007 女神の評価(表)


 あれこれ言ってサリアを諦めさせようとした俺に対して、サリアが発した言葉は単純なものだった。

「食費は教会が出します。というか、勇者様が教会に来ていただかなかったから説明できなかったんですけど、勇者特権っていうものがこの世界にはあって、勇者様が望めば衣食住はだいたい無料になるんですよ?」

「勇者、特権?」

「はい。鍛冶屋に行けば勇者様とそのパーティーメンバーは武器の整備とか無料でしてもらえますし、装備が欲しかったらギルドに言えば無料で貸与できます。ご飯だってどんな高級店も勇者様相手ならお金取りませんし。宿屋だって勇者様相手なら無料で泊めてくれます」

 意味不明な言葉の羅列。そんな無茶が許されるわけがないだろう。なんだこいつ、という視線を向ける。ギルドの受付のおっさんに向かって視線を向ければ「事実です。勇者特権はそういうものです」と言われる。

 意味不明すぎる。なんだそれ? そんなもんあるなら俺もうちょっと楽できただろ。

「……ギルド宿泊施設整備費とか俺、毎回払ってませんでした?」

 サリアが嘘、と呟いておっさんをすごい形相で睨む。おっさんは冷や汗を掻きながら「王都ギルドからの指示があって」と言う。

 王都ギルドが指示。王都ギルドってことはここより上役だから、なんだ? 法律変わって勇者特権とか消えてるんじゃないか?

 確証もないのに、無銭飲食して捕まるとか、本当に困るから唆さないでほしいんだが。

「ははぁん。やっぱ勇者特権とかいうの、上は廃止したんだな。金もかかりそうだし。謎に返済金も増えてるんだから、妙なこと言って俺を騙さないでくれ」

 パンは美味かったがやはり宗教家は普通の人と考えることが違う。サリアに向かって、くくッ、と笑ってしまう。

 サリアは俺と同年代か年下に見える少女だ。見た感じ小綺麗で世の中苦労してなさそうな感じがするし、頭がお気楽お花畑なんだろうな。

 そんな彼女にこの文明度が最低な、未だに奴隷制度の存在するクソ世界の底辺でさまよってるD級勇者が現実を教えてやろう。

「あのなぁ、常識的に考えて勇者だから特権でなんでも無料になるなんてあり得ないからな? 食ったら金を払うのは当たり前。なんか借りるなら対価を払うのも当たり前。第一、なんでもかんでも無料ってんなら無理やり召喚されて、よくわからねーけど戦わせられてる俺がなんで返済金とか税金払わなくちゃならねーんだよってなるだろ?」

 俺がゴブリンぶっ殺して稼いだ微々たる金の九割五分ぐらい徴収してる時点でそういう甘いことは一切許されてないんだろうよ。クソ女神のクソ世界だな、なんて思うもまぁダークファンタジー系ラノベだったらこの時点でクラスメイト全滅、ヒロインは三人ぐらい寝取られて、隷属の首輪で俺は感情を失った戦闘マシーンだったりしてもおかしくないからな。俺が召喚されたこの世界はたぶんまだ甘い世界なんだろうさ。

「そんなこと、思ってたんですか?」

 ギルドの受付のおっさんが言ってくる。あーあ、聞かれてしまった。まぁいいや言ってしまえ。口調を取り繕うもやめだやめ。敬語なんてもともとやりたかなかったんだよ。この世界の連中になんて。トラブルになったら困るからしてただけだし。

