第26話 英雄の子


 その言葉に、ファードラゴンは愕然とする。

 そして、リズは、さらに続けた。


「200年前、アーサー様は魔王を倒してくれた。でも、その魔王を、魔族たちが復活させようとしてるの。私のお兄様たちは、それを阻止しようと、第一騎士団を連れて、魔族たちが住む北の国へ行ったわ。でも、お兄様たちは、騎士団ごと消息をたって……っ」


 北の国の名前は『バルバトス帝国』

 かつて、魔王が君臨していたら魔の者たちが暮らす国。


 しかし、リズの兄たちは、北の国へ向かって以来、行方が分からなくなった。そして、それは同時に、国民たちに大きな絶望を与えてしまった。


 誰もが魔王の復活を恐れ、国からは笑顔が消え、治安は、瞬く間に悪くなった。


 そして、縋れるのは、もうアーサー様しかいなかった。


 そして、国の上層部は、アーサーが異世界で生まれ変わっていることをつきとめ、リズに、英雄の召喚を求めてきた。


 アーサー様なら、きっと何とかしてくれる。

 今の、この世界には『希望』が必要だと──


 だが、リズは、その異世界召喚術に失敗してしまう。


 現れたのは、大人ではなく、まだ10歳の幼い少年で、召喚に失敗したと分かり、大人たちは、リズを責めたてた。


『肝心な時に役に立てないなんて』

『聖女が聞いて呆れる』

『こんなに頼りない者たちが、この国の王家でいいのか!?』


 たくさんの批判の声に涙が止まらなくなって、それでも謝るしなかった時、風芽が助けてくれた。


「フーガは今、私のために英雄の代わりをしてくれてるの」


「リズのためだけじゃないよ」


 リズが感謝を込めながらそういえば、その言葉をさえぎり、風芽が言葉を重ねる。


「これは、オレのためでもあるから」


『オレのため?』


「うん。勇者の召喚に失敗したと知って、大人たちは『本物の英雄を召喚しろ』って、リズにもう一度、召喚させようとしてきたんだ。でも、オレの家、いま大変なんだ。お母さんが妊娠中なんだけど、あまり良くない状態で、このままだと、赤ちゃんが死んじゃうかもしれないって……だから、お父さんには、お母さんの側にいてもらわなきゃ困る。だから、アーサーの代わりは、オレがやる」


 オレがいなくなって、さらに、お父さんまでいなくなったら、きっとお母さんは、安心して、赤ちゃんを産めなくなる。


 だから、お母さんと妹を守るためにも、本物の英雄お父さんは、絶対に召喚させない。


 だから、ビンジョルノさんとも約束をした。


『オレがアーサーの代わりに、この世界を救うから、本物の英雄は、絶対召喚しないで』って──


「だから、オレは絶対に、魔王の復活を阻止して、この世界を救わないといけない。でも、オレ、まだ子供だし、運動も勉強もできないし、はっきり言ってギターしか弾けない。だから、みんなに助けてもらわないと、英雄をやれる自信がない」


 すると、風芽は、あらためてファードラゴンを見つめた。


「だから、助けて欲しいんだ。オレが、この世界の希望でいられるように、オレの仲間になって、力を貸して欲しい。その代わり、ドラゴンさんが困った時は、オレも全力で助ける!」


 その言葉に、ファードラゴンは、アーサーのことを思い出していた。


(確かに、似ているな)


 アーサーは、風のように掴みどころがない男だった。


 いつも穏やかで、争いを好まない男。

 そして、よくウソをつく男でもあった。


 身体は傷だらけで、全く大丈夫じゃないのに、町の人々には、よく『大丈夫』と言って笑いかけていた。


 だが、そんな姿をみて、ファードラゴンは、言ったことがあった。

 

