第9話「白き人形と時の女神の娘。時の魔術は、奇妙な夢となって……②」(第1章最終話)


 むかしむかしあるところに、時の女神と女神の娘がいました。


 母と娘は、幸せに暮らしていました。ある日、女神の娘がどこかに行ってしまいます。時の女神は嘆き悲しみ、娘を否定した世界を恨みました。


 やがて、時の女神は憎しみの闇にのまれて、堕落して名を失ってしまいました。今では白い霧の奥深くで、悪魔たちの女神として、世界を憎むのでした。



 おしまい。うん、お母さんの物語を簡潔に書くのなら、こんな感じになりそう。その先のお話は……まさにこれから、私とお母さんで物語を紡げばいい。



 私は■■■。ミトラが魔術の行使を拒絶している。悪い子に攻撃するのを嫌がっている。『ミトラ、どうして? 私が傍にいるのに……。』



 帰天きてんの刻―惑星招来。極星魔術による、星間空間転移。迷い星テラ、惑星まるごと、この世界がある白き太陽系に現れる。


 そして、悪い子が呼んだ迷い星テラが、白い太陽を隠していった。



 皆既日食、白き太陽が完全に覆い隠されてしまい、昼間なのに真っ暗になっていく。もうだめね、仕方がない、ミトラを完全に操ろう。なるべく彼女に後遺症、拒絶反応がでない様にして……。



 私は、女神の時の魔術を行使して、まず城壁都市の時をとめた。


 時の女神ノルフェスティの魔術、私の大好きな母の魔術によって、城壁都市にあるもの、飛空船、騎士団の隊員たち、城壁都市の住民は動けない。民家の屋根の上から飛び立った鳥や、木から落ちた葉っぱも、空中で全て止まっている。



 私とあの子たち以外は……ミトラも自分の意思では、動けないよね?


 悪い子たちも、時の魔術を行使するので、この程度では、あの子たちを止められない。それでも最後は、パレードは無事に終わって、ミトラ聖女は、白き天使に導かれたとなるでしょう。



 私らしくない。むきになっている。どうしてこんなに悲しくて、イライラするの?『お母さん、傍に私がいるのに……どうして、悪い子を気遣うの? やめてよ、私がいるでしょう? お母さんの傍に!』


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 ぼんやり薄暗い。突然、皆既日食が起こって、城壁都市の人々は不安がっている。誰も動かないけど、私はそう思った。



「みなさん、大丈夫です。何も心配はいりません。

 安全な建物の中で、どうか動かず、お待ちになってください。」



 私がそう言った。なぜか、私の声が城壁都市中に響いて、人々に届いていく。



 私はミトラ、偽りの聖女。また、私の口から言葉がでる。「どうして、私に何が起こっているの? 不安に、怖いはずなのに……どうして、恐怖を感じないの?」



「君は悪い子。諦めの悪い……こんな、悪あがきをやめたら?」



『ミトラさん、必ず助けます。だから、待っていてください。


 時の女神の娘、ドッペルゲンガー。お前の思い通りには、絶対にさせない。』



 白い霧の様な鳥の羽が、とても綺麗に、淡く光っている。白き鳥の羽をもつ少女が、私と誰かに語りかけた。時の女神の娘、天使の子はそう言いました。私がまた答えます。



「本当に諦めの悪い子、私には勝てないのに……諦めなよ、君たちの負けは―。」




 身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッド


 私は振り向く。薄暗いあかつき闇の中、何かが羽ばたきながら近づいてくる。黒いローブが、闇の中に溶け込んでいて、腰から赤い血で覆われた、大きなコウモリの様な羽を生やした者。何もかも凍える、冷たい白い瞳と目が合った。



 白い霧が教えてくれる。これは血液操作、血の凝固化。身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッド。他者の血を奪い、自身の魔力と混ざり合わせて、食料にも、武器にも使用できる。大量の血を保有している吸血鬼だからこそできる能力だと、霧が囁いてくれる。「!? 吸血鬼? 黒い髪の白い瞳の少女……あの子、私に声をかけた子だ……。」