「当たり前だろ。誰が好き好んでたった一人で殺されたり殺したりするかよ。まー、やることないし、Sランクダンジョンクリアしたら帰れるかもしれないからやってるけどさ」

 たぶん本来の俺ならここでキレて殴りかかってもおかしくなかった。だが【感情抑制】が仕事をして俺の怒りも悲しみも抑えてしまうのだ。

 さて、と俺は呟いた。

「そろそろ出発させてくれないか? 俺はあんたらの為にダンジョン攻略する勇者様なんだろ? ぐだぐだとよくわかんねー話に巻き込まないで仕事をさせてくれよ」

 頼むよ・・・、と頭を下げる。頼むよ、俺にダンジョンを攻略させてくれ。あんたらそう望んで召喚したんだから、俺がそうすることを邪魔しないでくれ。勇者特権だかなんだか知らないが、俺を無銭飲食だのなんだので犯罪者にしようとしないでくれよ。

 税金とりたきゃとればいいさ。冷遇だってされてやるよD級だからな。わけのわかんねー話も笑って聞いてやるよ時間が余ってたらな。でもあんまり俺の邪魔をしないでくれよ。

 そんな想いを込めて頭を下げ続ければ「頭を上げてくださいッ!!」とサリアに無理やり頭を上げさせられた。

 真っ青になったサリアは「勇者特権のことは忘れてください。私がついていくことに賛成か反対かだけ教えて下さい」と懇願といった様子で問いかけてくる。

「あ、ああ、まぁ美味い飯が食えるならいいけど」

 でも金が――と言えば「司祭様ッ! 私に教会からお給料でますよね!! 食費も!!」と俺の言葉を遮るように叫ぶ。

「無論です。サリアの活動費は教会が負担します。勇者様、サリアに勇者様の傍に侍り、功徳を積む許しをいただけませんか?」

 老司祭アダマスの言葉に、俺は「ああ、まぁ」と頷いた。ここで断っても長くなるな、と思ったからだ。とりあえず受け入れて、どうしようもなく負担になるようだったら解雇すればいい。そういう判断だった。

 実際、野営の際にもうひとりいればどちらかが見張りをできるので、寝ている間に野生のモンスターや肉食獣に襲われて殺されるといった事態は防げるだろう。

 俺が一人でも強行しようとしたのは、どうせ死んでも復活するから安全面はどうでもいいという甘えがあるからだった。

 そんな俺の前でサリアは俺の手を掴んで「パーティー設定をお願いできますか?」と言ってくる。

 そうして、俺は初めて自分のステータスにある勇者特性の【パーティー編成】を機能させた。


                ◇◆◇◆◇


 名前:サリア・シルバームーン

 ジョブ:聖女

 称号:【女神教ヴェグニルド王都学校2056期次席卒業】【聖女】

 レベル:10/78

 状態:【正常】

 スキル1:【料理人Ⅰ】

   【料理Ⅱ】【パン焼きⅡ】【解体Ⅰ】【食材知識Ⅱ】【食料庫Ⅰ】【パン窯の魔法】

    2:【聖女Ⅱ】

   【武器庫Ⅰ】【魅了無効】【精神操作無効】【神聖魔法Ⅱ】【光魔法Ⅱ】【身体強化Ⅱ】【格闘Ⅱ】【杖術Ⅱ】【儀式魔法Ⅱ】【杖装備Ⅱ】【ローブ装備Ⅱ】【勇者アナライズ】

    3:【なし】

    4:【なし】

    5:【なし】


 女神の因子:【美形】【若さ維持】【多産】【スキル遺伝率:高】【妊娠・出産時ステータス低下なし】【安全祈願】

 装備:聖杖トリプルアダー(勇者級) 聖女のローブ(勇者級) 通信リング(一般級)

 備考:【勇者の仲間】


 無事に自分のステータスに【勇者の仲間】が表示されたサリアこと私は、ゆっくりと目に力を込める。勇者様の仲間になれたことで【勇者アナライズ】が使えるようになった。これが目的の第一だった。現在の勇者レイジに対する女神の評価値を確認するべく、目に力を込める。

 じっと彼を見る私に勇者様は「ええと?」という顔をするも私は目に力を込めて「じっとしててください。感動を味わってますので」と言い訳する。

 真実、ようやくこれで神命を果たすことができるという喜びもあるのだ。そんな私は勇者様のステータスを確認しつつ、ステータスである評価値項目を見て、ひゅッ、と自分の呼吸が止まるのを認識した。

