005 聖女の憂鬱


「あの、ええと……ちょっと、その……待ってください。勇者様」

「あれ、どうしました?」

 迷宮都市ヴェリス、その街門から出ようとすると門番の人に止められ、詰め所に連れて行かれた。

 そんな俺の前にいるのは中年のおっさん兵士だ。なんだか奇妙な顔をして椅子に座らされた俺と【勇者の証】を見比べている。

 なんかおかしいところあったっけか? 街から出るのは毎朝ランニングのときにやっているから問題ないと思うんだが。

「勇者様は……依頼かなにかで外に出るんですか?」

「いや、活動場所を変えるだけですけど?」

 えぇ!? という顔をした門番の人。

「あ、あのなにかこの都市で不満でもあったんですか? そ、それにギルドは許可出したんですか?」

「んんん? 不満はないけど。というか許可いるんですか? そういう話は聞いたことないんですけど」

 勇者の目的は大陸内のダンジョンの攻略であって、都市に滞在することではない。

 俺もここに連れてこられたときに騎士ヴァーロウに「勇者様、勇者の証があれば大陸内のどこにでもいけるから、こんな馬鹿らしい国に付き合ってねーでさっさと移動した方がいいぜ? 俺はこんな神に対する不敬に付き合ってられねぇから国から出るわ。じゃあ、お達者でな!」と言われたから問題ないはずだ。

 騎士ヴァーロウが何言ってるかいまいちわからなかったし、今もわからないが、俺はこの世界の基礎知識やレベル、資金も足りなかったために、惰性でこの都市で活動していた。

 だが、騎士ヴァーロウの説明通りならば移動はなんの問題もないはずである。

 門番の人は勇者の証と俺を見比べて困った顔をした後に、同僚の門番の人と話し合って、そんなことをしていれば隊長らしき人もやってくる。

 そこからはちょっと待っててください、だの、都市内でなにか問題がないかとか、虐められてないかとか、不満があるなら聞きますとかそういう話になってきてしまう。隊長よりも偉そうな人とかも馬に乗って慌ててやってくる。都市長補佐とかいう身分の人だ。

「あの、俺、食肉ダンジョンに行きたいだけなんですけど……なんか、移動したらまずいんですかね」

 新しい場所でさぁ頑張るぞ、という感じだったのに、こうやって長時間足止めされて、だんだん面倒くさくなってきた俺は深い深い溜息を吐きながらそう答えるしかなかった。

 予定の時間を随分過ぎてしまった。野営の場所も決めてたのに、これじゃあ今日はもう出られないぞ。いや、めちゃくちゃ走れば大丈夫か?

 そんな俺に都市長補佐と名乗ったおっさんが話しかけてくる。

「ええと、その、なんでですか? その、ギルドで不備とかありましたかね?」

「だから不備とかないって言ってるじゃないですか。えぇと、なんでそんなに止めるんですか? 食肉ダンジョンそんなやばいところなんですか?」

「いや、そういうわけでは……」

「そろそろ出ないと、今日はもう出発できなくなるから、なにかやらなきゃいけないことがあるならさっさと済ませて欲しいんですけど」

 都市の人が、ぼそぼそと国からの監視は? 都市長は会合で留守。隷属の首輪はなんで機能してない? みたいな話をしている。

 はぁぁ、とため息を吐きながら詰め所の天井を見る。なんだろうな。俺が聞きたいよ。なんでこんなことになってるんだろう?

 ちなみに騎士の人がちょいちょいとやった結果、俺の隷属の首輪は俺が主人になっている。俺が俺の主人というわけだ。よくわからんが、これで移動の制限はなくなって国からも出られるらしい。

(首輪のこれ、ダメだったのか?)

