第2話 格好も頭もおかしな少女



 久野市 忍……彼女と初めて会ったのは、今からわずか一週間前のこと。

 あのときのことは、今でも鮮明に覚えている。なんせ……


「……なにあれ」


「主様のお部屋は……はぁはぁ……お部屋は、どこ……はぁ、このへんかなぁ……!」


 アパートの部屋の前で、うろうろしている珍妙な恰好の女の子がいたからだ。なにかのコスプレか、と思ったくらいだ。

 それだけでも目立つのに、彼女の行動がさらに違和感を大きくしている。


 基本アパートは、部屋がいくつか並んでいるものだ。ぱっと見、どこが誰の部屋かはわからないだろう。なので、確認するには表札を確認するしかない。

 表札を出していれば、の話だが。そうでない場合、どうやって確認するのは人それぞれだが……


 並んだ部屋の前を、行ったり来たりしている人物がいる。なので、そりゃ目立つ。

 一瞬、通報しようとも思った。明らかに変な人だからな。ただ、部屋の前を変な女がうろうろしている、と聞いてちゃんと取り合ってもらえるだろうか?


 さて、どうするかと考えていたが……それは突然のこと。まるで気配に気づいた獣のように、俺を見つけた彼女は……猛スピードで、突っ込んできた。


「見つけたー、主様ですね!?」


「ごはぁ!」


 ……ファーストコミュニケーションは、腹部への鋭い頭突きだった。あの石頭め……

 もしもあのまま、足を踏みしめることができなければ、後ろの階段から落ちていたかもしれない。足を踏みしめた俺偉い。

 ここは二階で、俺は学校から帰ってきたところだった。後ろへ倒れれば階段下へ真っ逆さまだ。


 俺に鋭い頭突きをぶつけてきた彼女は、顔を上げ、俺の顔をじっと見る。一言文句を言ってやろうかと思ったが……


「はぁー、聞いていた特徴と一致します! 男性、短めの黒い髪、黒い瞳、ちょっと不愛想な目付き、ええと……こんたーくととかいうものをつけている目、薄めの眉毛、すらっとした形の鼻、身長172センチメートル、体重65キログラム、おしりのほくろ……

 瀬戸原 木葉様ですね!」


「いや、そりゃそうなんだけどそんな特徴結構いる……

 いやちょっと待て! なんだ後半の情報! こわ! この子こわ!」


 謎の女は、なぜか俺の特徴を次々と口早に挙げて、俺に抱き着いていたのだ。

 ちなみに、その夜鏡を使って確認してみたら、本当におしりにほくろがあった。本人も知らなかった秘密。


 そんな、格好も頭もおかしな少女……これが、久野市 忍との出会いだった。

 外でギャーギャー騒がれるのも周りに迷惑だったので、部屋の中に招いた。これが、彼女を部屋に招き入れた一度目だ。

 二度目は勝手に入ってきたのは、置いておいて。


 部屋に入れた理由。見るからに怪しい女だが……さっきの意味深な特徴はともかく、この子が俺に用事があるってのは本当らしいしな。


「それで、キミは……」


「久野市 忍、十五歳です! この度、主様の下で主様を守り、お世話をするために、ここへ参りました!」


「……」


「あ、私、忍びの家系でして。主様は、こんな小娘になにができるんだとお思いでしょうが、なんでもお任せください! なんせ、忍びですから!

 ……あ、私が忍びの家の者だというのは、内緒ですよ?」


「…………」


 このときの俺は、比喩表現ではなく思考が止まった。マジで。

 なぜか俺を訪ねて来た女の子。その子が、いきなり俺の世話をすると言い出したのだ。


 しかも……忍び、だと? このご時世に?

 その上、内緒にできるような名前してないだろ。むしろふざけてるだろ。名が体を表しすぎだろ。


 言いたいことはたくさんあったが、これらを押し殺し、深く息を吐きだした。


「はぁ……まあ、なんだ。

 そういう設定のお遊びは、もっと小さい子とだね」


「お、お遊びではありません!」


 これは、なにかの遊びなのだろう。そう思って、俺はなるべく優しく語りかけたのだが……それは、この子にはお気に召さなかったらしい。

 だが、これを本気だと、思えるはずもない。


 そういうごっこ遊びだと思った方が、まだ現実的だ。

 十五にもなって、なにやってんだと思うが。


「今日のことは誰にも言わないから、家に帰りなさい。ご両親も心配しているだろう」


「……いませんよ。私には、父上も母上も。残っている身内はじっちゃまだけです」


「……それは、ごめん」


 なるべく穏やかに帰すつもりだったが、どうやらこの子の暗い部分に触れてしまったようだ。

 いや、これがお遊びなら、両親の話もそういう設定なんじゃないか?


 もし、そうだとしたら……

 俺は、再び口を開いて……


「主様のご両親と、同じですよ」


「……っ」


 突然の言葉に、出てくるはずだった言葉は、引っ込んでしまった。

 俺の両親と、同じ……それは、どういう意味だろう。


 それを聞くよりも先に、彼女は続ける。


「主様のご両親も、亡くなっていますよね。そして、残った身内は主様のお祖父様だけ」


「……なんで、それを」


 彼女の言葉は、真実だ。確かに俺の両親は、昔死んでいる。病死だった。

 今では、残ったのがじいちゃんだけ……じいちゃんは、幼かった俺の面倒をよく見てくれて、俺もじいちゃんに懐いていた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る