「グローリアちゃん、貴方は、私に近づくのはだめよ。

 時に呪われた吸血鬼ちゃんは、私に近づかないで……。」



 私がそう言うと、私は悪魔の女神の極界魔術を行使する。それはとても黒かった。皆既日食による闇の中から出てきた様なもの。



 光のない真っ黒―虚無。私の周りに、全てを消す黒い輪っかが回転している。



「悪魔の女神の極界魔術。帰天きてんの刻―終焉の時。」



 天の神■■■の時の魔術、虚無の黒き輪。



「極星極界魔術―悪魔の女神の神具。

 破壊をもたらす勝利の双剣―終焉の時の断絶セイバー。」



 すると、その黒い輪っかに反応したかの様に、連鎖して、もう一つの輪っかが現れた。白い天使の子の周りでも、とても、白い輪っかが回転している。



 全てが凍える白さを放って光り輝く。霧が私に囁く。私の腕に宿っている白き聖痕。それと同じものが、白き輪っかにも刻まれていると……。



『極星極界魔術・帰天きてんの刻―再生の時。』



 希望の魔女■■■の時の魔術、白く光り輝く輪。



『極星極界魔術―白き人形の神具。

 再生をもたらす勝利の双剣―再生の時の断絶セイバー。』



 

 だめ、この子たちは喧嘩をしている。


 姉妹の喧嘩。その魔力、規模が凄まじい。人間の私ではよく分からないけど、たぶんやっていることは、ただの喧嘩です。「だめ、可愛い我が子が、喧嘩するなんて……だめ、絶対に……私はこの子たちを、母親として守らないと!」



 私が強くそう思った。すると、自分の体が動く。私の意思で体を動かせる。



 それが分かった時、私は夢中で右手を伸ばした。


 自分の周囲で回る、光のない真っ黒。全てを消す黒い輪っかに、自分の右手が近づいた。「見た感じ、明らかにやばいもの。腕が吹き飛んでもいい……この子たちの喧嘩をとめないと!」



 『!? お母さん、だめ、やめて!』、私の傍にいた白い少女が、大きな声で叫ぶと、黒い輪っかが消えた。私の周りにはなにもない。



 突然、私の手や腕に巻きつく。魔力が混ざった吸血鬼の血、赤い糸となって、伸ばした私の右腕にくっ付いている。


 その瞬間、視界が暗転する。薄暗いあかつき闇から、真っ黒な暗闇に変わっている。私は不思議な夢を見ているのかもしれない。「それなら……早く、目が覚めて……ノルンちゃん、あの子を抱きしめてあげたい……。」



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 でも、この奇妙な夢はまだ続く。私はまだ、目を覚ませないみたいです。


 ここはどこだろう? 薄暗いあかつき闇、どこかの古い遺跡みたい。少し埃っぽい空気、私は鉄とガラスでできた、ドーム状の大きな屋根の下にいます。足元には、小さな草や花が咲いている。きっと昼間なら、太陽の光が降り注いで、居心地の良い場所になるのでしょう。



 白い霧が教えてくれた、ここは、迷い星テラの外にある宇宙空間。


 迷い星の外にある衛星、そこにある秘密の遺跡らしい。霧が教えてくれても、よく分からない。まあ確かに、体が軽い。重力操作を行った時の様に……衛星の重力は弱い。呼吸はできているので、この秘密の遺跡にも、昔の人が住んでいたのかもしれません。