 そんな俺のため息と不満そうな顔にびくびくしている都市の人たち。なんだよ? 勇者は別に暴れないぞ? 大人しいもんだろう。

 そうして足止めされていれば、今度は慌てた様子で冒険者ギルドのおっさんがやってくる。いつもの特別カウンターで相手をしてくれているおっさんだ。

「ッ、勇者様! 都市から移動すると聞いたのですが」

 この人もか? なんだ? まずいのか本当に。

「あー、移動したらまずかったんですかね? ここのダンジョンクリアしないと駄目だとか?」

「そういうわけではありませんが……」

 じゃあなんなんだよ。なんか言いたいけど言えないみたいな顔をしたおっさんたちを前に、俺の方が困ってるんだが? みたいな感じになる。


                ◇◆◇◆◇


「サリア、今度一緒に冒険に行こうよ」

「ラジウス、私忙しいのよ? いい加減にわかってくれる?」

「でもさぁ、毎日毎日パン屋の仕事っておかしくない? 王都で勉強して聖女の称号まで貰ったんでしょ? 僕さ、冒険者ギルドに登録して、Eランクに――」

 幼馴染の少年に付きまとわれていた私――サリアはため息を吐きながらEランクねぇ、と呟いた。

 鑑定とアイテムボックスという有用なスキルを生まれつき授かっていながらまだEランクなのかという気分になる。

 幼馴染に冒険者じゃなくて商人でもやった方が儲かるよと、いつものように忠告しようとして、ばたん、と扉が開いた。

 私が所属する教会の老司祭様だった。司祭様は店内を覗き込み、私を見つけて大きく叫ぶ。

「サリア! 急いで来てください!! 東の大門です!!」

 パン屋【シェザリオン】の商品棚に、幼馴染を相手しながら焼き立てのパンを陳列していた私は、その言葉にきょとんとした。

 老司祭様のアダマス様が見たこともないほどに焦っていたからだ。息切れまでしている。

 老人といっても神官スキル持ちの司祭様は戦闘経験もあってレベルも高く、加えて神官から発生した【身体強化】のスキルを持っているため外見からはそうは見えないほどの丈夫なのに、息切れ? モンスターでも襲ってきたの?

「――急いでって?」

 ぽかんとした私に修道女服を押し付けてくる司祭様。私の服はシェザリオンの白い制服とエプロンだ。修道女服に着替えろということだろうか? すぐに? ここで?

 そんなぼやっとした私に気づいたのか。司祭様がその皺くちゃな顔を近づけて怒鳴るように言う。

「急いで! 勇者レイジ様が街から離れます!!」

 ぞぉっと背筋が泡立った。嘘でしょ。まだ一度も教会に来てないのよあの人。

 慌てて渡された修道女服を抱えるとカウンターの陰で制服から着替える。視界の端に状況を理解していないままの幼馴染の顔が見えたが無視して私は制服をばっと脱いで修道女服に袖を通す。【身体強化】を利用した一瞬の早着替えだ。

(なんで、急に――)

 今まで勇者様に動きはなかったはずだ。毎日毎日ゴブリン退治をしているという報告。変化などない日常。これがずっと続くのだと。

 遠目に見ることだけ許された勇者様の姿を思い返す。最初は少しだけかっこよかったあの人は、今では恐ろしいぐらいの美貌をもった勇者様に成長していた。いずれ教会に来たら、私を仲間にして貰う予定だったのに、一度も教会に来ないなんて!!

(一回ぐらい教会に来てよ!!)

 内心で勇者様を罵ってしまう私を許してほしい。でも、罵りたくもなる。

 だって勇者レイジ様はかっこいい。超イケメンである。

 私は王都の教会学校で勉強していたときに視察に来ていたもうひとりの勇者様を見たことがあるけど、恐ろしいほどの引力みたいな魅力を持つ割に、MEN精神力による抵抗値で抵抗した目で見たら、外見は普通のしょぼくれたおじさんだった。

 でも、勇者レイジ様が恐ろしいほどのイケメンだ。そして彼のイケメンには、司祭様が言うには理由があるのだという。


 ――仲間がいないからだ。


 だから仲間を集めやすいように、勇者の権能が外見にステータスの魅力値を反映させていった、その結果なのだという。

 彼は天上の美を体現していた。あそこまでのイケメンなど普通はあり得ない。

 あれが可能だったのは勇者レイジ様が物理的影響の強い低レベル帯に半年以上も留まっていたためだろう、と司祭様は言っていた。

 普通の勇者様は強力なスキルやパワーレベリングによって一ヶ月もかからずに物理影響の強い低レベル帯を駆け抜けてしまって、魔力的影響の強い高レベル帯の影響を受け、魔力的な魅力を身に着けていく。