『ナゼ、あんな嘘をつク? 辛いならツラいと、言えばいいだロウ!』


 まだ、幼体の小さなドラゴンだった時、ケガの手当をしていたアーサーを、ファードラゴンはどなりつけた。


 すると、アーサーは、明るく笑いとばしながら


『なんだ急に。嘘つきは嫌いか? でも、俺が辛そうな顔をしてたら、みんな不安になるだろ』


『そうだとしてモ! これでは、アーサーの苦労がわからぬではないカ! なによリ、みんな頼りすぎだ! いつも安全なところにいと、アーサーが魔王を倒してくれるのを待ってるだけでらないカ!』


『そうじゃないさ。みんな一緒に戦ってる』


『ミンナ?』


『あぁ、まずオレは、剣がないと戦えない。でも、そんなに俺のために、こんなに立派な剣を作ってくれた魔法技師がいる。その人は戦闘にはむいてないけど、剣を作る腕は最強だ。そしてオレは、腹が減っても戦えない。でも、そんな俺に上手い飯を食わせてくる人たちがいる。それと、子供たちの笑顔もそうだ。オレに、たくさん元気を与えてくれる。だから、オレが今、勇者をやれてるのは、そんな人達に助けられてるからだ。もちろん、お前にもな』


『え?』


『ファードラゴンってのは、もふもふしてて気持ちいいなー。こんなに、ふかふかの寝床、そうはないぞ。おかげでオレは、戦いの疲れをしっかり癒せる。ありがとな、ジーク』


 ジークとは、アーサーがつけたファードラゴンの名前だった。


 毛があることで、他のドラゴンたちからイジメられ、群れからも追い出された。

 

 そんな所を、アーサーが助けてくれた。

 そして、それまでは、毛がある自分が嫌いだった。


 なんで、みんなと同じように生まれてこなかったのか? そう、自分を呪っていたことがあった。


 だが、その毛が、こうして、親友の役にたつ日が来るなんて、想いもしなかった。


「ジーク。オレは、みんなに助けてもらってる。だから、みんなで戦ってるようなものだ。それに人には、できることと、出来ないことがある。だから、それぞれ、できることをやって、支えあいながら、生きていけばいい。だから、これからも、オレが、この世界の希望でいられるように、力を貸して欲しい。その代わり、ジークが困っていたら、全力で助けるからな』


 アーサーは、勇者として、たくさんの命を救いながらも、決して偉ぶることなく、常に謙虚な気持ちを持って、人々に優しく接していた。


 自分の強さは、多くの人々に支えられて得たものだからと、感謝を忘れなかった。


 そして、その精神は、親から子へ、受け継がれたのかもしれない。


 目の前には、アーサーと同じ考えをもつ子がいた。


 亡くなった親友の意思を継ぐ子が──


『そうカ……オ前は、本当に……アーサーの……っ』


 すると、ファードラゴンは、目から涙を流した。


 200年もたって、アーサーの子に逢えるとは思ってなかった。


 アーサーには、たくさん救われた。

 だからこそ、幸せになって欲しかった。


 命をかけて、戦い抜いてきたからこそ、平和になったあとは、穏やかに生きて欲しかった。


 それなのに、守れずに死なせてしまった。

 

 世界は平和になっても、アーサーはいなくて、洞窟の中で、200年引きこもった。


 でも今、目の前に、そのアーサーの子供がいる。

 アーサーの意思を持つ──英雄の子が。


『いいだろう……仲間に……なってやろゥ……っ」


「え?」


 すると、ジークがゆっくりと口を開き、風芽は、目を見開いた。


「ホント?」


「あぁ、そこまでいうなら、ワレが助けてやる。ワレは、魔物の中でも、最強クラスだからナ!」


 ジークがドン!と胸を張れば、風芽は、嬉しそうほほえんだ。そして、その姿を見て、ジークは決意する。


(突然、息子がいなくなって、アーサーは、心配してるだろうナ)


 アーサーにとってフーガは、大切なわが子だ。

 なら、今度こそ、守り抜こう。


 アーサーを救えなかった分、この子だけは、何があっても──


『ワレの名前は、ジークだ。アーサーがつけてくれた名だ』


「そうなんだ。ありがとう、ジーク! これから、よろしくな」


 そう言って風芽が笑えば、その姿が、あまりにもアーサーに似ていたものだから、ジークは、またもや泣いてしまったのだった。

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