 私はミトラ、偽りの聖女。どうしてここにきたのか分からない。そう思っていると、黒いローブを着た黒髪の少女が現れた。たぶん、転移魔術だと思う。


 何もかも凍える、冷たい白い瞳をもつ黒髪の少女。この子は、魔物の上位種。龍種と肩を並べることができる魔物。人が恐れる、夜の支配者―吸血鬼だ。



 白い瞳の吸血鬼の少女は申し訳なさそうに、私に話した。



《ミトラさん、ごめんなさい。時間が無くて、貴方を転移魔術で運びました。

 すぐに、あの子が追ってきます。私の血を、貴方に渡します。》



 吸血鬼の朱色ヴァーミリオンブラッド、私の両腕に、ちくっと針を刺した時の痛みがはしる。どうやら、朱色の血が、私の腕の中に入った様だ。


 やっぱり私は、これは夢だと思う。私は怖いとまったく思わなかった。白い霧の影響かな、霧がこの子のことを、仲間だと囁いているの。


 私は、白い瞳の吸血鬼の少女に親しみを覚えていた。「特に、変な感じはしない……強い痛みはない……この子、どうしてこんなに悲しそうに……。」



《うまく説明できなくて、ごめんなさい。

 今の貴方なら、血の拒絶反応は起こらないと思います。間に合わなくて―。》



『ルーン、もうだめ。ごめん、逃げるよ!』



 吸血鬼の黒い髪の少女の後ろに、白い鳥の翼を生やした天使の子が現れた。吸血鬼の少女を、ルーンと呼んだ。もう一人の我が子は、白い瞳のルーン・グローリアを後ろから抱きしめて、魔術を構成している。




『はあ、まったく、君たちと言い、お母さんと言い……。

 どうして、私を置いていくのかな? そんなに、私のことが嫌い?』



 私の子だ、我が子、白い少女がそこにいる。あの子が泣いている。


 いつもと違う。あの子の姿が変化して、膨大な魔力によって成長していく。白い少女の時と比べると、少し背が伸びた。まだ大人ではないけど、15~16歳くらいに見える。大人の女性になろうとしていて……。


 そして、魔力は形あるものに変わる。白いローブに金細工を身に纏い、神聖な雰囲気を醸し出す。


 あの子は白い翼を得た。あの子の腰や肩から、白い鳥の翼が生える。6対の12枚の白き翼。肩から3枚、腰から3枚、左右あわせて12枚の翼は、美しく調和している。白い霧が私に囁く、あれは全知全能なる天の神の再誕リバース、12の時の翼だと……。



『もう、どうして、私を……私を一人に……。』



 白い霧が、私に教えてくれた。あの子が悔しそうな表情で泣いている。あの子の気持ちが、私に伝わってきた。



 ああ本当は、この子は怖いんだ。この子は幼い子。強すぎる力のせいで、この子はずっと一人。だから失うのが、一人になるのが嫌なんだ。


 私は、あの子の気持ちが分かると、翼を羽ばたかせる我が子に、ゆっくり近づいていった。


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 私はノルン、全知全能なる天の神。12枚の白き翼を羽ばたかせて、光の輪の中にいた。複数の輪はぶつかることなく、調和して回転している。


 美しい光の輪と12枚の白き翼。ミトラが、ゆっくり近づいてくる。私の新しいお母さん……。



《ミトラさん、だめ! 今、その子に近づいたら―。》 



『ルーンが死んじゃったら、本当に詰むんだから……今は堪えて!』



 悪い子たち。もう一人の私―青い瞳の白い人形が、白い瞳のルーンを抱きしめて止めている。転移魔術の構成。また邪魔をして……また、私から逃げる。いつも二人で、悪い子たちはいつも一人じゃない。



 私のことを、世界の中で最も理解することができるのに。それなのに……許せない、私から逃げる奴、離れていく奴……。


 私を一人にする奴ら、皆、私の世界から消えてしまえ!



『お前らなんか、大きらい! 私の気持ち、お前なんかに分かるもんか!』



『!?……なに、泣いてんのよ! お前が最初に―。』



 「ノルン、大丈夫。わたしに、苦しいもの、ぶつけてごらん?」ミトラが、私にそう言った。私があげた、白き聖痕がなければ、簡単に死んでしまう……すぐに死んで、私を一人にするくせに!




