第8話

秋田に来てから三日目の朝になった。


会社の上司に電話をかけて法事があるので今週末まで休暇を取らせてほしいと嘘の用件を告げるとなんの疑いもなく聞き入れてくれた。ここまで人を騙すようなことなんかしたくはないが、自分の取っている行動を考えると致し方ないと甘い考えで自分に返答するしか術がなかった。居間のむこうから航大が電話をかけている声がしたのでリビングへ行くとちょうど電話を切ったばかりだった。

母の従姉妹にあたる人から連絡が来たと言い僕がここにいることを話したらしく、これから家に来ると告げてきた。一時間ほど待った後に玄関から詩織を呼ぶ声がしたので僕が行ってみると従兄妹の絵麻が一人で待っていた。


「えっもしかして奏市?うわあ久しぶり。見ないうちに老けたわね」

「なんだよ、その言い方。そっちだって年取っているじゃん」

「あがらせてもらうね……ああおばさん。これお母さんが作ったたくあん。凄いいっぱい作ったからわけてあげてって」

「あらありがとう。本当姉さんたくあんもお惣菜も作りすぎたのね。まあこれでしばらくは食材に困らなくなったわね」

「お水貰っていい?もう喉乾いてしょうがないの」

「外ってそんなに暑い?今日は雨が降るから気温も上がらないはずよ?」

「私が汗っかきだからもう疲れて疲れて……何よ奏市、そんなにおかしい?」

「だって昔から変わんねえなってさ。なにかと疲れたっていう口癖治ってないよな」

「だって本当に疲れているんだもん。今日は仕事休みだからよかったけど、また明日から缶詰状態になるしさ」

「今どこで働いているの?」

「水産加工の事務。加工場のおばちゃん軍団にもまれながら殺気立って闘っているよ」

「家って秋田市だよな?実家なのか?」

「ううん、アパートで一人暮らし。ねえねえあんた子ども連れてきているって本当?」

「ああ。今連れてくる……」

「……うわっ可愛い!お名前なんて言うの?」

「響だよ」

「そう響かあ、頬っぺたぷくぷくしていて柔らかいねえ。……え、この子ってまさかあんたの子?」

「そう。おじさんたちに会わせたくてさ。今閑散期だから有給使ってこっちに来たんだ」

「いつ結婚したの?」

「二年前。その後にこの子が生まれたんだ」

「へえ。奏市も大人になったね。……あっあれ忘れた」

「何?」

「樽。お母さんが使っていた漬物の樽持ってくるの忘れたの。今から取りに行くわ」

「何も今日じゃなくてもいいわよ」

「今度こっちにいつ来れるかわからないんだ。早いうちに返したい。奏市、せっかくだから私の実家に顔出さない?」

「それはいいけど、響どうしよう……」

「それなら俺達が見ているから行ってきなさい。絵麻のところに挨拶してきなさい」

「じゃあ、おじさんに預けるね。響、お家で待っていられる?」

「んむ。むああ……」

「大人しい子だから大丈夫よ。何かあったらスマートフォンに連絡入れるから」

「それじゃあ早速行こう」


僕は絵麻の自家用車に乗り一時間ほどかけて秋田市内に向かった。時折横目で眺めては彼女の運転する横顔が印象に残り、以前より大人びた表情を伺わせる雰囲気に惹かれようとしていた。

長い黒髪と艶のある頬と唇、Tシャツから覗かせる色白く細い腕にハーフパンツから出る長い脚を見て自然と目がいき見惚れていた。

二人きりになっていることもあり先程の気丈さから離れて振る舞い方に優姿やさすがたを見せてくる。


次第に彼女を女性という意識が強くなっていき、男の性が根元から剥き出して触れてみたいという欲が身体中を巡りだしていた。途中喉が渇いたのでどこかに立ち寄りたいと言い出し、コンビニエンスストアかドラックストアに行きたいというと数キロ先に見えたドラックストアに寄ることにした。


「何買ったの?」

「スポーツドリンク。お前の分も買った、飲む?」

「ああありがとう、いただくね」


その後絵麻の実家に着いて、中庭にある小屋の中から漬物樽を取り出していると後ろから彼女の母親が来て僕を見て挨拶をした。秋田に急に来ていることに驚いていたが僕の母親の事を心配してくれていたので東京のみんなは元気だと伝えるとまたいつかここに来て欲しいと言ってくれた。

大仙市に戻ろうとした時絵麻は一旦自宅で休みたいと言ってきたのでそこから三十分先にある自宅のアパートに着いた。階段で二階へとあがり玄関を開閉して台所からつながる居間へと入ると絵麻はクーラーをつけて僕もローテーブルのクッションのところに座ってしばらく会話をしていた。


「お前、彼氏いるの?」

「うんいるよ。まだ一年くらいだよ」

「仲いいの?」

「それなりに。同じ加工場の次長やっているんだ」

「すごいじゃん。どんな人?」

「時々喧嘩すると気が荒くなるけど根は優しいよ」

「そう……」

「どうした?」

「俺は今の奥さんとうまくいっているのかどうかが分からなくなってきてさ。響が産まれてから育児に追われているから……結婚してよかったのかなってさ」

「不満なの?」

「多少の不満はある」

「あれはしてる?」

「いや。何も手を付けられないよ。響の事で二人とも手がいっぱい」

「じゃあさ……これからしていく?」

「お前と?」

「うん。奏市さよく見ると叔父さんに似ていい男になったね」

「そうか?」


絵麻は僕に近づいて太ももをさすってきた。彼女の手の感触が身体をくすぐるようで、いつの間にこいつも男を知るようになっているのかと思うと昔のような子ども同士でじゃれ合っていた時の無垢な心情はそこにはなく、男と女という存在が協調しあっていた。絵麻が僕の肩に腕を回して抱きしめてきたのでどうしたのか尋ねてみた。


「奏市、男の匂いで満たされているね。首元から私の好きな匂いがする」

「さっきドラックストアでコンドーム買ってきたんだ」

「私としたくて買ったの?」

「ああ。お前……結構色っぽくなったな」

「惚れた?」

「なんていうか……妙に女としてわずかな時間だけの間に抱きたくなった」

「従兄妹同士なのに、いいの?」

「従兄妹でも結局は血がつながっていないじゃん。……お前の身体、抱きたい」

「ホント溜まっているんだね。ふふっ、いいよ。少しくらいなら相手してあげる」

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