第10話

「リキャストタイム……?」


 視界の片隅にへばりつくように現れた謎の文字を手で振り払おうとするが、全然消えない。

 というか、そもそも触れられないのだ。


 試しに首を振ってみると、視界に合わせて文字も一緒に動いた。まるで視界の片隅に固定されているように。


「あの、もう大丈夫だから」

「……あっ、すまん」


 九死に一生を得た小さな俺からは、先程までの勢いがすっかり消えていた。

 しきりにすげぇすげぇと口にしてはこちらを見ている。

 敵意どころか謎の好意を寄せられている気がするのは、単なる俺の勘違いだろうか。


「おっ……」


 立ち上がると一瞬足元がふらついた。

 同時にぐぅ〜〜〜っと腹が鳴る。

 朝は結構しっかり食べたはずなのにな。


「カップラーメンならウチにあるけど」


 どういった心境の変化なのだろう。

 あれだけ嫌っていた俺に昼食をご馳走してくれるというのか。


「いいのか……?」

「まあ、一応命の恩人だし。それに、さっきの瞬間移動もう一回見たい!」

「え……」


 やはり俺は瞬間移動していたのか。

 考えられることと言えば、やはりあのカプセルか。

 まさか自分でも気づかない間に、宇宙人に改造されたとかいうわけじゃないよな。

 マッドサイエンティストがマッドサイエンティストな宇宙人に改造されたとか、全然笑えない。


「なあ、いいだろ? もう一回見せてくれたら非科学的なことも信じるよ」

「……ああ、まあ」


 っんなこと言われたって、自分でもどうやったのかさっぱりわからないんだよな。

 無我夢中で移動しなきゃって思いながら叫んでいたら、気がついた時には歩道で抱き合っていた。


「とりあえず家に戻って顔洗って、ラーメンご馳走になってもいいか?」

「いいけどちゃんと見せてくれるんだろうな?」

「昼飯食ったら見せてやるって」


 できなかった時は再び土下座して謝ろう。



 ◆◆◆



「なあ、もういいだろ? 食ったんだから約束通り瞬間移動見せてくれよ」

「いや、まあ……な」

「おっさんは未来の俺なんだろ? ならそんなにケチケチすんなよ」


 さっきまで全然信じてなかったくせになんて奴だ。

 悲しいかな俺なのだけど……。


 しかしまあ、見せてやりたい気持ちは山々なのだけど、(俺も瞬間移動ができるならやってみたい)何分やりかたがわからない。

 いつの間にか視界の端にあった文字も消えてるし。


 アニメみたいにスキル名とか叫んだらできないかな?

 つってももう忘れちゃったんだよな。

 スキル名何だっけ……?


 困ったなと思案すれば、


「おっ!」


 眼前に文字が浮かび上がった。



 スキル ★★★★

視動眼ビジョンシフト

 効果 視界範囲内にテレポート可能。

 リキャストタイム3分。



 おおっ!

 山の中で見たのと同じだ。

 視界範囲内にテレポート可能、か。

 つまり俺が今見ている場所になら瞬間移動が可能ということか。


「よし」

「おっ、見せてくれる気になったのか!」


 俺は立ち上がり台所をじっと見つめる。続いて強く念じた。


 あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。あそこに瞬間移動がしたい。


 ただひたすらに台所を睨みつけながら念じ続けた。


 そして――飛べッ!

