第12話

三時間後、東京駅に到着しホームに降り立った後琳に電話をかけて自宅に向かう事を告げると、響の様子はどうだと返答してきたので平穏にしていることを伝えると少しは安堵していた。町田市に着いてそこから歩いて十五分のところにある琳の家に着きインターフォンを鳴らすと、彼女が急ぎ足で出てきては涙ぐみながら響を渡してくれと言ってきたので付けていた抱っこ紐を外して彼を渡すと強く抱きしめていた。


リビングに入り預かっていた手荷物を全て返し何故秋田まで行ったのかを尋ねてきたので、響の気晴らしになるようなことをしたかったと話すと僕の頬を平手打ちしてきた。


「本当に馬鹿だよ。この子の身に何か起きたらどう対処しようとか考えていたの?」

「ごめん。自分の子だって言われた時衝動的に連れていきたくなったんだ。誘拐をしようだなんてそんな粗悪な真似をしたいなどと考えなかった」

「普通に見ても誘拐扱いになるのよ。旦那が奏市が来たら警察に連れて行けってしつこく言っている。どうするつもり?」

「行くよ。一応琳もついて来てくれるか?」

「ええ。事情を伝えてから今回の事が刑罰を受けることになるのか知りたい」

「なあ……旦那には本当のことを言っていないのか?」

「今はまだそれどころじゃない。いっぺんに言うと混乱するだけよ。まずはこれから警察署に行こう」


それから響を彼女の母親の元に預けた後ともに警察署へ行き経緯を伝えて響との関係や子どもを連れて秋田まで行ったことを全て話し、担当した刑事から聴取をしている際に琳が次の事柄を話した。


「私は母親としては育児を疎かにした事はないです。ただ奏市は実の父親だというのは本当です。彼に事前に告げていなかったことは私の責任です。今回は彼を誘拐扱いにしてほしくないんです。響の将来を考えるとお互いの傷を深い溝で埋まってしまうからです。この二人には親子の認識をいつかしてもらいたい。なので訴えることもしませんのでどうかこのまま解放してあげてください」


そう言って琳は深く頭を下げていた。


「三津谷さんも悪意を持って犯行に及ぼうとしたという事ではないんですよね?」

「はい。その子には決して手をあげようとか悪質な行為をしたいなどとは一切考えてなんかいません。純粋に子どもと向き合ってみたいと思って連れて行っただけでした」

「一応双方の考えが整っていますので今回は犯罪という形式は取りません。ただもし今後似たような事を取った場合にはその時の状況次第で罪が着せられます。お二人とも、お子さんを大事に見守って周囲の方ともよく話し合って和解するようにしてください」

「わかりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」


その後琳の自宅に向かい家の中に入ると旦那が待っていた。その途端に彼は僕に向かって襟首をつかんできたがすぐに手を離した。


「あなたが誘拐をするような人間には見えない。そういう人柄じゃないことを琳から伺っています。ただ数日間連れ去っていったことは許しません。当分の間は僕たちには構わないでいただきたい。響があなたを父親だとわかる前に立ち去って欲しい……約束してもらいませんか?」

「はい。あの子のためにそうします」

「奏市、本当に約束してね」

「わかった。二度と会わないようにする。もう、十分です」


その一時間後自宅に着いて荷物を置いた後ソファに座り、無機質で不穏な空間が漂う部屋に戻って来たことに身体が思い出し、また一人きりの生活を過ごしていくのかと朧げに考えていた。先ほどまで抱えていた響の体温がまだ残っている。

秋田で一緒に見た青空に向かって指を差しながら嬉しそうに笑う彼の姿が焼きついて、もうその夢が消えていくのかと思うと虚しさが込み上げてきた。響を抱きしめたように両膝を抱えて頭をもたれ、自然と溢れる涙をしばらく流しているうちに、スマートフォンに着信が来たので画面を見ると母からだった。


「ずっと電話が来なかったからどうしたのか気になって。仕事忙しいの?」

「黙っていてごめん。俺、秋田に行っていたんだ」

「秋田の誰のところ?」

「航大おじさんたちのところ。急に会いたくなって三日くらい行っていた」

「今時期に行くなんて珍しいわね。義兄さんたち元気だった?」

「うん。偶然絵麻にも会えたんだ。あいつ大人びてびっくりしたよ」

「そう。そうしたら畑山の家には行ってはいない?」

「うん。行けなかったけどおじさんたちが法要出たから大丈夫だよって言ってくれた」

「そうか。まあそれでいいのよ。あまり手間をかけたくないしね。ねえ、あなた鼻を啜るのが聞こえるけど風邪でもひいたの?」

「いや、違うよ。くしゃみをしただけ」

「それなら良かった」

「母さん、ひとつ聞いてもいい?」

「何?」

「俺、結婚ってできるのかな?」

「何よ急に……まあ相手の人がいるなら考えでもいいとは思うわよ」

「それが、まだ誰も相手がいなくてさ。なんか……友達の子どもとか見ていたら、胸が締め付けられてさ。自分も子ども欲しいなって」

「わからなくもないけど、焦ることもないわよ」

「俺が未だに独身って訳ありな感じがするよね」

「女性はともかく男性はその時の縁が巡ってきたら考えでもいいことよ。まだ仕事だって落ち着かないでしょう?私はね、良いタイミングが来たら報告してもらいたいかな」

「それなら母さんがもっと歳をとってしまう。なんか……焦るんだよ」

「生前ね、お父さんがあなたに対して言っていた事があるの」

「何?」

「奏市の将来を押し付けるようなことはするなって。小学生の時に人一倍ずっと我慢してきたから、その分負担になるようなことはするなって言っていたの」

「親父が?」

「お父さん、あなたが長男だから立派な人間になってほしいって考えていたけど、それは私たち親のエゴになるからやめておこうって。あの人、奏市を一番に考えていたから。空が澄み渡る頃を見上げた時に本当の人間の理念が見えてくるものだって言い残して、あの後亡くなったわ」

「親父らしいね。家族みんなが幸せでいてくれたら、それでいいって言ってくれているようなものだね」

「だからあなたも目の前の事を真剣に向き合って楽しく生きていて欲しい。それが家族の願いだから」

「ありがとう。また、かけるね」

「ええ。何かあったらまたいつでも電話して。じゃあおやすみなさい」

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