第3話

 わたしは人に促されるままに白い廊下を進み白い扉を通り過ぎた、また白い扉が現れまた通り過ぎた、そして最後にまた白い扉を通過した。

 すべての扉は防火扉の如く鈍重だがそれはその存在自体が意味をなしているのだろう、そしてそれらは鈍色を放つカギを掛けられるものばかりだった。わたしを先導する人は律義に開錠と施錠を繰り返した。それらの光景を前にしてわたしの心は重くなっていったか? 当然、なった。おのれの運命を呪詛したか? いいやそれはしない、したところでよくなるものではないし過去は変節しない、それにこれ以上はたぶん悪くなりようがない。

 だからわたしはそれらを平然と受容しているようだ、それ以外の選択肢も残念ながらどうやらない様子だ。沈降し続ける精神は不思議なくらいわたしのなにものをも蝕まなかった。

 わたしはわたしを待ち構える命運すべてを受け入れていた、自分でも不思議なくらいに……。最後の扉を抜けた後にはかなりの開けたスペースがあり、簡素な机が十ほどとそれを囲む椅子が三十ほど置かれたいた。


 少し意外なほどそこは広かった。そして開放的だった。椅子と机の向こうには全面ガラス張りの扉が一面に並びそこからは外界が見え陽光が射し、植物が繁茂している様子が窺えた。わたしはもっと閉鎖的な空間を予想していたのだがここは違った。そこはわたしの想像より遥かに精神的安寧を豊かに享受できる印象を受けた。いい意味で裏切られたなとわたしは小さく喜び素直に思った。そのフロアから延びる廊下も通り道という機能を果たすだけには十分広すぎるほど幅があった。たぶんこの廊下は行き来するためのみではなく生活区域も兼ねているのだろう。

 その廊下の曲がり角に面した入り口から入ると三つほど全く同じ形をした個室があり、わたしは一番奥に案内された。手前に金属スツール製の簡素なベッド、奥にはなにやら下半分だけ隠すのが可能な洋式のトイレがあった。この個室の内装と雰囲気には正直嫌悪感を感じざるを得なかった。何もリラックスを期待していたわけでは決してないがあまりに人間性を拒絶しているように思われた。寝室とトイレが直結しているのか……。そしておそらくわたしはここで食事を取り、その他の大半の時間を過ごすのだろう、ホテルというわけにはいかないか、そりゃそうか。無機質という言葉がわたしの境遇を強く意識させる。


 正直滅入るばかりで精神的な荒廃が拡がる。下履きは履いていたクロックスもどき、服も当然普段着でジャージにTシャツだ。着替え、下着は持参したリュックに入っている、その他の持参したものと言えば歯磨き道具一式、コップはプレスチック製でガラスと金属性は不可、T字カミソリは持ち込み不可だった。あとジャージの腰ひもも抜かれた。まあここでは仕方ないんだろうがわたしにはどうやって使うのかはさっぱりわからないし知りたくもなかったのだが。

 暇つぶしの文庫本は一冊入れておいたはずだったが読書する習慣からずいぶん離れているので読むかは不明だ。ラジオも聞かないので持参していない。個室で一人で立ちすくむ、部屋は狭くはないがやけにすべてがそよそよしい。これは確かに抵抗がある、受け入れがたい。仕方がないのでベッドに腰かけた、シーツは清潔なのだが寝そべるにはかなりの抵抗感を伴う。しかしやたらと疲労が募っている。やることもないので靴を脱ぎ、ベッドの上に横たわった。視界に白い天井が広がる。白いなという虚しい感慨しかわかなかった。しばらくそのまま天井を見つめていると強烈な睡魔に襲われたのでわたしは自然と眠りに入っていった。こんな所で眠るだなんてまるでたちの悪いホラーみたいだなと消えゆく意識の中でぽつねんと寂しく思った。

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