赤ずきんとオオカミくんはハッピーエンドを果たしたい!

加峰椿

一冊目 『白雪姫』──Snow≠White──

Route : Bad Ending

Snow≠White

 夕闇に沈む森の中。ある一人の女性が、四肢を投げ出したままうつ伏せに倒れていた。辺りを照らす蝋燭の明かりに、黒檀のごとき髪は艶やかな光沢を見せ、雪のように透ける半透明な頬はその色を真紅に染め上げる。


 世界で一番美しいと噂されたほどの美貌を持ち、「白雪姫」と民衆に呼ばれていた彼女の背には、刃が一本、突き刺さっていた。


 血は流れなかった。流れ出るはずのものは、すべて凍てついてしまったから。傷跡からゆっくりと広がる白は、赤よりも色濃い死を滲ませている。どこかで内臓が凍った感覚、呼吸で喉が焼かれる痛み、寒気で身体がひどく震えて、背後で誰かが刃を抜いた。ああ、自分はやがて死ぬのだろう。漠然と彼女はそう理解した。最も遠いところにあったはずの終着が、もう目の前を闊歩している。


 気配がした。

 面を上げた。

 視線の先には鏡像があった。

 ただの鏡像ではない。

 魔法の鏡で映し出された、世界で一番美しい鏡像だ。

 死神の姿もあった。その正体に、思いも寄らなかったと言えば嘘になる。思えば当然だった。


 だけど、それでも、

「どうして、」

 裏切った。

「どう、やって、」

 殺した。


 たとえ死神が答えたところで、意味はきっとない。直に眠りにつく白雪姫が知ったところで、彼女は何もできない。とうに震えすら凍えついていた。


 だけど、

「わからないから、こうなったんだよ」

 暴く。「どうして」などとのたまった白雪姫の罪を、死神は暴いていく。そして、彼女は知ることになるだろう。


「違うな。わかってはいたのかな」


 死神の刃が、鏡像を貫いたから。


「……まあ、何でもいいよ。全部、あるべき場所に還るから」


 雪が、白くなかったから。


「もう眠ろう。愚かにも正義を履き違えて犯した、罪のすべてを抱き締めて」


 身体が肉塊になる。心臓が鼓動を置き去る。秒針が死を刻む。生の残響が回帰する。


 今更だと自嘲しながら、白雪姫は目を閉じた。

 頬に雫が伝う。

 たとえそれが証として凍ったところで、



 意味は、きっとなかったはずだ。

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