第15話. 驚くべき事実

 8月の初旬が過ぎ、塾の夏期講習と軽音楽部の活動が休止になった頃、私は北関東の実家へ帰った。中規模都市の中心からやや離れたところに位置する実家の花屋は歴史が古い由緒ある店だった。花道の展覧会に用いる高価な花材を花道教室に卸していることもあって、祖母も母も花道や茶道、書道を学んでいた。父だけは無骨な商売人気質で、ビジネス一辺倒だった。商工会議所関係のお付き合い以外では趣味というものがなく、後継の一人息子である私に家族の文化的悲願がかかっていたのだ。


 私はそういった古典的な芸術関係にのめり込んでいった反面、留学した影響もあって自由なアメリカのポップカルチャー、特に自由を渇望するロックンロールに憧れた。他の連中のようにヒップホップやkpopも気分を盛り上げたけれど、ナチュラルハイになれるのはやはりロックだった。


 自宅の勉強部屋に戻った私がまず手に取ったのは、高校時代バンド活動で愛用したフェンダーの日本製ストラストキャスターだった。ロックの黄金時代、今ではYouTubeで生の動画が見られるディープパープルの伝説神ギタリスト、リッチー・ブラックモアが使っていたモデルだ。リスペクトする英国人アーティストがあえて日本製のギターを弾いていたことも私をとても熱くした。


アルバム、メイドインジャパンの中で絶叫するイアン・ギランのヴォーカルとリッチーの天才的狂気が詰まった曲、チャイルドインタイム。Bluetoothで接続したスピーカーで聴いていたら、高校時代のライブステージが蘇り、思わず目が潤んだ。70年代のハードロック、そして80年代以降のヘヴィメタルーーーーメタリカ、AC/DC、ブラックサバス、ジューダスプリースト、アイアンメイデン・・・。ロッケンロー!



オレって、なんでこうやってムダにアツいんだろう。

アツいのは上半身だけじゃなくて下半身もすぐにアツくなる。

オレって、生まれて来た時代が違うような気がする。


階段の下から、店番頭のユノムラさんが声をかけた。


「ぼっちゃん、お友達が来られましたよ。」


下へ降りると店先にいたのは同級生のヨシトミテツだった。ヨシトミは地味だけどとても頼りになる男で、高校時代の親友といってもよかった。派手目でイケイケの自分には無縁の落ち着いた物腰に私は安らぎを感じていたのだ。


「やあ、シンタロウ、元気そうだな。」


右手を挙げていつものはにかんだような笑顔を向けた。


「実はもうひとり今日は来る予定なんだけど、あ、来たきた。」


店へ向かって横断歩道を渡って来たのは背が一際高いヤナギモト先輩だった。


「よお、シンタロウ、久しぶりだな。東京はどうだ?」

「あ、はい、一年過ぎたしだいぶ慣れましたよ。先輩もお元気そうですね。」

「やっぱ、思ったとおり、だいぶ垢抜けたな。お前らしいよ。」

「あ、はい、ありがとう、って言っていいのかどうなのか、わかんないですけど、ね。」



 私は少し戸惑いがちに言った。やはりユキナのことがあったからだ。しかし現在ユキナと付き合っているヤナギモト先輩にその後のユキナについて尋ねたい気持ちで溢れんばかりだった。


「あ、こんなとこで立ち話もなんだし、お入りになりますか?オレの部屋で話しませんか?」

「オレもそう思って来たんだよ。でも、いいのか?」


流石だ、いつも私の気持ちを察してくれるふたりに心から感謝しながら私は2階の勉強部屋へ通した。


「ユキナがよろしくって言ってたよ。」


先輩が口火を切った。

「お前にはとっても誤解を与えちゃった、って嘆いてたよ。お前がユキナを責めた後、ユキナの取り巻きが同情の余りリアクションを起こし過ぎて、引くに引けなくなったらしいんだ。本人の周りに親衛隊みたいに女子の連中が纏わりついてお前を口汚く罵り続けて、自分の真意と違うことがクラス中に広がって。


 あの時、彼女はお前にサシであって弁明したかったらしんだ。それが出来ない状況になって泣き虫なあいつはずっと嗚咽してたんだよ。そしてそんな自分に今度は嫌気がさして、暫くの間呆然としてたんだ。


 3年生の二学期、冬休みの始まる前、オレはユキナに放課後教室で出会って、気持ちを打ち明けさせたんだ。そんなこともあって進学先も同じ県立大学だったんで交際がスタートしたんだよ。


「お前、一度ユキナに会うか?」

「え、いいんですか先輩、オレ、元カレですよ。」

「いいともさ、お前の気持ちはユキナにもう動かないはずだから。それはな、なぜかっていうと・・・」


先輩は肩掛けバッグからボールペンとノートの切れ端を取り出し、そこに漢字で大きく書いた。


   「比企真由」


「その後のユキナを心から支えた本物といえる親友さ。」


つづく













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