 勇者様の使命には、レベル帯で必要不必要な仲間がある。

 だから高レベル帯では外見の魅力で惹きつけられるような弱い種族は必要がないのだという。だから勇者様はたいてい魔力的な魅力が高くなる。

 生まれつきにステータスが高い天族やハイエルフ、竜人、精霊などは、魔力的な魅力で仲間になりやすいとかなんとか。

(といってもそういった種族には遭遇することが稀らしいけれど。もうひとりの勇者様はレベルが高いけど、連れているのは人間の仲間だし)

 そんなわけで低レベル帯の仲間が必要な勇者レイジ様はCHR魅力の能力値が肉体の成長に寄与できていた。

 もっともこれは別にデメリットはない。順調に彼のレベルが上がっていけば魔力的な魅力も反映されるというから、イケメンになってお得だろうなぁ、ぐらいのものだ。

 レイジ様の筋肉などの付き方や、身長が伸びているのも、男性的な魅力が優れていくのも、物理世界における勇者の影響力の拡大が必要だと勇者の権能が判断したためなのだ。

 でも、彼がああなっているのは、私たちからするととてもよくないことだった。

 あんまり見ることない現象と司祭様は言っていた。

 それはつまり、レイジ様がほとんどのサポートを受けていないということ。

 国からも、教会からも、ギルドからも――そう、いくらレベルが上がりにくいからといって勇者様がレベル5で半年も留まっているなんて異常事態だ。

 たぶんステータス差があって、ゴブリンではほとんど経験値が入っていないのだ。そこにトラップでの死亡や、オークとの遭遇などで死亡し、せっかく稼いだ経験値も喪失して、レベルが上がっていないのだ。

 お助けしないといけないのだ。本当は、私たちは。遠慮なんてせずに。

 だけれど、それをすることは禁止されている。

「着替えました! 勇者様は!」

「こちらです! 皆が時間稼ぎしていますが、急がないと勇者様が出ていってしまう」

 まずいまずいという感覚のまま前を走る老司祭様のあとを追走していく。背後から幼馴染の「ま、待ってよサリア」という声が聞こえてきたが無視。

 勇者様を・・・・一人で・・・行かせては・・・・・ならない・・・・

 どうしてか教会に来てくれなかったために、押しかけるわけにもいかず(過去に強引にサポートや資源を押し付けた結果、勇者様が怒り狂って国が滅んだ記録があるため、要求されない場合でも押しかけたりしないという法がある)、待機していたが、出ていってしまうなら押しかけてでもいいからついていかないといけない。


 ――私たちは勇者様のサポートをしなければならない。


 女神教はそういう教義を持っている。神聖なる義務だ。召喚された勇者様のサポートをする。神聖魔法に適正のある少女たちが集められ、教会学校で育てられ、聖女の称号を受けるのはそのためだ。

 もちろん、私はその栄誉を受けることはできなかった。卒業し、聖女の称号を受けることはできたが、それだけだ。

 勇者様にお仕えすることはできなかった。

 王都の学校ではそれなりに成績はよかったが、所詮、辺境の迷宮都市の市民階層出身の私では王族出身の姫や貴族のお嬢様たちには血統とスキルで敵わなかった。

(とても嫌なこともあったしね)

 だからこうして王都から地元に戻ってきて、家で両親や弟妹の世話をしながら暮らして、死んでいくのだと思っていた。

(挽回する機会を得られたんだ。私は)

 王都から追い出され、この街に帰ってきた私。

 この街の教会で治癒の仕事をしながら、この街で誰かと結婚して、子供を産んで育てて暮らしていくのだと、そんなことを考えながら私は暮らしていた。

 その未来が変わったのは半年前のことだ。

 突然私の家を訪れた司祭様は、この都市に来た勇者様のために準備をするようにと告げてきた。

 何かが変わる予感がした。しただけだけど……。勇者様、教会に一度も来てくれなかったけど……。

(来てくれると期待したんだけど、来てくれなくて、あーあー、って感じだったな。幼馴染ラジウスもずっと不機嫌そうだったし)

 あのとき、こんな私でも勇者様のお力になれるかも、と褒めてほしくて、王都から戻ってきたときから親しくしてた幼馴染のラジウスに言えば、ラジウスはなんでか顔を赤くしてすごい勢いで止めてきたんだよね? なんでだろ。勇者様のサポートができるんだよ? すごくない?