「サリア?」

 勇者様の疑問の声が聞こえるが、私は目の前の表示を見て、身体が硬直してしまう。


 ――禁忌を犯していますよバカどもが。


 一番最初に、評価の頭に女神オーリングからの警告文があったからだ。

(やばい。まずい。私たちは……死ぬかもしれない)

 祈る。助けて。祈る。許してください。評価値項目をゆっくりと見る。プラス項目が最初に目に入った。



 ◇評価値(プラス評価項目)


 ◆征服王グラン七世及び征服王時代の大王国軍将兵 評価値:8万5355ポイント獲得

 活動内容:総軍教本の作成。

 女神メモ:天界でのお給料の増額とボーナスを追加し、神罰適応範囲からグランウェスト大王国関係者を除きます。


 ◆秘匿騎士ヴァーロウ 評価値:5万8320ポイント

 活動内容:勇者レイジへスキルブック【兵士】と総軍教本写本、兵士装備の横流し。隷属の首輪の無効化及び、王国への勇者レイジの迷宮都市での活動に関する情報操作などなど。

 女神メモ:えらい。血族含めて神罰対象から外します。


 ◆女神教教会司祭アダマス 評価値:1330

 活動内容:勇者レイジへの朝昼晩の遠隔祝福

 女神メモ:遠隔での祝福お疲れさまです。微々たる影響ですが低レベル帯でのLUK値の上昇は彼の命を七度は救っていますよ。


 ◆娼婦マドラック 評価値:1000ポイント

 活動内容:勇者レイジへの性奉仕

 女神メモ:勇者レイジの童貞を奪うとは、許すまじ(女神ジョーク)


 ◆娼婦グラガモ 評価値:800ポイント

 活動内容:勇者レイジへの性奉仕

 女神メモ:普段はしない丁寧な奉仕はレイジがイケメンだったから?


 ◆娼婦プリティ 評価値:未定

 活動内容:勇者レイジへの性奉仕

 女神メモ:勇者レイジがイケメンすぎて現世に降臨してしまった。反省。


 ◆ギルドの副ギルドマスターリョード 評価値:500ポイント

 活動内容:勇者レイジへの支援などなど

 女神メモ:クソどものせいで無駄になったとはいえ、貴方はきちんとすべきことを心得ています。


 ◆ギルドの料理人テイバー 評価値:311ポイント

 活動内容:勇者レイジの食事増量

 女神メモ:レイジは別に唐揚げ好きというわけじゃないからもっと別のものも食べさせてあげてください。


 ◆ギルドの掃除女チェルキ 評価値:157ポイント

 活動内容:勇者レイジの部屋の掃除

 女神メモ:布団を干したり、花を活けたり、よく頑張ってますね。この調子です。


            ・

            ・

            ・


 ◆聖女サリア 評価値:1ポイント

 活動内容:勇者レイジに美味しいパンを食べさせた。

 女神メモ:貴女はもっと早く押しかけるべきだったという気持ちと、迷宮都市の人間がレイジに気を使っていたからこそ、ここまで私好みのイケメンに育ったという気持ちからマイナス点は特別につけないことにします。今後は気をつけるように。


(はぁッ、はぁッ、はぁッ、はぁッ)

 やばいやばいやばいなんかわからないけど女神様が降臨してるやばいやばいやばい全部知ってるでも私に1ポイント入ってるよかった助かった死ななくて済んだ。そんな感情と共に私は困惑しているレイジ様の胸板に身体を預けるようにして、勇者アナライズの結果を神聖魔法で祝福された聖なる紙に転写すると背後のアダマス司祭に手渡す。そうしてから、見たくなかったマイナス評価に視線を移して、ひゅっ、と口から声にならない悲鳴が漏れた。



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