 心の中で叫んだ瞬間、


「ハッ……!?」

「マジかよ。すげぇ……」


 今の今までリビングの食卓にいたはずが、気がつくと数メートル先の台所に立っていた。


「……できた」


 本当にできてしまった……。

 同時に少しくらくらした。

 それからぐぅ〜〜〜〜〜っと腹が鳴った。


「おっさん今食ったばっかだろ。食欲ヤバすぎ」


 そこは笑って誤魔化した。

 どうやらあのカプセルはマジで超進化の種――超能力の素だったことが判明する。

 といってもサンプルはまだ俺一人なので断言できない――が、この仮説はかなり信憑性が高いと思う。


 やはりボーギング博士が研究しているという超能力者も、俺同様あの怪物を倒したのだろう。


「なあ、おっさんは俺なんだろ! なら俺にも瞬間移動のやりかた教えてくれよ!」

「悪いが今考えごとをしているんだ、ちょっと静かにしてくれないか」

「ちぇっ、なんだよ。カップラーメン食わせてやったのに」


 俺は再び食卓に座り、残っていたカップラーメンの汁を一気に飲み干した。

 こんなのでも少しは腹の足しになる。

 それから思案する。

 現在判明していることは4つ。


 1、習得したスキルは念じれば使えるということ。

 2、スキルを使用すると視界の隅に【リキャストタイム】と書かれた文字と数字が表れる。一度使用すると数字が0になるまでスキルは使用できなくなる。

 3、スキルを使用すると体力を消耗する。今は軽い立ちくらみ程度だが、何度も使用すると負担が増える可能性がある。

 無闇矢鱈に使うのは危険だ。

 4、スキルを使用すると極端に腹が減る。


 一番厄介なのはこの空腹感だな。

 一度使っただけでこんなに腹が減るなら、リキャストタイムが終わったからと言って乱発はできない。

 下手したらそのまま空腹で動けなくなるかもしれない。

 かなり危険な超能力――スキルだな。


「いつまでそうやって考える人になっているつもりだよ。というかさ、十六夜が俺のこと好きってのは本当のことなのか?」


 さっきまで全然信じてなかったくせに、一番最初に聞くことがそれかよ。しかも顔真っ赤だし。


「さっき話したろ? あれがすべてだ。というか信じる気になったのか?」

「まあ、瞬間移動を見せられたら信じざるを得ないだろ」


 瞬間移動が存在するなら、タイムマシンが存在してもおかしくないという。どういう理屈なのかは不明だ。

 相手は小学生なので案外何も考えていないのかもしれない。


「にしても田中の野郎許せないな。俺あいつのこと昔から嫌いだったんだよ」

「知ってる。俺がそうだったからな」


 詐欺師呼ばわりされた時は内心焦り散らかしていたが、これなら予定通り田中より先に十六夜と付き合える。

 明護のことも宇宙人のことも気になるが、まずは当初の目的を済ませてからだ。


「……で、お前はなにしてんだよ?」

「何って…今から十六夜に告白しに行くんだろ?  ならおしゃれしなきゃな。どの服がいいと思う? お気に入りのソックスは今洗濯中なんだよな」


 小さい俺は姿見の前で靴下を両手に悩んでいた。小学生時代の俺はこんなにも阿呆だったのかと悲しくなった。


「そんなことどうでもいいんだよ!  それよりも日が暮れる前にLINEしろよ!  今から会えるかって」

「なら、はい」

「……ん?」


 小さな俺が手のひらを上にして差し出してくる。

 これは一体何の真似だ?


「なんだよ……その手?」

「ID、教えてよ」

「は?」

「だ・か・ら・十六夜のID教えろって言ってんだよ。未来の俺なら知ってるんだろ?」

「お前まさか知らないのかッ!?」


 初めてわさびを口にしたような衝撃に、俺は半歩身を引いていた。


「そういうおっさんは――俺は知ってたのかよ」

「あ……」


 俺が十六夜のLINEのIDを聞き出すことに成功したのは、中学に入ってすぐだったことを思い出す。


「……ない」

「はぁ? LINE知らないでどうやって連絡すればいいんだよ! 莫迦じゃねぇの!」


 ガキに莫迦にされてかなりイラッときたが、俺は大人なので我慢する。


「しょうがないだろ。というか、人のLINEのIDなんて覚えてるわけないだろ。それに、俺の世界では8年前に十六夜は死んでるんだ」

「ならせめてメモって来いよ。本当に俺がおっさんなのか疑わしくなってきたな」


 いい加減一発ぶん殴ってやりたくなってきた。


「明護に電話で聞けば済む話だろ」

「嫌に決まってるだろ!」

「なんで?」

「いきなり十六夜の番号教えてくれって言うのは、俺が十六夜のこと好きだって言ってるようにしか受け取れないだろ!  絶対に嫌だ!」


 こいつマジでめんどくさいな。

 どうせ2月には自分から明護に泣きついて電話するんだから同じことだろ。


「全然違うだろ! 取り乱して電話してゲロるのと、冷静な今とでは全然違うだろ」

「ならどうするんだよ」

「俺白黒公園にいるからさ、呼んで来てよ」

「はぁあああああああああああ!?」


 こいつは俺が未来人だってことを理解してないのか?


「そんなの無理に決まってんだろ! 自分で呼びに行けよ!」

「ええー、だって親が出たらどうするんだよ。十六夜の父親結構怖いって有名なの知らないの?」


 なら尚更俺(大人バージョン)が行ったらもっとヤバいだろ。

 いきなり21の大学生が十六夜凪咲ちゃん居ます? なんて言った日には即通報だ。


「安心しろ。今日は平日だ。十六夜の親父さんなら仕事に行っていないだろ」

「あー、そっか。でもおばちゃんは居るんじゃ?」

「お前なぁ……」


 自分のヘタレ具合に泣けてくる。


「このままだとマジで十六夜が死ぬんだぞ。お前はそれでいいのか?」


 良いわけないだろ。

 彼女が亡くなってから8年間、お前は過去をやり直すことだけを考えてタイムマシンを作り出したんだ。

 ならこれくらい我慢してくれ。


「わかったよ……」


 十六夜のことになると謎に力が湧き出る。それでこそ俺だ。


「よし、ならさっさと十六夜の家に行ってスパッと告ってハッピーエンドにすんぞ!」

「任せとけって!」


 ようやく未来が変わる。

 俺の8年間がついに報われる。


 しかし、この時の俺はまだ知らなかったんだ。



 田中の恐ろしさを……。

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