 まぁ、そんな感じでちょっと落ち込みつつ、私は旅の準備や、神聖魔法を練習しなおしたりした。

 勇者様は一度も教会に来てくれなかったけど。

 不思議だった。教会のサポートを受けるように王都で説明を受けているはずの勇者様がやってこないことに。

 半年もゴブリンたちを相手に、鉄の剣や皮の鎧で戦っているという事実に。

 都市を一回りすれば、鍛冶屋街でミスリルの剣や、飛竜の甲殻鎧がもらえたはずだ。

 ギルドの売店だけじゃない。貴族街の宝石店や装飾品店ではスキル付きのリングやブレスレットなどのアクセサリが用意されていたし、奴隷商で強力なパーティーメンバー、教会で聖女である私を仲間にするなど様々なサポートが受けられただろうに。

 どうして彼は……たった一人で?

(私たちは、勇者様に自分たちの義務を押し付けている)

 それは本来許されないことだ。だから補助しなければならない。そうしなければならない。女神によって、私たちはこの地上に存在することを許されているのだから。

 そんなことを考えている私に、門へ向かって走っている間、司祭様が説明をしてくれる。

 それは私が頭に入れておかないといけない情報だ。

「サリア、王都に送り込んだ忠実な調査員から、きな臭い報告が入りました」

「きな臭い、とは?」

「新しい勇者様が、王国所有の聖剣を授かって、第三王女と結婚したという報告です。また、当代剣聖の次女と、教会学校主席の聖女、聖騎士が勇者様のサポートにつき、各地のダンジョンを次々と攻略しているとも」

「それは、ただの噂だったのでは?」

 王都の話は最近、小国家ヴェグニルドにおける辺境の迷宮都市ヴェリスでも聞くことができた。それだけ噂になっているのだ。

 勇者様がここにいるのに、不思議なことだと思った。

 勇者タロウ様がまた女漁りをしているのかとも思った。

 でも、司祭様はいいえ、と私の言葉を否定する。

「私もそう思っていました。ですが、確かな筋からの報告です」

 それは偽物の勇者様がいるということ? それとももうひとりオークションで落札できた? 馬鹿な、ありえない。ヴェグニルドは小国だ。勇者様を二人も抱える落札費用など払えるわけがない。

 勇者様のパーティーメンバーも顔見知りが多かった。そんな愚かな行動をするとも思えない人間たちだったが……。

 当代剣聖の次女――王国最高の剣の血統を持ち、剣の天才とされる美しい少女。

 教会学校主席の聖女――たぶん私の代の主席だろう。公爵令嬢で、宰相の娘。スキル主義と貴族主義であんまり性格がよくなかったけど、何やってるのあの娘?

 聖騎士――アマンダ様だろうか。騎士学校で学んでいた才女だ。彼女も貴族だったはずだ。

 勇者の仲間が女性ばかりなのは理由がある。旅の途中でレベルアップによる性欲の増大がある男性勇者様のお相手ができるように、この世界に存在する女性の一部には【女神の因子】と言われる因子が与えられていて、男性よりもレベル限界や高レアスキルが得られやすいようになっている。

 もちろん勇者様が満足できるようにと因子は外見にも作用して、大抵の女性は美しく、若々しいままに過ごすことができる。

 教会学校や騎士学校に集められるのは、そういった因子が作用している中でも特に外見と能力に優れた娘たちだ。

 ただ、その因子はあくまで勇者様のサポートのためだ。けして邪な目的のためにやっていいことではない。

 勇者を僭称する者のサポートなど、有りえてはならない。


 ――勇者様は、元の世界の全てを奪われてこの世界に召喚されるのだから。


「あの……勇者様は、この街にいるんですけど?」

「そうです。それと先日冒険者ギルドの副ギルドマスターが教会を訪れて、奇妙な話をしていきました」

「奇妙な、話とは?」

「勇者様の返済金が増大しているのと、勇者様から税を取られている話。加えて、勇者様に対する支援物資が届かない、とも」

 嫌な汗が背中に滲む。やばいことになっている。まずいことになっている。神聖な義務を果たしていないばかりか、まさか王族が教会や貴族たちと結託して勇者様を害しているのでは、と疑念がよぎる。

