013 勇者の矜持


 鉄の剣を振るう。本当はきっとずっと強い武器を使えばいいんだろうけれど、俺は騎士ヴァーロウがくれた、この鉄の剣が気に入っていた。

 第一、総軍教本にも自分の実力にあった武器を使うことが肝要と書かれている。

 というのも分不相応に強い武器を持っていれば強い敵に狙われやすくなるし、奪われたときにそのままそれが敵の力になるからだ。

 ゆえに、強すぎず、弱すぎない、自分の身の丈にあった武具。この鉄の剣は俺にぴったりなのである。

 また、この世界の武器には隠しパラメーターというものが設定してあって、技量不足の人間が強い武器を使っても、武器の力を完全に引き出すことができないらしい(数値的な話だ。技量不足なら当たり前だろ、とかそういうわけではなく数字が足りないから絶対にできないという類の話だ)。あとスキルの熟練度上昇が鈍くなるとか。

 あとは例外として、勇者なんかは【聖剣】という人間に変身できる、成長する武器を与えられるらしいが、俺にはないので意味はないな。

 ちなみにこの聖剣というのは生涯一人の人間の為にしか力を振るえないようで、主人が死んでしまうと一緒に死ぬらしい。怖いね。

(寄生生物かな?)

 日本でそういう漫画あったよな、なんて思いながら、俺は総軍教本に載っている剣の振り方を練習する。

 図解だけだとあってるかわからないから、映像で正しい剣の振り方とか教えてほしいもんだ、と思いながらもこれをしっかりやってきたからゴブリン相手なら無双できるようになったんだ、という確信を持って練習を重ねていくのだった。


                ◇◆◇◆◇


「勇者様、その、どうですか?」

「すっげぇ美味い。すごいな、サリア。これキッチンとかじゃなくて、なにもない野営地で作ったんだろ?」

 えへへ、と笑う美少女サリア。俺はサリアが作ったシチューを啜り、パンをもぐもぐと食べる。

 サリアはものすごく料理上手だった。美少女で料理上手とかファンタジーか? あ、ここ異世界ファンタジーか。

 たぶん元の世界の高級レストラン並に美味い。

 ただこれは【料理】スキルの力もあるんだろうな。ちょっと気になってステータスと呟いて半透明の窓を自分の脇に表示させれば、この料理にはバフ効果もあるらしく、ステータスがほんの少しだけ【一時的上昇】を起こしていた。

「あー、それで夜間の見張りなんだけど、まず俺がやるから、サリアはそのあと頼むよ」

「ああ、はい。後半に見張りをする私は朝食の準備をしながら見張ればいいですからね」

 それは見張りなのか? とも思うが、まぁこの辺は街道筋で安全らしいからできるようだ。ちなみに俺が提案した順番は適当に考えただけでサリアが言うような意図はない。

 そんな話をしながら、俺は地面にちょっと長いロウソクを風よけ付きの台座と一緒に設置した。これ一本で一時間保つので、四本燃え尽きたら交代でいいだろう。

「一応、鳴子みたいなものも作ってみた。総軍教本に少人数のときの野営の仕方が書いてあったからな」

「あー、なんでも書いてありますよね。それ」

 なぜか複雑そうなサリアに俺はうむ、と頷く。まぁ代わりにすごく分厚いけれど。鈍器にもなりそう。

 俺が持っているのはこの一冊だけだが、別冊としていろいろな技術の専門書みたいなものもあるらしい。それを征服王陛下は全部書いたとか。

 この半年間ずっと総軍教本には世話になってたこともあって、グラン七世陛下を俺はこの世界で一番尊敬していた。きっとすごい頭が良くて、めちゃめちゃ豪傑なんだろうな。

 そんなことを話していれば、器が空になり、サリアがおかわりはいりますか? と聞いてきたのでシチューをどぼどぼと器に注いで貰ってから俺は夕食を堪能する。

 サリアはまだまだ仲間というより、ただの同行者という感じだが、料理上手な美少女メンバーが入ってきてくれて、視覚的にも味覚的にも苦行でしかなかった異世界生活は結構楽しいものになってきていた。

