのに……。








って何?」








「……………………、ね……………………」








私は、しばし、君の恋を、応援しようかどうしようか、本気で迷ったよ……。




―1週間後―


「はい。お弁当」


「ありがとう! 君のお弁当は、初めてだね。きっと、すんごく美味しいだろうね。私、香葡さんの役に立って見せるから、まぁ、見ててよ!」


「うん。応援、するよ」


「君は、香葡さんの応援だけしてれば良いんだからね? 分かってる?」


「……う、うん……。でも、朝比奈さんは、観客席に僕がいても気が付かないよ……」


「出た―!! こいつのネガティブ発言!!」


そこには、杏弥もいた。君だけで応援に来てって言っても、絶対来ないでしょ?だから、私は、杏弥に、全ての事情を話して、君のサポートを、コート内にいる間には出来ない私の代わりに、杏弥にしてもらう事にしたんだ。最初は、『観に行くのは嫌だ!!』と、5歳児並みの駄々っ子ぶりに、私と杏弥は、呆れたけど、2人で、何とか君を説得した。そして、やっと、『観客席の、一番後ろなら……』と、君が言ったから、杏弥と背中でvサインを交わした。





「スパイクくるよー!! 燈ぃ!!」


「はい!!」


スッ!! トンッ!!!!


「よっし! 良く拾った!! ナイス!! 燈!!」


エンドラインギリギリのスパイクを、私は、体を滑り込ませて、攻撃にも繋げられるように、ボールを上げた。そのボールを、セッターの3年生、二階堂圭奈にかいどうけいな先輩が、上手いトスで、香葡さんのアタックに繋げた。


スパ――――ンッ!!!!


そのスパイクは、見事、


ドシンッ!!!


と、相手のコート内に、もの凄い音を立てて、叩きつけられた。


「ナイス!! 香葡!!」


部長でもある、圭奈先輩が、香葡さんを褒める。……と、同時に……、


「良かったよ! 今のレシーブ!! さすが、1年のホープ!!」


「ありがとうございます!!」


私は、いたって、真面目だ。この時ばかりは、君の香葡さんへの視線や、想いや、恋心を気にしてはいられなかった。でも、忘れてなかったよ。君と、香葡さんの仲を取り持つために、香葡さんになるべくトスが上がるように、私は、ボールをとにかく必死で追って、必死で拾いまくった。


私は、ほぼ、ぶっ通しで、試合に出続けた。それでも、知力も、勿論、体力にもかなりの自信がある。だから、試合の最中、もう楽しくて、嬉しくて、仕方なかった。





私が、こんな風に、青春を過ごせるなんて、思っても、いなかったから――……。

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