「――まずいのでは?」

 私の呟きに、司祭様は頷いた。

「サリア、勇者様と会ったら聖女の目による【勇者アナライズ】を。評価値が気になります」

 評価値。この世界の人間が、勇者様に対して貢献した数値のことだ。もっとも教会と王族ぐらいしか知らないことだが。

 数値があるとわかれば民衆が知りたがってしょうがないから、仕方がないことだけれど。


 ――この世界の人間は戦い以外の全てを、勇者様が満足するようにしなければならない。


 Sランクダンジョンを攻略する勇者様のために尽力すること。それは神聖な義務だ。私たちの気持ちだけではなく、女神様がそう決められた。定められた。

 だから勇者様に対する貢献は、勇者様が自覚していなくても世界に記録される。記録されて、然るべきときに評価される。

 だが貢献はけしてプラスの内容だけではない。マイナスの評価も記録される。

「勇者タロウ様が長くこの国におられた結果、貴族たちが緩みましたね」

 ため息のような老司祭様の呟き。それは勇者タロウ様ではなく、貴族たちへの失望だ。

 タロウ様が召喚されてから40年ほど経っている。タロウ様は装備、仲間など充実しており、もうこの国の人間がどれだけタロウ様に協力しても、ほどんど貢献は記録されない。

 貢献度は勇者様のレベルや強さ、財力などから計算されるからだ。

 今更タロウ様にミスリルの剣や金銀財宝を贈ったところでなんの意味もないからだ。

 何をしてもほとんど評価がされない。だから貴族どもは緩んだ。禁忌を犯すほどに。

 タロウ様への評価値はタロウ様を預かって五年ほどで女性を宛てがう以外ではほとんど計測されなくなったと聞いている。それが何十年だ。世代が変わるぐらいに長い間続いた結果、この国では五十代にも関わらず、未だ下半身が盛んなタロウ様に美しい女性を宛て、評価値を稼ぐことが慣習となった。

 私も出戻らず、王都に留まっていたらタロウ様の子供を産むことになっていただろう。

 評価値の計算は、勇者の現在状態が参照される。されてしまう。

 つまり逆に今のレイジ様にミスリルの剣を贈れば、それなりの評価を得られるということ。

 そういう意味で、私はレイジ様に行っていることが恐ろしくなってくる。

(……冷遇も、勇者の現在状態から算出される……)

 評価値に関しては教会学校で教わることで、貴族だってほとんど知らないことだ。それでも王族は知っているはずだ。

 なぜなら評価次第で次の召喚時の勇者様の落札権利が得られたり、勇者様のサポートを手厚くできるからだ。

 ヴェグニルドは長年貯め続けたタロウ様への貢献で、勇者レイジ様を落札できた。だというのになんでこんなことになってるんだろうか。

(召喚されたばかりのレイジ様の評価値は上がりやすいけど、下がりやすいはず)

 名声を持ち、レベル100に到達した勇者に民衆が殴りかかったり、悪態を吐いたところでほとんどマイナスにはならない。精神耐性が高いし、そもそも傷つかない。殴りかかった事実だけでちょっとしたマイナスはつくが、その場で殺されるから帳尻は合う。それだけのことだ。

 だがレベル5の勇者を殴って、血を流させたり怪我をさせたなら、その人間は人生を三十回繰り返しても返済できない悪のカルマを背負うことになる。

 レベル5の勇者様の返済金が増大している?

 勇者税? 税金とってるの?

 届かない装備。どうしてそんなことするの?

 結果として、ゴブリン相手に繰り返した勇者様の死。

 背筋が震えて、自分に向かって鎮静の魔法を唱えてしまう。

 嗚呼、でも怖い。怖い。怖い――恐ろしい。

 この国は、もしかしたら消えてしまうかもしれない。


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