 とはいえ、だ。言うべきことは言っておく。いや、言わないでおこうかな。んんん、やっぱり言うか。

 少し考えて、俺は言うことにした。

「あー、勇者特権について少し考えたんだがな」

「――ッ、は、はい」

 サリアは同行者だが、まぁ一応仲間である。

 俺の方針や思想に従う奴隷ではないのだ。

 だから相互理解は必要なことだった。お互いを知るために、道中も積極的に会話をしたし、こうして食べながらも会話をする。

 俺は雑多な宗教様式に囲まれた日本人だ。無宗教だなんだと言っても、仏教だの神道だの儒教だの科学だのと思想の根幹には宗教がある。

 だがサリアは、女神教とかいうよく知らない宗教の人だ。

 そういう人間と一緒に行動する以上、あんまり俺があれこれと締め付けてもサリアのストレスがまずいだろう、と俺は思う。

「サリアがそういうのを勝手にやる分には、俺は何も言わない。それが俺の汚名になったり、借金額が追加されたりしない限りな?」

 宗教の人には教義とか、信仰とかそういうのがあるんだろう。俺はどっちかと言えば他人の行動には寛容でありたいと思っているから、豚食いたくねぇ! って人に豚食わせるとかそういうことしたいわけじゃないし、祈りを捧げるのを見苦しいからやめろとか、そういうことも俺は言わない。

 ただ俺も俺で信条があるから、これは言っておかねば、と口にする。

「ただな。俺はこの世界で奴隷にされたけど。それでも物乞い・・・とは違うから、働いて金を稼げる現状、その勇者特権とかいうので人から物をもらったりするのは嫌なんだよ。わかってくれるか?」

 勇者特権の存在を認めたのは、前回はちょっと頭に血が昇ってたのもあって、とにかく他人の言うことを否定してやろうみたいな感じになってたこともある。冷静な頭で、渋々と飲み込んだ結果がこれだ。

 女神教が言う勇者特権がなんなのかはいまいち曖昧だが、要は喜捨みたいなもんだろう、と俺は考えて、百歩ぐらいサリアに譲ってやることにした。

「物乞いってッ――~~……わかり、ました……ただ、その、奴隷とか物乞いとか、そういう認識はえーと――その、なんでもないです」

 なにか言いたそうに俺を見るサリアをじっと見ていればサリアは俺からそっと視線を外した。

 サリアは宗教の人だからな。宗教的に意味があるとかなんか言いたいんだろうけど、俺もちゃんとそこは譲ってやったから、あれこれと俺に布教はしないでもらいたいものである。


                ◇◆◇◆◇


(……奴隷、奴隷ってッ!)

 私の心は歓喜と怒りの両方で占められている。

 目の前の勇者様が美味しそうにシチューを食べている姿を満足そうに見ている心と、先程の話で怒りが止まらない心だ。

 勇者様が奴隷って! 確かに隷属の首輪はつけているし、借金という形で返済金の返済も存在している。だけれど、勇者は奴隷じゃない。もちろん迷宮の攻略はしてもらうが、その代わりにあらゆる贅を愉しむだけの待遇が勇者には存在している――はずだというのに。

 心中で深い、深い息を吐く。


 ――なるほど、可哀想だと思ったのが間違いだった。


 王族の族滅は妥当だ。関係者たちの九族も当然。むしろ速やかに死ぬべきであった。

 ここまで勇者様の認識が違えているとなると、もはや王国が滅び、新たな政体の指示で勇者様の待遇を変えてもらうしか、勇者様に勇者特権を納得させることはできない。

 そう、納得。納得だ。

 勇者様は恐らく、今から待遇を変えても理解はしてくれると思う。そういう柔軟性がある。

 だが内心では絶対に納得しないだろう。半年間の冷遇はその心に染み込んでいる。

 勇者特権があったなら、あの苦しい日々はなんだったのか、と。

 それでも、王国の王族がひとり残らず死んで、王国という形が消滅して、王国を悪者にできればその考えも変えさせられるはずだ。

 全ては王族が勇者様を利用したから! という形にして説得を行えば、恐らく――とサリアは考えたところで先程の話を思い出す。

 物乞い、という言葉だ。

(そうか。勇者様は放置されていたわけではなかったんだ)

 たぶん、最初は勇者様になんらかの手を差し伸べようとする人がいたはずだ。食べ物なり、武器なり、だけれど勇者様はそれらを断ったのだ。自分は物乞いではないと。


 ――それこそは、何も持っていない勇者様が、唯一この世界に持ち込んだ矜持プライド


 この矜持を傷つければ、恐らく自分はこのパーティーから追い出されるだろう。

 私はそれを尊重しなければならない。うまくやらなければならない。

(まぁ、それが聖女の、本来の役割なわけだけど、ね)

 聖女とは、勇者と世界とつなぐ翻訳機だ。

 パーティーメンバーとして戦うとか、勇者の種で孕むとかは余録でしかない。

 諦めない意思さえあれば無限に死にながら強くなることでSランクダンジョンすら攻略できる勇者様が、この世界の人々ときちんと交流できるように、この世界の人が貢献ができるように調整するための存在なのだから。


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