『もううるさい! 私に話しかけるな!』



 私の感情が爆発した。それがきっかけとなって、複数の光の輪が一気に大きくなり、全てを切断……鉄とガラスでできた、ドーム状の大きな屋根がばらばらに、古い遺跡の壁・岩盤も全て切断されて消し飛ぶ。


 天の神の膨大な魔力によって、迷い星の衛星の表面、数えきれない程の巨石が深く抉られて、宇宙空間まで吹き飛ばされていく。



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 ここは迷い星テラの外、空気のない宇宙空間。気温-270℃。


 私はノルン、時の女神の娘。『私らしくない、こんなに感情を制御できずに……子供の様に泣いてしまって……。』


 天の神は、宇宙空間に佇んでいる。私は呼吸を止めた。酸素がないのなら呼吸しなければいい。私の魔力が循環して、生命維持に必要なエネルギーが体の中をめぐっていく。



 宇宙空間―惑星間空間に慣れた。暑さも寒さも、何も問題にならない。



 悪い子たちは転移魔術で逃げている。弱いのに、逃げ足だけはいつもはやい。吸血鬼たちが住みかにしていた、秘密の遺跡は消し飛んでいる。空気はなくなり、酸素が必要な生き物は生きられない。


 そう、この環境では、弱い人間はすぐに死ぬ。ミトラも、私を一人にする……。



「ノルン、大丈夫……お母さんが傍にいるよ?」



『!? うそ、お母さん、どうして……。』



 そう、そうだ。対象の意思は関係ない。創り出すのは、悪魔の女神……。



 悪魔の女神の極界魔術、再生の聖痕。女神の霧が濃い。

 

 私には見えた。ある未来が見える。私が心から願う時が……女神の白い霧が発生。白い聖痕が効果を発揮して、ミトラを治していく。それだけで終わらず、白い霧が、女神の魔力が、彼女にどんどん重なっていく。



 ミトラの姿に、銀色の髪の女性の姿が重なって見えた。悪魔の女神、いや違う。



 時の女神ノルフェスティ、私の大好きな母だ。



『!? お母さん……お母さん!』


 銀色の髪は長く、腰まで届いている。紐やリボンなどで纏めておらず、女性が歩くたびに緩やかに波打っていた。その眼はとても冷たかった。何もかも凍える冷たい白い瞳で、私を見て、そっと抱きしめてくれた。『お母さん、私のお母さんだ……私だけ、一人はもう嫌だよ。』



《大丈夫よ、あの忌まわしき眼、創造主は滅びる。

 私がずっと傍にいてあげる。大好きよ、ノルン。》


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 そして、城壁都市の時は、再び動き出す。


 白き太陽がさんさんと降り注ぐ。先程の奇妙な夢は、やっと終わって、私は目が覚めた。普通に話すこともできるし、体を動かすこともできる。



 私はミトラ。聖リオノーラ学院の学生だった頃の姿です。


 聖女聖誕祭、パレードの再開。私は聖女として白き天使の祝福を受けていると、集まっている人々から、より歓声が大きくなった気がした。


 豪華な馬車は計画通り、予定のルートを進んでいく。私の前には、むすっとして、不機嫌そうなジョナス君が座っている。あとで、絶対に謝ろう。馬車から落ちた時に怪我をしていなかったら嬉しい。



 白い少女は、私に抱きついている。パレードなので、離れた方がいいよと、優しく教えてあげる。さっきの天使、この子には怖かったみたいで、私から離れない。「可愛い、こんなに可愛い子……白き天使も、吸血鬼の少女もいない。私はまた、不思議な夢でも見ていたのでしょう……。」



 それに、抱きつく少女の力が強い気がする。今までと比べたら、すごく嬉しそうに、私に接してくれる。可愛らしい、少女の無垢な笑み。こっちまで幸せになってしまう。白き天使が見せた、奇妙な夢。白い少女が天の神に……。「こんなに可愛い子に……そんなことがあるのかな? 私にはよく分からない。」


 私はこの子に優しく、小さな声で語りかけてあげた。私に囁く白い霧が、そうして欲しがっている。霧の中にいる誰かの気持ちを、私に重ねて……。



「ノルン、なにか、叶えたい夢はある?」



『? あるよ、私の夢は……お母さんと一緒に幸せに暮らしたい!

 ただ、それだけでいいの。お母さん、私の夢を叶えてくれる?』


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